新着Pick
76Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
スポーツ選手が競技以外の事柄について自己の主張をすることは全く問題ありませんが、大会という注目される場をあえて利用して自己主張をすることとは分けて考える必要があります。
大会での主張を完全フリーにしてしまうと歯止めが効かなくなる可能性があり、主催者としては何らかの規制をしなければならないでしょう。
ただし、原則として禁止されていたとしても、どうしても社会に訴えるべきだと強く感じたならば、選手側がペナルティを承知の上で主張するのは1つの選択だとは思います。
大坂なおみ選手のマスクは、私たちに「考えるきっかけ」を提供してくれたと私は受け止めていますが、「スポーツに政治を持ち込むべきではない」といった批判も日本では少なくありません。サンドラ・ヘフェリンさんが日独ハーフの視点からこのマスク問題を考えたコラムです。
1968年メキシコオリンピックのブラックバワーサリュートから半世紀以上経つけど、差別の状況も、スポーツでの意思表明に関する反応も変わってないんだなあ、と思えた。

人間、感情に任せてカタルシスを得るべくスポーツ観戦してる中、売ろいろなことを考えさせる政治的な問題を出されると、カタルシスを得られない、感情を爆発させられないという欲求不満が生まれそう。見る側の政治的心情とも関わる問題でもあるし。

他方、選手の側は、世の中に存在する問題について関心を持ってもらって議論を進めて、問題の改善解決に向けたいという欲求もあるのだろう。

日本人にとって「ポジションを明確にし、発言する」というのはなれない行為というひとが多い。憚れる行動の1つだ。また、スポーツ選手を仰ぎ見ることもしつつ、体育系の一旦として、下に見る部分もある。スポーツ選手はこうあるべきという固定された像を持ちがちだ。日本人の複雑な価値観、感情をこの件では感じる。
日本人の島国気質から「日本人ぽくない」行動に対する許容範囲がまだ狭いのかもしれません。
ダイバーシティが前提になってくる社会環境に、我々日本人も順応していく必要を感じる内容だと感じました。
店主が決めた独自ルールのあるラーメン屋とかみんな好きじゃん?