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「参院のドン」の”称号”は、村上氏からではないでしょうか。

かつて永田町で「衆院のカーボンコピー」などと言われていた参院をまとめ、ひとつの勢力として政治的な力を発揮しました。

象徴的な出来事は2000年の小渕首相が倒れた時。当時の赤坂プリンスで青木、森、村上、野中、亀井の「5人組会合」のひとりで森氏に「あんたがやればいいじゃないか」と、森首相への流れを作った発言をしたとされる話は有名です。

KSD事件で服役。参院のドンとして権力を掌握したからこそ、政治とカネに翻弄されたひとりだったのかもしれません。
受託収賄で逮捕・起訴・有罪判決を受けなければ、どれほどの権勢を持ったかわからないほどの実力者でした。「村上天皇」「参院のドン」は決して過剰な表現ではありません。小渕首相が倒れた後の密室談合では森氏の首相就任を決定づける役割を果たし、衆院で可決された戦後50年不戦決議を豪腕をふるい参院では決議させませんでした。これがきっかけに村山談話が生まれることになります。生長の家を支持母体としてきました。生長の家はその後政治から距離を置きますが、その人材の多くは安倍政権を支えた日本会議へと引き継がれました。現職当時は右派の中の右派と位置づけられていましたが、あのまま政治家を続けていれば、ど真ん中の政治家とされたかも知れません。お疲れ様でした。ご冥福をお祈りします。
ぼくの住む部屋の下の部屋にお住まいで、服役後もさまざまな人が出入りしていました。政界では怖ろしい存在だったのでしょうが、ご近所さんには優しいおっちゃんでした。合掌。