2020/10/14

【エストニア】モビリティ・イノベーターの宝庫となった理由

モビリティライター

実はスターシップもエストニア生まれ

コロナ禍でモビリティ業界が激変する中でも、世界的に注目を集めているのがロボットを使ったフードデリバリーだ。
2019年にシリーズAラウンドで4000万ドル(約42億円)を調達し、全米100の大学への配備を計画し、すでにアメリカでは街中でも見かけるようになった「スターシップ」はその代表格だ。
写真提供:Starship
アメリカでの様子が度々報道され、本拠地もサンフランシスコにあることから、スターシップを、多くの人がシリコンバレーで生まれたスタートアップと勘違いしている。
シリコンバレー生まれでもアメリカ生まれでもなく、電子立国として名高いエストニア発のスタートアップだ。
そして、このエストニア、実はモビリティ・イノベーターの宝庫だということもあまり知られていない。

2016年から実証試験

まずは、スターシップのことを改めて紹介しよう。
スターシップは半径5kmまで重さ15kgまで配送を想定して設計された小型の6輪自走式ロボットを展開している。
ネットスーパーの利用者が通知されたパスコードを入力すると、ロボットに取り付けられた蓋のロックが解錠し、商品を取り出せる仕組みだ。
2016年には、英国、ドイツ、スイスで、スーパーマーケットと提携して実証試験を実施した。日系企業も多い英国ノースウェスト地域では、スターシップの配送センターに登録した会員向けのネットスーパーの定額利用の実証試験も行われている。
2018年には企業や大学の構内で食品を自動配送するシステムを構築した。2019年以降は、導入されるロボットの台数が激増し、特にシリコンバレーに進出してからはメディアでも大きな話題を呼んでいる。

日常に溶け込む宅配ロボ

エストニアの首都タリンの町を歩いていると、オレンジの旗の形をした反射板を立てて歩道をテコテコ走るスターシップの配送ロボを頻繁に見かける。
保冷ボックスにオフロード用の車輪がついていて、歩行者と同じような速度で走るその姿は、自動配送ロボと聞いて感じる未来への恐怖はなく、むしろユーモラスで応援したくなる。サッカーボールを追う子どもたちも、スターシップの配送ロボを見かけると、周囲を走りながらパスを繰り出して、まるで一緒に遊んでいるかのようだ。
信号待ちで一緒に待っていて、青になった途端、大きめな車輪で歩道を「エイヤッ」と乗り越えていくのを見ると、なんだか頼もしい気持ちにもなる。
イギリスでは、スーパーマーケット大手の「テスコ」やフードデリバリーサービスの「フードコンパス」 と提携して、アプリ上で食品を注文すると、このユーモラスなロボットがゆっくりとではあるが、確実に指定の時間内に配達してくれる。

本部はシリコンバレー、技術拠点はエストニア

スターシップは、もともとはエストニアの起業家やエンジニアの仲間が集まって、それぞれのアイデアを出し合ってロボットを開発したというユニークな創業ストーリーがある。
トーニュ・サミュエル氏は、Starshipの前身にあたるKuukulgurと呼ばれるロボットを開発したチームのメンバーである。
彼は、エストニア政府通信省に入省し、社会基盤や金融システムなどの重要なアプリケーション開発に携わったのち、MySQLに転職。その後、NASA Centennial Challenge Robotプロジェクトに参画して、火星や月面探査のロボットの開発に従事し、スカイプの共同創業者らとともにスターシップのベースとなるロボットの開発に参加したという。
サミュエル氏の温和な笑顔からは想像がつかないのだが、金融システムを短期間で書いた天才プログラマーであり、米国政府機関にアドバイスをしたこともあるという逸話の持ち主だ。
トーニュ・サミュエル氏。スターシップの原型となるロボットKuukulgurの開発に参画。
なお、Kuukulgurのロボットの4台のうち、 2台はStarship本社に、2台は 博物館に、最後の1台がトーニュ・サミュエル氏のご自宅に未完のまま置かれている。
現在、スターシップ・テクノロジーズは英国登記であり、本部をシリコンバレーに置くが、創業者はスカイプの共同創業者であるAhti Heinla氏とJanus Friis氏であり、技術のヘッドオフィスは今もエストニアにある。
Kuukulgurを開発した後、用途を考えるブレインストーミングを行って、火星や月面の探査機でGPSなしで自動走行する技術を応用して、Starshipの自動運転デリバリーの仕組みを考えたという。

