【及川卓也×山本康正】大企業とデジタル庁はどうあるべきか?

2020/9/29
プロジェクト型スクール「NewsPicks NewSchool」では、
マイクロソフトやグーグルでエンジニアとして活躍し、現在複数の企業で技術顧問を務める及川卓也氏による「プロダクトマネジメント」「プロダクトマネジメント」プロジェクト、
DNX Venturesシリコンバレーオフィス、インダストリー パートナーの山本康正氏による「大企業×スタートアップ DX共創戦略」プロジェクトがそれぞれ開講される。

開校に先駆けて、両氏による特別対談を実施。第2回は「大企業のDX」「日本のDX」について語り合った。
【及川卓也×山本康正】DXの本質はソフトウェアにある
大企業も「選ばれる側」
──山本さんの「大企業×スタートアップ DX共創戦略」プロジェクトは、DXを今後の課題と考えている大企業の経営層に参加してほしいとのことでした。DXにはVCを活用した例もあるそうですね。
山本 UCバークレーのチェスブロウ特別教授も論文で書いていますが、買収を通じてテクノロジーを取り込むときは、CVCが非常に効果的です。
山本 康正(やまもと・やすまさ)DNX Ventures シリコンバレーオフィス インダストリー パートナー
ハーバード大学大学院で理学修士号取得後、グーグルに入社し、フィンテックやAI(人工知能)などで日本企業のDXを推進。ハーバード大学客員研究員、京都大学大学院特任准教授などを務める。著書に『シリコンバレーのVCは何を見ているのか』(東洋経済新報社)などがある。
そもそも買収の前段階として、常に自分の視野に買収・出資候補のベンチャー企業が入っていなければいけません。突然しようとしてもできないのです。
 ベンチャー企業を見つけるアンテナづくりの意味でも、CVCは非常に有効です。もちろんCVCで投資をしなくても、価値のある企業を知るだけで十分に意味があります。
 CVCを活用したDXの好例がGoogleで、彼らは今でも月に平均1件ほどのペースでベンチャー企業を買収しています。Googleは元来内部に優秀なエンジニアを抱えていて、研究開発やR&Dに強みがあるにもかかわらず、さらに外部の知見を取り込もうとしているのです。
 同等の優秀なエンジニアを抱えていない他社はGoogle以上の努力をしなければテクノロジーの進歩についていけないとも言えます。
及川 そうですね。加えて、大企業も買収先から「連携してもらいたい」「買収されたい」と思われる企業にならなければいけません。
 ベンチャー企業もそれぞれで、自分たちが成し遂げたい世界観やビジョンを持っています。もしも創業者が億万長者を目指すために起業していたら話は別ですが、自分たちで何かを成し遂げようと思っているのであれば、買収されることでそのビジョンの実現に近くなるかどうかは、重要な要素になってくるはずです。
及川卓也(おいかわ・たくや)Tably株式会社 代表取締役
大学卒業後、外資系コンピューター企業を経て、97年マイクロソフトに移籍。日本語版と韓国語版のWindowsの開発の統括を務める。2006年からグーグルで9年間ほどプロダクトとエンジニアリングのマネージャーとして勤務。現在はフリーランスとして、複数社のプロダクト開発やエンジニアリング組織づくりを支援する。
 かつてアメリカのキーホールという企業が、衛星写真や航空写真をもとにした3Dデータを提供していました。彼らは日本にも代理店を持っていて、知る人ぞ知る企業でしたが、サービスは決して安くはない価格でした。
 ところが2004年にGoogleに買収された途端、無料でサービスを利用できるようになり、Googleのインフラや地図データなども活用することで、Googleアースとして世間により大きなインパクトを与えました。もちろん、Googleとしても、Googleマップなどのサービスにキーホールの技術が活用されています。
 キーホールのジョン・ハンケという創業者はその後、Nianticを設立するわけですが、一貫して「アドベンチャーズ・オン・フット」という、歩いて冒険に出ようとのビジョンのもとで活動を続けています。
 ジョン・ハンケがGoogleに買収されることでビジョンの実現に一気に近づいたように、買収は「あなたの夢を我々が一緒にかなえます」と納得してもらわない限りは応じてくれないものです。
(Photo by Dan Kitwood/Getty Images)
山本 ジョン・ハンケの例は、まさにその通りだと思います。やはり、大企業からするとベンチャー企業は買収できると考えがちですが、決してそうではないですからね。
 買収元は対等な立場になったとき、相手に「一緒にやりたい」と思わせないといけません。選ぶ側ではなく、実は自分が選ばれる側だと認識することが大切で、海外企業相手、特に西海岸のベンチャー企業となるとその重要性はさらに増します。
 これまでの通常の大企業の買収とは全く勝手が違うのです。日本の大企業は、まずその感覚を身に付けなければいけません。
デジタル庁は長期的な視点が不可欠
──DX推進に向け、菅義偉新内閣でのデジタル庁創設が話題になっています。日本のデジタル庁構想について、どう思われますか。
及川 メディアで報道されている範囲でしか言及できませんが、政府からITに力を入れようという方針が出ていること自体、非常に歓迎すべきことだと思います。
