【近い移動を便利に】「駅⇆家」を快適にするモビリティハブ

2020/10/7

新時代の移動に必須。「モビリティハブ」とは

コロナ禍で多くの人のライフスタイルの中心が勤務地から居住地にシフトしている。
自宅や自宅周辺で過ごす時間が増えたことで、これまでの通勤から、自宅を中心とした近隣の移動やその価値が今後も重要視されることだろう。
「遠くの移動」から「近くの移動」へと再考されるなかで、より「生活に近い移動」を便利にするMaaSやスマートシティが広く語られるようになった。
実際に様々な移動サービスが世界中で始まっており、多くは既にある移動手段をより使いやすくするなど、新しい価値としてサービスを提供している。
特にいま注目を集めるのが「モビリティハブ」だ。
これはいわば「移動手段の乗換ポイント」のようなものだ。カーシェアリングや自転車シェアリング、電動キックボードなどパーソナルなモビリティサービスを集約した拠点で、鉄道の駅やバス停、住宅地などに設置されることが多い。
自治体やコミュ二ティのなかで人やモノの交流拠点を創出していくことが狙いで、政策として進められている場所も増えている。

「グリーンリカバリー」の視点でも注目

EU諸国を中心に広まる「グリーンリカバリー」の視点でも注目されている。
これはコロナ禍からの経済再興について、環境課題や持続可能性を重視して「コロナ前よりも良い社会・経済体制の再構築」を目指すという考えだ。
様々な場所にモビリティハブの設置が進むが、世界の事例を見ていくといくつかのタイプがある。
例えば、①商業施設と連携した拠点、②環境教育やプレイスメイキング(公共交通の活用)の拠点、③観光地と連携した周遊拠点など、様々なタイプが誕生し始めている。

発祥の地は独ブレーメン

モビリティハブを早くから整備し、先導していたのがドイツのブレーメン市だ。
2003年4月から「Mobil.Punkt」プロジェクトを開始し、市内25カ所にモビリティハブの拠点を設置した。
カーシェアリングや自転車シェアリングの拠点を乗り換えの多い鉄道の駅など移動の要所に隣接して設置し、自宅や目的地へのラストワンマイルの移動をサポートする。
さらに、住宅地などの移動が不便な地域には小規模なハブ(mobil.pünktchen)も導入している。これは車両が2、3台ほど置かれた小規模なもので、15カ所以上に設置されてきたそうだ。
Mobil.Punktの会員になれば、スマートフォンやキヨスクにある端末などから利用予約ができる。また、コールセンターへの電話予約もできるため、広い年代に利用されている。
ブレーメン市のこの取り組みは、「市民が自分に合った移動手段を選択できる」ことに主眼を置いている点が特徴だろう。
自宅近くや最寄り駅など「近隣生活圏」に新しい移動手段を提供し、複数の交通機関を連携させるマルチモーダルな移動を叶える。
幹線道路や鉄道の「遠くの移動」ではなく、「近くの移動」ラストワンマイルに注力した仕組みは、まさに時代に先駆けていたといえよう。

広報活動が大事

そして重要なのは、市民に使ってもらうための広報活動だ。どんなに便利で新しい移動手段を提供しても、その意義や利用方法が理解されなければサービスとして浸透しない。
ブレーメン市では、市民に新しいライフスタイルの理解を促す認知・広報活動にも積極的だった。地域のステークホルダーとのミーティングも細やかに行ってきたという。
こうした活動は国際的にも評価された。2014年にはクリーンな都市交通を評価するCIVITAS賞を、2015年にはヨーロッパの地方自治体による持続可能な都市モビリティ計画を評価するSUMP賞などを受賞した。
環境保護とモビリティサービスを推進している取り組みは世界的にも注目され、ハンブルクなどのドイツ国内や、ノルウェーほか北欧諸国や北米などでも同様のサービスが広がっている。

世界有数のカーシェアリング先駆者、バンクーバー

世界屈指の公共交通先進都市としても有名なカナダ・バンクーバーも、モビリティハブ実装地域の代表例だ。
無人運転・非接触決済の新交通「バンクーバー・スカイトレイン」が幹線を担い、路面電車や路線バス、水上バスも数多く走る。
また、トロントなどの他都市と異なり、バンクーバーでは2019年までUberなどの配車サービスを禁止してきた。
そのため、カーシェアリングの供給台数は世界でもトップクラスを誇り、自転車のシェアリングも市民に普及している。
3路線でバンクーバーを網羅する新交通スカイトレインの駅には、こうしたシェアカーやシェアサイクルを集めたモビリティハブが設置されている。
特に都心から離れた駅や、乗り換えに利便性の高い路線などに計画的に配置されているようだ。
駅に隣接した大規模なシェアリングカーの駐車場(筆者撮影)
例えば、スカイトレインで都心から10分ほど離れたオリンピックビレッジ駅では、駅を出てすぐに自転車シェアリングのポートがあった。近くには複数事業者の大規模なカーシェアリングポートが計画的に配置されている。
パッと見ただけでも5社ほどの事業者が車両を配備しており、二人乗りの小さな車両や、SUV、スキーキャリアを搭載した車両など、車種も様々だった。
また、目の前の幹線道路にはバス停留所があり、頻繁に往来するバス路線とも接続していた。
鉄道・バス・自転車・クルマなど様々な交通手段を集約した大規模なモビリティハブを形成しているのだ。

日本でも浸透するか

日本でこうしたモビリティハブは浸透するだろうか。
現在、都市部でこそシェアサイクルのポートも見かけるが、まだ郊外や地方には浸透していない。
しかし、都市部、郊外問わず存在するのが、幹線道路の沿線など交通の便が良い場所に数多くあるクルマのディーラーだ。
先述したように、世界中の新しい移動サービスは「既存のモビリティ、既存の拠点」を活用することで生まれている。
電動モビリティの充電や車両シェアリングの拠点として、そして新しいサービスを普及していく交流拠点として、大きなポテンシャルがあるのではないだろうか。
これまで「クルマの所有」を前提としてきたディーラーだが、所有と共有の両方のサービスを担うことで大きな可能性が開けるだろう。
モビリティを軸とした新しいライフスタイルの提案や、マイカーを返納しても顧客の移動を一生支えるなど、移動の困りごとを解決してくれる場としてさらなる進化を遂げていくのではないだろうか。