「スカイプマフィア」がつくるエコシステム

エストニア初のユニコーンがスカイプだが、東京都のわずか10分の1程度の人口にもかかわらず、エストニアでは、ユニコーンがすでに4社も生まれている。
正確にはスカイプはデンマーク人とスウェーデン人によって創業されたのだが、鍵となる技術であるP2Pのテクノロジーを使った仕組みを開発したのがエストニア人のエンジニアだった。
今日のエストニアがIT立国となった背景には、この国がエンジニアの育成に注力した結果、北欧随一のエンジニア輩出国になり、なかでも、ブロックチェーンやP2Pのテクノロジーに関して、この国の強みがあることが功を奏したといえる。
事実として、スカイプ出身のエンジニアがエストニアの新世代の起業家となって、多くのIT企業を立ち上げている。
さらに、成功したIT産業の旗手たちが、自らを「スカイプマフィア」と自称して、次世代のIT産業を起こそうとする若い人たちのメンタリングやシード投資を推進するエコシステムが存在する。
スターシップはまさに、このエコシステムから誕生したモビリティ・スタートアップというわけだ。

面積は九州の1.2倍、人口は東京の10分の1

バルト三国の中でも最も北に位置し、ハンザ同盟の時代の面影を色濃く残すエストニアが、なぜIT立国になりえたのだろうか。
ベルリンの壁が崩れて、旧ソ連から旧東側諸国の独立が続いた1990年代、資源もなく、主だった産業のないこの国をICT大国に成長させる戦略を描いた先人たちがいた。
地理的には旧東側のソ連との緩衝地帯にあたるが、もともとは北欧らしい社会保障が充実した社会基盤が根底にある。九州の1.2倍程度の広さの国土に、東京都の約10分の1にあたる134万人しか住んでいない国において、社会福祉や公共サービスを行き渡らせようと考えたとき、国がリードしてオープンソースのデータ連携の仕組みを構築し、インターネット上で様々な組織が連携することを可能にしようという青写真を描いた。
しかも、データ連携をするにあたって、匿名性、整合性、互換性が保証されるように、いわゆるブロックチェーンの技術を活用して、「X-ROAD」なる社会情報基盤を構築した。
医療、教育、交通、納税などの行政手続きのほとんどが電子的に行うことができ、選挙も投票所に出向く必要がない。
言うは易く行うは難し。日本など、新型コロナへの対応でようやく遠隔授業やテレワークが導入され始めたが、エストニアでは、独立から30年近くが経った今、すべての学校の教材はデジタル化されており、小学生が学校の宿題をスマホでチェックして、おばあちゃんがスマホで病院を予約して、電子処方箋で薬をもらっている(高齢者や事情がある場合は電話予約も可)。

若手や女性が活躍

現在、現職の首相は30代の頃に党首に就任しており、ICT大臣も40代前半、大統領はようやく50代になる女性と、若手や女性が活躍できることも特徴的だ。
もちろん、この背景には、EUに統合されて以降、働き手となる男性が出稼ぎに出てしまって、女性と若者だけが国に残された、という歴史もある。だからこそ、投資が小さくても起業できるIT産業が盛んになり、若者や女性がそれらの担い手となって活躍してきたという側面もある。
NORTH STAR AIというイベントでも女性の活躍が一般的
このような小国であるにもかかわらず、全土で高速通信が可能だ。エストニアで最も小さな島ですら、5Gネットワークの整備を実施する方針を打ち出している。年に一度、タリンに世界中から人が集まるサマフェスでも移動型基地局を設置して、市民全員がつながる状態を維持しているという徹底ぶりだ。

スターシップ以外の存在

IT立国を背景に、前述のようにスカイプマフィアに象徴されるスタートアップエコシステムも確立している。
新型コロナ以前からスターシップも注目を集めつつあったが、コロナ禍をきっかけに世界中からラブコールを受けるようになった。
エストニアには、スターシップ以外にもスカイプマフィアによるモビリティ系のスタートアップがいくつも存在している。
次回は、もう1社、エストニアのモビリティ・イノベーターの雄として、スカイプ出身の兄弟が19歳で起業し、現在もスカイプマフィアのリーダーシップを取る人物によって創業され、すでにユニコーンとなっている配車アプリ「BOLT(旧TAXIFY」)をリポートする。