【山口 周】「No Normal時代」の組織マネジメント“3つの条件” 

2020/10/5
 新型コロナウイルスを契機に、一変した私たちの「働き方」。

 リモートワークへの移行により、組織運営や人材開発の面で困難に直面している企業は少なくない。

 従来の組織論やリーダーシップの常識が通用しなくなりつつある今、立ちはだかる“マネジメント不全危機”にどう対応すべきか。

 「これからの働き方に“ニューノーマル”はない」と語る、独立研究者・著作家・パブリックスピーカーの山口周氏に、新しい組織マネジメントの要諦を聞いた。

ニューノーマルは100年後

──今後、どのような働き方が「ニューノーマル」になっていくとお考えですか。
これからの働き方に、もう“ノーマル”はない、というのが私の考えです。私が考えるのはニューノーマルではなく、“No Normal”です。
──No Normal?
要するに、常識や普通という基準がまったくなくなった前提で、組織を再設計していくことが求められるようになります。
過去を振り返れば、40年ぐらい前までは週6日働くのがノーマルでした。
それを前提に都市インフラが設計され、社会制度が整えられ、われわれの社会は“一定のリズム”を共有することで正常に回っていたのです。
その後、土曜が半日勤務になり、徐々に今の週5日勤務の形に落ち着きました。
長い時間をかけてリズムが若干変化したものの、それを大多数が共有している状況に違いはありませんでした。
しかし、今後は毎日リモートワークする人もいれば、特定の曜日だけ出社する人もいるなど、社会のあちこちで無数のリズムが生まれていくでしょう。
これがノーマルを失うということです。
恐らく、状況が落ち着いて“次のノーマル”が定着するまでには、ざっと100年ぐらいはかかるのではないでしょうか。
──「週5日出社」という常識を見直さざるを得なくなっている。
そもそも、なぜ「毎日出社するのがノーマルだった」かというと、モノづくりの技術者はモノや機械のある工場に行く必要があるように、ホワイトカラーの場合は「情報が集まる場所」に行く必要があったからです。
ここでの情報とはすなわち“人”を指し、顧客や取引先、協業先などがこれにあたるわけですが、今はこうした相手方も居場所がわからなくなっている。
つまり「集まる場所」が消失したのです。
ここ十数年で「情報が集まる場所」のデジタルへの移行は劇的に進みました。すでに場所は本質的な問題ではないという現実に、ようやく認識が追いついたと言えるでしょう。
──次のノーマルまでの過渡期ともいえる“No Normal”の時代には、何が起こるのでしょうか。
組織運営が抜本的に変化するでしょう。
すでにフェイスブックは「リモートワークを恒久化する」と発表しています。これは働き方の変化というよりも、明確な「採用戦略」といえます。
米フェイスブックは2020年5月21日、今後5~10年で社員の半数が自宅で勤務するようになるとの見通しを示している
採用条件に“出社できる人”という一文がなくなることで、対象となる母集団は劇的に拡大する。
際立って優秀な人は一定の確率で出現するので、母集団を大きくできれば非常に有利です。
一方、これまでに日本企業は “英語が苦手だけど優秀な日本人”を採用できるアドバンテージがあったわけですが、今後はなくなっていくでしょう。
なぜなら、主要なオンライン会議システムで、参加者の発言がリアルタイムに多言語翻訳される仕組みが、実用化直前まで来ているからです。
英語ができない、あるいは母国を離れたくはないが突出した才能を持つ人を、世界中の企業が自由に採用できる時代はもうそこまで来ているのです。
組織の入り口である採用がここまで変わってしまえば、組織運営も現状の常識では対応できません。

