【楠木建】なぜ、次世代リーダーに「センス」が必要なのか

2020/9/28
これまでの価値観が変動する世界において、ビジネスでもあらゆる変革が求められている。これまでの成功体験が通じなくなる中で、次世代を担うリーダーや企業にはどのような資質が求められるのか。

その問いの答えに「センスがあるかないか、で変わる」と喝破するのが、一橋ビジネススクール教授の楠木建氏だ。各所でビジネスにおける「センス」の重要性を語る同氏に、次世代リーダーに必要なセンスとは何かを聞いた。

ビジネスにおける「センス」とは何を示すのか

──そもそもビジネスにおける「スキル」と「センス」の違いをどのようにとらえるべきでしょうか?
 僕は物事を考えるとき、まずはそれが「何“ではない”か」に視点を置くようにしています。引き算をするところに一番大切なものが表れるからです。
 僕が「センス」と言っているのは、あっさり言えば「スキル“ではない”もの」です。
 スキルというのは、何らかの特定分野での仕事をするときに必要になる技能。つまり、英語や中国語が話せるとか、プレゼンテーション能力や交渉力があることをイメージすると分かりやすいと思います。
 スキルが立脚しているロジックは「分業」です。例えば、会計であれば管理関係や財務会計か、マーケティングであれば消費財や産業材か、というように、どんどん細分化されていくのがスキルの特徴です。
 センスは逆向きのベクトルを持っています。つまり、全体へと遡っていく。
 例えば、ファッションの世界では「靴下が最高」とか「ネクタイの結び目がハンパない」のような局所的な話にはなりませんよね?
 つまり、トータルのバランスやさじ加減が絶妙な人を「センスが良い」という。全体へと上昇するのか、部分に下降するのか。このベクトルの向きの違いでセンスとスキルは区別できます。
──ビジネスにおいて、スキルとセンスはどちらが評価されるのでしょうか?
 人的資源という観点で言えば、「スキルのある人」は、細分化された労働市場での評価が容易になります。求人という仕組みも、基本的にはスキルベースで選んだり、選ばれたりする。スキルという言語・文法ででき上がっているのが労働市場です。
 しかし、「センスのある人」というのは特定の指標で評価ができない。裏を返せば、だからこそ「センスのある人」は希少なわけです。
 スキルがある人は他にもいるのですが、センスとなると「余人をもって代えがたい」ということになります。
 これはビジネスそのものにおいても同様です。
 例えば、クルマの価値を考える場合、燃費や回転半径などのスペックはクルマの「スキル」です。移動手段として役に立つことがスキルなのです。
 一方で、BMWなどのブランドが手がけるクルマは、役に立つのはもちろんですが、センスが強く求められています。ここでいうセンスとは、デザインやフィロソフィーなど全体から漂う美意識のようなものです。ここに人々が価値を感じているからこそ、プレミアムカーとして買い手がつく。
 「役に立つモノ」がコモディティ化しているなかで、「センスが良いモノ」を作り出す能力は、今後もますます重要になってくるでしょう。

「センス」はどう磨かれるのか?

