(写真:Shutterstock)
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 私は講演会に呼ばれたときに、担当者の方に必ず聞くことがある。
 企業の場合は「女性の役員は何人くらい、いらっしゃるんですか?」、地方自治体の場合は「これからは地方地自体が色々と頑張らなきゃいけない時代ですね」といった具合だ。

 ん? 質問のトーンが違うじゃないかって?

 はい。そうです。後者は質問とは言い難い、が、これでいいのです。

常勤公務員の「枠の外」にある存在

 「女性活用」というワードはほぼ完全に企業にも浸透しているので、大抵の場合、この質問から“その企業が直面している問題”に話は転がっていく。

 一方、地方自治体では、高齢者や児童に関する相談への対応など住民に寄り添う仕事が増えているので、「いや~、実は……」という具合にさまざまな話題に広がるのだ。

 そこで決まって登場するのが、「非正規公務員」問題だ。

 非正規公務員とは、「常勤公務員」の枠外で任用されている「非常勤の公務員」のこと。行政のスリム化により急増し、現在は地方自治体で働く公務員の3人に1人が非正規公務員だ。

 で、その非正規公務員を巡り、
 「非正規公務員は、賃金がものすごく安い。現場から声をあげてもどうにもならなくて……」
 「非正規公務員が住民のことをいちばん分かっているのに、彼らの経験知は全く評価されない」
 「非正規公務員は、優秀な職員が多いのに、若い正規の公務員にあごで使われるようなこともあるので……」
 「非正規というだけで、パワハラの対象になる」
 ……などなど問題山積で、「これでもか!」というくらい現場の担当者たちから“嘆き”を聞かされてきた。

 そして、今。コロナ禍で、非正規公務員が厳しい状況にますます追いやられ、「冗談のような過酷な現実」に直面している。

 そもそも「公務員=安定」のはずなのに、「非正規=不安定」という雇用形態で雇われているのだから訳が分からない。というか、「公務員=安定」というパワーワードのせいで、厳しい実態が陰に隠れ、スポットが当てられてこなかった側面もある。

 正規と非正規公務員の間には、民間の非正規雇用以上の“理不尽な格差問題”が生じているにもかかわらず、だ。

 政権が変わり「地方創生」に期待する声が高まっているけれど、地方創生という言語明瞭意味不明確な理念の中に、「非正規公務員」問題は含まれているのだろうか。

 そこで、今回は「谷間に落ちる非正規公務員」について、あれこれ考えてみる。

 先日、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化した4月前後に、少なくとも1都13県で自治体の職員が「過労死ライン超」の、月100時間を超える残業を余儀なくされていたことが分かった。
 月200時間を超えたケースも相次いでいて、山口県では最も長い職員で266時間、福井県では232時間、千葉県では217時間に達していたという(NHK調べ)。

「時間外手当は一切なかった」

 新型コロナウイルスに対応するための業務を担当していた保健所などの職員の多忙ぶりは連日報道されていたけど、「特別定額給付金」の給付なども加わり、その他の多くの職員たちが身を粉にして昼夜問わず働き続けていたのである。

 で、その中には多くの非正規公務員が含まれていて、「残業代=時間外手当」が払われていない可能性が高まっているのだ。

 実際、NHKが5月に放送した特集では、「給付金の申請が殺到し残業は増えたが、時間外手当は一切なかった」というコメントが非正規公務員から寄せられていた。

 特別給付金の給付では、夫から暴力を受けシェルターなどで暮らす女性に、給付金がきちんと届くように手続きを行う必要があった。そこで非正規の同僚2人と、給付金を届けるために今の生活状況などについて一人一人、聞き取りなどを行い書類を作成。対象となったのはおよそ50人で、残業に加え、休日出勤も余儀なくされたが、その分の時間外手当は一切なかったそうだ。

 本来、地方公務員には労働基準法が適用されるので、自治体は非常勤公務員にも残業代を支払わなくてはならない。ところが、これまでも多くの自治体で払われていなかった。

 その理由とされているのが、自治法の規定である。
 自治法204条2項の規定が「常勤職員には手当を支給する」と規定しているため、その反対解釈として「非常勤職員には手当を支給できない」とされてきたという(上林陽治著『非正規公務員の現在~深化する格差』、日本評論社)。

 なんとも“行政っぽい”解釈ではあるが、2017年3月3日に西日本新聞に、「非正規職員に残業代支給へ 新年度から福岡市方針 対象2700人 同一労働同一賃金 各自治体でも急務に」という見出しで大きく報じられたことからも、いかに反対解釈が一般的だったかが分かるであろう。
 記事によれば、2017年度の当初予算案に、各部局の人件費を計約1030万円上積みする形で残業代相当分を計上したという。

 要するに、制度が実態に追いついていない。自治法が制定されたときには、今のように非正規公務員が基幹職化していなかったので、悲しいかな非正規公務員は「法律の谷間に落ちた存在」になってしまったのだ。

 冒頭で、「3人に1人が非正規公務員」と書いたが、以下のグラフを見ればその急増ぶりが分かるだろう(「非正規公務員酷書」全国労働組合総連合(全労連)公務部会)。

地方公務員における非正規職員数の推移(出所/「非正規公務員酷書 」全労連公務部会)
地方公務員における非正規職員数の推移(出所/「非正規公務員酷書 」全労連公務部会)

求職者をサポートする「不安定な身分の職員」

 05年には全国で45.5万人だったが、16年には64.3万人と11年間で18.7万人、41.1%も増加している。非正規公務員が全職員に占める平均比率も33.1%で、08年の27.4%から拡大し、3人に1人が非正規公務員だ。