リモートマネジメントは、“コンセプトドリブン”がカギ

──では、“No Normal時代”の組織に求められる要素とは何でしょうか。
目の前にいない人たちを適切にマネジメントする「リモートマネジメント」の力が不可欠になります。
そのための条件のひとつが、組織の根本となる行動規範を共有する「コンセプトドリブン」の実現です。これは、米国拠点のグローバル企業と日本企業の最大の違いと言えます。
例えば米国拠点のグローバル企業では、上海拠点にいるトップが東南アジア全域までカバーする例はよくありますが、これはリモートマネジメントの典型例です。
人種や育った環境が異なる人々をどうやってここまで広範囲にマネジメントできるかといえば、その根底には「コンセプトドリブン」がある。
これはもともと、彼らのルーツでもあるキリスト教で培われた精神です。
キリスト教は偶像崇拝を禁止していますが、その理由はモノだと土着化したり、風化したりで変化してしまうからです。
モノではなく聖書というテキスト、すなわち情報を迷った時の拠り所とすることで、そのコンセプトは遠く離れた場所でも、何千年でも生き続ける。
成功しているグローバル企業でも同様です。
判断基準となるミッションやバリューを設定することで、どこの地域にいても、顔が見えなくても、同じ方向を向いて行動する求心力が働くのです。
──日本でもミッション、ビジョン、バリューを掲げる企業は増えていますが、建前ではなく機能しているかどうかは検証する必要がありそうですね。
そうですね。続いて、それを実践する人材マネジメントも変化しなければなりません。
具体的には、「タスク管理型」から「アウトプット管理型」へと、マネジメント手法を転換することが求められます。
まずタスク管理型は、仕事の全体像から一部を切り出し、各メンバーにピースとして割り振る手法です。
もう一方のアウトプット管理型は、マネジメントがタスクを渡すのではなくゴール(目的)を示し、メンバーの自走を促す手法です。
日本の企業では約6割がタスク管理型のマネジメントを行っているという統計がありますが、リモート下では、都度コミュニケーションして上司がタスクを指示することは難しい。
これまでは場当たり的にタスクを割り振るようなマネジャーでも、顔を合わせていればなんとかなっていた面はありますが、リモートワークになると途端に機能不全に陥るわけです。
そこで頻繁に報告書を書かせたり、業務を可視化するツールを使ったりして仕事ぶりを監視する組織も出てくるでしょうが、管理ばかりを強めればメンバーのモチベーションは低下します。
当然、優秀な人材をつなぎとめることも採用することもできなくなり、負のスパイラルに陥るでしょう。
ゴールを共有し、それぞれの個性に合わせて、期待するアウトプットや課題を適切な期間とともに与える。そしてやりすぎない程度の進捗確認とサポートをしていく。
目的が明確であれば、イレギュラーが起きた場合でも、メンバーの自走を促すこともできます。
リモートマネジメントにおけるアウトプットの最大化には、個々のメンバーの個性(能力)の把握は必要不可欠な要素になります。

マネジャーの現場情報の量が激減する

──リモート下では、個々のメンバーの状況を把握することは難しくなります。
リモートワークへの移行にともなう最大の変化は、「マネジャーが把握できる現場情報の量が激減すること」だといえるでしょう。
例えばメンバーの心身のコンディションや、仕事の進捗状況、同僚との関係性など、オフィスで顔を合わせていれば把握できていた非言語の現場情報が、オンラインではバッサリ落ちてしまう。
「アウトプット管理型」のマネジメントを実践するには、
①どのレベルの業務を
②いつまでに
③誰に任せるか
について、メンバーの個性を見極めて個々にアサインすることが肝心です。
当然、メンバー個々人の能力やパーソナリティに加え、キャリアの指向性やモチベーションの状態なども把握しておく必要があります。
対策として1on1の量を増やす、意識的なコミュニケーションを増やすなどの方法は考えられますが、これをマネジャー個人の能力だけでフォローするのは至難の業です。
リモートワークで失われる情報を補完するために、現場情報を把握するためのテクノロジーを導入することは、今後の組織運営にとって必須の条件となります。

いかに「個」の力を最大化できるか

──リモート下の大きな変化として、人材育成の難易度が上がったことも挙げられます。
そうですね。心理学者のマクレランドの欲求理論では、人のモチベーションは3つのパターンに分けられます。
物事を成し遂げたいという達成動機、他者と友好的な関係を結びたい親和動機、人を動かしたいという権力動機です。
ちなみに、私も専門家に分析してもらったところ、権力動機が最高レベルに高く、達成動機は一般的であるのに対し、親和動機はほぼゼロに近い状態でした。
私のようなタイプが管理職になるケースも多いと思いますが、親和動機が薄いと部下を育成することに関心が持てないという致命的な欠点があります。
でも、それがわかっていれば、部下との定期面談を課して聞き取り事項をToDoリスト化することで達成感を持たせ、権力動機を刺激する工夫をしながらその人の習慣を変えていくアプローチが可能です。
こうしてマネジャーの行動が変わると、部下の満足度が上がり、人望につながっていくことが実際にあるわけで、個々を把握したマネジメントの効果は絶大です。
マネジャーはメンバーのスキルやタスクの進捗状況に加え、モチベーションをリアルタイムにモニターしていくことが必要になるでしょう。
──マネジャーに必要な情報が激減する中で、リアルタイムで個々を把握したマネジメントはハードルが高いように感じます。
はい。だからこそ、マネジャーの負担が増加する中で適切なマネジメントを実行するには、不足する情報を補い、分析するためのテクノロジーは不可欠です。
“No Normal”時代を生き残ることができるかどうかは、いかに「個」の力を最大化できるかにかかっています。
そのためには、人事戦略を経営戦略の上位に設定し、テクノロジーを武器にどこまで活用できるかが組織づくりにおいて重要なポイントになるのではないでしょうか。
(取材:呉 琢磨、木村剛士 編集:君和田 郁弥 構成:森田悦子 デザイン:岩城 ユリエ)