──ビジネスにおいて「センスのある人」とはどのような人でしょうか。
 思考や創造のプロセスは、常に「具体と抽象の往復」だというのが僕の考えです。シンプルに表現するならば、それができる人がセンスのあるビジネスパーソンだと思います。
 再度クルマで例をあげますと、ブランドが掲げるビジョンや新モデルのコンセプトというものは抽象レベルでしか定義できません。
 しかし、それだけだと形にならないので、エンジンのスペックや外観のデザインを決めて具体化していく。
 でもそのプロセスで「ちょっと待てよ、本当にコンセプトに合っているかな?」とまた抽象に戻り、「やっぱりこっちの乗り味にしよう」というように具体的なエンジニアリングに落とし込んでいく。
 この抽象と具体の往復運動の「幅の大きさ」や「スピードの速さ」「頻度」がセンスの正体なのではないかと考えます。
──山口周さんとの共著『「仕事ができる」とは、どういうことか?』で、「センスは後天的に得られる」とお話しされていましたが、具体的にどのようにすれば、センスは育まれるのでしょうか。
 スキルに関しては教育プログラムや教科書などの定型的な開発方法が用意されています。しかし、センスは身につけるための定型的な方法がありません。
 事後性が非常に高く、計画的に育てることが難しい。ただ、企業側が育つ土壌を耕したり、自分でセンスを磨いたりするような状況を作ることはできるはずです。つまり、「育てる」ではなく「育つ」。センスは自動詞でとらえるべきです。
 そのために、最初は小さな単位でもいいので、全体を丸ごと統括するような仕事を若いうちからやっていくことが王道だと考えます。
 例えば起業家は、全体を丸ごと相手にする経験を急速に積んでいくので、当然ですがセンスが磨かれていくわけですよね。
 松下幸之助さんが世界に先駆けて事業部制という組織の形態を思いついたのも、会社の中で商売を丸ごと担う(=センスを育てる)経験を持てる人を増やし、その土壌を耕したかったからではないかと。
──事業経営に取り組んだり、意思決定の機会を増やしたりすることで、次世代のリーダーはセンスが育つということですね。
 センスがない経営者は、意思決定の局面で客観的な物差しを欲しがりますよね。
 例えば、何かの事業でインド・中国・ロシアのどれかに進出するとなったときに、二流の経営者はまずROI(投資収益率)を出しなさいと、経営企画部門に指示を出す。
 それで、一番ROIが高い国を選ぶわけです。しかし、これは本当の意思決定とはいえません。ROIの推定は、あくまでもいくつかの条件を前提にした推定であり、「正解」を教えてはくれません。
 センスがある経営者は、端的に言えば論理的なストーリーを組み立てて意思決定できる人です。
 「あの国はこういう状況で、次はこんな展開になるから、ライバルもこうやって考えるはず。それで……」と先の展開を考え、独自の筋読みをしていく。
 平面的な数字だけでは人はついてきません。やっぱり、論理的な奥行きのあるストーリーに乗ってくるんですよね。先を読む力を導き出す能力もまた、センスから生まれるものなんです。

「センス」のある次世代リーダーとは?

──しかしながら、昨今の企業はCEO、COO、CFOなど、センスではなく役割やスキルで区切ってリーダーを設定しているようにも見えます。
 例えば、CFOはファイナンス担当というように、スキルを基準にして肩書きを振られるのが前提ですよね。
 CFOでもファイナンスのことだけに限定して仕事をする人もいれば、CFOという肩書きを持ちながら、カネまわりを軸にして経営全体を俯瞰しながら丸ごと見ている人もいる。呼び名が同じでも実態は大きく違うということですね。
──これまでお話しいただいたセンスの観点からいくと、次世代のリーダーは後者の「俯瞰する力」が必要になるということでしょうか。
 その通りです。それが前提となった上で、実際に事業を動かし、稼ぐ力を持っている事業責任者がどれほどいるか。その層の厚みが、企業の競争力を左右する。
 僕が仕事で関わっているアパレルのグローバル企業には、カリスマ的な経営者がいます。その法人を代表する経営者は一人でいいのですが、会社の中には、日本だけでなく、中国にも、ヨーロッパにも数多くの事業がある。
 当然、会社の代表者はすべての事業を一人で回せません。だからこそ、その領域を俯瞰しながら事業経営ができるリーダーが必要となります。
 今後、彼らのような事業経営者の厚みに優れた企業が競争力を持つのだと思います。