 今後については、役割や体制、登用される人材など、ITをしっかりと理解した組織設計ができるかどうかがカギになっていくでしょう。
 ただ、デジタル庁構想が話題に上る前から、実は国も地方自治体もDX推進の努力は続けてきています。民間からCIO補佐官を登用したり、結果が出ているところもあります。
山本 私も及川さんと同じく、民間からの人材登用がカギになると思います。「この人が言っているから間違いないだろう」と思わせるような、しっかりとしたキャリアを持つ人材をトップに据えてほしいですね。
及川 ただ、コロナ禍で世界的に遅れていた部分が顕在化したこともあり、日本の実力が良くも悪くも露呈されたなか、デジタル庁構想が出てきていることはポジティブに捉えられそうです。
 ただ、従来できていなかった点を一気に解決するには、今までの延長線上ではない組織が必要だと思います。
山本 そうですね。どうにか形だけになってほしくないところです。私自身、大臣がシリコンバレーを訪れた際にデジタル政策について話したりしますが、聞くところでは省庁からかなりの抵抗が予想されます。
 そこでキーとなるのは、「こうするんだ」という強いイニシアチブ。強力なビジョンとリーダーシップが発揮されるよう、強く願います。
 というのも、日本は例えば電子カルテのような、医療情報の電子化はかなり進んでいましたが、互換性がないことがかつて問題となりました。なにしろ、病院同士で扱っているメーカーが違えばデータは送れないことが多く、互換性がないと意味がありません。
 デジタル庁をつくるのであれば、そういったデータがありながら活用できていなかったという、非常にもったいない教訓を生かし、具体的な活用イメージを持ちながら進むと、うれしく思います。
──日本がDXを成功させるためには、何が必要になってくるでしょうか。
及川 国全体で考えると、正直難しさはあります。例えば省庁で意見調整をしたとしても、さまざまな利害関係が発生して結局無難な形に収まる可能性が高い。そうなると今までと変わらないので、とにかく丸く収めようとしないことですね。
 今の日本は全員を幸せにしようとした結果、全員が平等に不幸になっていると思います。誰かが必ず不幸せになる可能性は、どうやってもなくなりません。そこで重要になってくるのが、その不幸せになる人を切り捨てることはせず、救う手段を設けること。そして、その救う手段に乗るか乗らないかは、あくまでもその人次第です。
 実際、日本はITリテラシーの低い人に合わせようとし過ぎています。私から言わせれば、そういった方々は勉強していないだけ。ITを学ばなければ、今後は生き残れない時代であり、リテラシーを高めることで人生はより実り豊かなものになります。
 しかし、現状は本人が学びたくないから、身に付いていない。ITとなると、技術者が専門用語で難しいことを言い出したり、使い方がわかりにくい製品ばかりだと考えられがちですが、決して難解なレベルではありません。
 iPhoneでもiPadでも、3歳児が教えられなくても勝手にYouTubeでコンテンツを見ています。そう考えると、スマートフォンを扱えないなんてあり得ないわけです。
 一昨年に中国の深センを訪れた際、屋台で高齢な店員がスマホ決済でやり取りしていました。彼らだって最初はできなかったでしょうが、できないままではお客さんを取れないから操作方法を覚えたはずです。
 それが日本では「年寄りにやらせるな」「紙には紙の文化の良さがある」などと、さまざまな言い訳をつくってデジタル化が進んでいない現状があります。もしも、本当にすべてのデジタル化を目指すならば、デジタル庁にはITリテラシーが低い人々でも手に取れるようなユーザー体験をつくり、価値を与え、そしてユーザー自身が変わっていく流れを生み出してもらいたいですね。
山本 まさに、その通りだと思います。スマホの話でも、使おうと思ったら使えるわけですからね。
(iStock/stnazkul)
 勝手な推測になりますが、これまで改革がうまくいかなかった理由としては、政治的な構造があるかもしれません。有権者が短期的な不利益を被る場合、政治家は選挙で仕返しを受けるのではないかと、過度に恐れているのではないでしょうか。
 ただ、それを続けていると国は先細ってしまい、まさに全員が不幸になってしまう。もしも9割の国民が問題なく扱え、1割が扱えないのであれば、その1割は切り捨てるのではなく、サポートをして学んでもらえればいいわけです。すると、9割分のコストが削減されて生産効率が上がり、日本の国力も上昇し、みんなが幸せになる。
 そういった未来のビジョンを示すことが、デジタル庁構想の非常に大きなポイントになっていきそうです。
第3回に続く
【及川卓也×山本康正】DX時代の必須スキルとは何か
(構成:小谷紘友、及川氏写真:大隅智洋、山本氏写真:遠藤素子、デザイン:九喜洋介)
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及川卓也氏による「プロダクトマネジメント」プロジェクト
山本康正氏による「大企業×スタートアップ DX共創戦略」プロジェクト
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