 職種別に見ると、最も人数が多いのは一般事務職員で16万人、次が消費生活相談員や女性相談員などの各種の相談員で12万人、保育士も10万人。2005年からの11年間で最も人数が増えたのは教員・講師で、倍増している。

 また、国家公務員でも非正規化が進んでいて、正規職員26.5万人余に対して非常勤職員は7.8万人余(2017年)。非正規率は22.7%で、省庁別に見ると厚生労働省が圧倒的に多くて3.4万人、52.6%と半数以上が非正規公務員だ。

 これはハローワークの相談員が非常勤化されているためで、2014年の時点でも、相談員5人のうち3人が非正規公務員で占められていた。

 つまり、「仕事を失った人」を、不安定な身分の職員=非正規公務員がサポートするという、やりきれない現実が存在しているのだ。

 実際、これまでもハローワークの職員が「雇い止め」にあうという、嘘のようなホントが度々報じられてきた。2014年には東京新聞が、ハローワークに6年もの間、就労支援員として働いていた男性が雇い止めにあった問題を、「職安なのに『職不安定』?」という見出しで報じ、今年の初めには、ハローワークの非正規公務員2人が、「雇い止め」が横行しているとして雇用環境の改善をSNS上で呼びかけ、2万人超の署名が集まり話題となった。

 前述したとおり、地方公務員法や地方自治法が制定された時点では、非正規公務員はいなかった。さらに、非正規公務員には、パートタイム労働法(均衡待遇等)や労働契約法(雇止め法理等)は適用されない。
 つまり、これだけ非正規公務員が増えているのに、彼らを守るものがない。民間の企業なら、わずかながら「正社員」への道があるけど非正規公務員には、その道もない。

同一業務なのに低賃金の非正規公務員

 おまけに、非正規公務員と常勤公務員とで仕事の差はなく、基幹化している非正規公務員の仕事の責任は極めて高い上に、専門的な知識が求められる。にもかかわらず、常勤の公務員との賃金格差はかなり大きい。

 何度も書くが、非正規公務員の多くは正規の公務員と仕事内容はほとんど同じなのに、賃金は2分の1から3分の1程度と「なんでやねん!」というほど低くなっているのだ。

 常勤の地方公務員の場合、平均給与(給料と手当)は月額41万1270円で、年2回支給される一時金は合計で平均162万4517円。これらを合算すると年収は665万9757円となる。
 一方、非正規公務員の年収は200万円程度。最も高額に算出される市町村の特別職非常勤職員の事務補助職員でも約212万円だ(前出「非正規公務員の現在 深化する格差」)。

 また、2016年に総務省が実施した調査では、非正規公務員の報酬水準は時給換算で平均845円だったことが分かっている。1日8時間、月20日、12カ月を休みなく働いても、年収で約162万円にしかならないという計算になる。

 これほどの低賃金で雇われた「官製ワーキングプア」=非正規公務員たちが、私たちの生活に極めて必要な福祉サービスを支えている。 自分も不安定なのに、「相談員」として、私たちに「傘」を貸してくれているのだ。

 「非正規公務員の人たちなくして、役場はなりたちません。彼らは支えが必要な住民の声を聞き、寄り添い、専門的な知識と経験で、住民のために働く人たちです。
 プロ意識も高いし、誇りを持って働いている職員が本当に多いんです。みんなね、自費で心理カウンセラーの資格をとったりしてるんですよ。
 いろんな制度の内容も熟知しておかないとダメでしょ。だから本当によく勉強している。頭がさがる思いです。

 でも、彼らの頑張りを評価する制度がないんです。昇給もなければ、昇進もない。どんなに優秀でも常勤になれるわけでもない。
 本来、彼らのスキルはお金に換算できない財産です。でも、そのスキルが非正規というだけで全く評価されないんだから、悔しいですよね。

 住民の中には、安定した公務員だから何を言ってもいいだろう、とひどいことを言う人もいる。まさか安い賃金で不安定な身分で雇われているなんて思いもしないのでしょう」

ヒューマンサービスの現場が疲弊

 講演会に行ったときにこんなふうに話してくれた課長さんがいた。

 商品の苦情処理などを行う消費生活相談員、DVなどの相談にのる女性相談員、子供たちのケアをする学童指導員や保育士……、どれもこれも公共サービスに欠かせない「人」たちである。

 その「人」のコストを削減し続けていることで、非正規公務員が厳しい労働環境に追い込まれているのだ。

 日本を見渡すと、ありとあらゆるヒューマンサービスの現場が疲弊している。
 低賃金、不安定。彼ら彼女らの“上”には、安定した高賃金の人たちがいる。

 以前、何かの会合があったときに、「なんでヒューマンサービスの賃金って安いんだろう」と、ふと私がつぶやいたらこんなことを言った人がいた。

 「例えばね、自動改札とかを考えた人たちっていうのは、生活を変えてくれたわけですよ。それってすごいことだから、そういう知的労働者の賃金は高くて当たり前なんだよ」と。

 なるほど。いわゆる「イノベーション」ということだろうか。

 だが、「私」が困ったときに支えてくれるハローワークや役場で働くのは、「私」の人生に「光」のありかを教えてくれる人たちだ。自分の傘ではどうにもならないときに、傘を貸してくれる人。人生を豊かにしてくれる存在でもある。

 そんな彼らをきちんと評価し、守る制度をもっと考える時期にきているのではないか。
 最後に、こちらのグラフも興味深いので紹介しておく。

OECD加盟国における総雇用者数に占める公務員の割合とGDPに占める公務員人件費の比較(出所/「非正規公務員酷書 」全労連公務部会)
OECD加盟国における総雇用者数に占める公務員の割合とGDPに占める公務員人件費の比較(出所/「非正規公務員酷書 」全労連公務部会)
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