BMWはなぜ「次世代リーダー」のためのクルマなのか

今秋、BMWは次世代のビジネスリーダーに向けた新モデル「ニューBMW 5シリーズ」をローンチする。

これまでBMWの中核モデルとして多くのリーダー層に支持されてきた同シリーズだが、楠木氏が考える次世代リーダー像と「ニューBMW 5シリーズ」は共鳴するのか? ここからは、BMWジャパンの御舘康成氏を交えたトークセッションをお届けする。
楠木 先程お話ししていて気づいたのですが、「ニューBMW 5シリーズ」は、まさに、自らビジネスを動かしていく事業経営者のためのクルマというイメージがしっくりきますね。
 僕もかつてBMWに乗っていたことがあるのですが、若々しいというか、能動的なイメージをクルマに漠然と感じていました。
 つまり「商売を丸ごと自分で動かしたい」「自分で走って稼ぎたい」という、次世代におけるリーダーのマインドに寄り添ってくれる雰囲気があります。
御舘 ありがとうございます。「ニューBMW 5シリーズ」には、「未来のモビリティはどうあるべきか?」という課題に挑戦するBMWの哲学や技術が注ぎ込まれています。
 だからこそ、自らの才覚だけでなくセンスを武器に未来を描き、新しいビジネスを切り開くべく、挑戦していく次世代リーダーに乗っていただきたいクルマです。
楠木 「ニューBMW 5シリーズ」では、具体的にはどんなテクノロジーが搭載されているのですか?
御舘 楠木先生にお話しいただいた、センスや美意識的な意味では、「クリーン・テクノロジー」「クオリティ & コンフォート」「最先端のセーフティ」という3つのエレメントにBMWの哲学が反映されています。
 まずは「クリーン・テクノロジー」。BMWは古くから「持続可能なパーソナル・モビリティ」を実現する社会をリードするブランドとして、社会にコミットしてきました。
 例えば、他の自動車メーカーに先駆けて巨額の投資を行い、2013年には電動化パワー・トレイン専用の独自設計と生産コンセプトを採用した「BMW i8」と「BMW i3」を量産モデルとして市場投入しています。
 これは、長期的な視野にたって考えたときに、「本当に世の中を変えていくなら、電動化車両の需要拡大を受け身で待つのではなく、自ら未来のビジョンを示していくべき」という使命感をリーディング・ブランドとして持ったからです。
 “現在”の発電構成によってCO2負荷の最適解を目指すのではなく、電力化車両を積極的に増やし、“未来”に向けて社会における再生可能エネルギー構成の拡大を後押しするようなビジョンです。
これまで3シリーズを保有したこともあるという楠木氏。「BMWは能動的な感じだとか、メカニカルなものがギュッと詰まっている印象が伝わってくるところがいい」
 とはいえ、「エコだから、スポーティーさは諦めてください」ではなく、本気で普及させるためには、乗って楽しいクルマを妥協無く作らなければなりません。そこに対するチャレンジをBMWは続けてきました。
楠木 BMWといえば、やはり「スポーティーさ」というか「走り」のイメージがあります。
御舘 ありがとうございます。そのBMWの「走り」を妥協無く実現するために、「ニューBMW 5シリーズ」のPHEV(プラグインハイブリッド)は、100kg超の重量物であるバッテリーを他車のように車両後端のトランクではなく、車両の中央近くの低い位置へ配置するというBMW独自の大きな設計変更に挑戦しました。
 そのぐらいの特別な設計を行いながらも、車両価格は免税と補助金を考慮すれば量販のガソリン・エンジン・モデルと実質的に同価格としています。これも経済の需要動向や政府の補助金政策を傍観し追従するのではなく、自ら普及をリードするための企業哲学です。
 これによって、車体の前後重量配分の偏りを抑え、スポーティーなハンドリングが可能になりました。サスペンションにも最新の技術を盛り込むことで、快適な乗り心地と理想のドライビングを実現しました。
楠木 なるほど。BMWのものづくりに対する構えには、腰が据わったところがありますよね。
 クルマにどんなに素晴らしいテクノロジーが搭載されたとしても、実際のところそれを使うのは人です。だから、エンジニアリング的には無理難題なのを承知で、ガソリンのトランクを後ろへ持っていくような大胆な決断ができる。
 やっぱりそれはBMWの美意識上、絶対に譲れないところなのでしょうね。
御舘 やっぱり、気持ちの良いものでなければ普及させることは難しいですから。そのために、今回はセーフティ面のアップデートも行いました。
 日本初の3眼カメラとレーダーを使い、渋滞時のハンズ・オフ機能をはじめとする世界最高レベルの運転支援システムを装備し、「最先端のセーフティ」を実現しました。
 もちろん、他社でも同様の機能が搭載されているクルマはありますが、上級クラスの車種のなかの上級モデルのみです。我々の場合は、企業哲学として3シリーズ以上の全車に標準搭載しています。
 BMWは先進的な技術を持っていたとしても、それを「単なる技術開発状況の宣伝」のように扱うことを嫌います。
 最高の技術をきちんと量産し、標準装備として多くのお客様に体感してもらうことで、着実に最新技術への信頼を構築し、より高次の未来の次の安全技術につなぐ。
 将来の夢を喧伝するのではなく、現在の量産車最高のシステムができること、その普及を企業努力で惜しみなく提供し、リードしていくことが我々の基本的なスタンスです。
楠木 エコでもスポーティーさを妥協しなかったり、アドバルーン的なテクノロジーの打ち出し方をしなかったりするところは、まさにBMWのセンスが強く出ている部分ですよね。
 技術は使ってこそ意味があるのであり、クルマも自分で運転するから楽しいのだと。
 役に立つだけじゃなくて、人生が豊かになるような、意味的価値がある。まさに現代的な「センス」を体現したクルマであり、僕が想定する次世代のリーダー、つまりセンスを軸にする事業経営者とも相性が良いのかもしれませんね。
(編集:海達亮弥、川口あい 執筆:浅原聡 写真:依田純子 デザイン:小鈴キリカ)