【古都で学ぶ】食材と器を融合させる、「独創の技術」

2020/10/5
「食材」と「器」、そして「技」が織りなす京料理。そこにはプロフェッショナルたちのセンスや感性、知識が息づく。第3回は、目利きした「食材」と「器」を使い、京料理「木乃婦」髙橋拓児氏が京料理を仕立てる。

【案内人】髙橋拓児(京料理「木乃婦」3代目)
【出席者】石川善樹(予防医学研究者)、佐渡島庸平(コルク代表)、宮田裕章(慶応義塾大学教授)

■先付(赤呉須浅鉢)

コースは山田晶さんの赤呉須浅鉢を使った先付からスタート。とうもろこしのすりながしを敷き、あぶった剣先イカの上にウニをのせ、その中に胡麻豆腐を忍ばせている。
佐渡島 きれいですね。この器でこんな風にでてくるなんて予測不可能です。
宮田 イカの甘みととうもろこしの甘みが溶け合い、そこにイカとウニのうまみが一体になる感じ。すばらしいですね。このモダンでスタイリッシュな器が、イカの甘さと旨さを美しく上品に引き合わせていて。軽やかで精妙な味が引き立っています。
髙橋 この器は形がモダンでしょ。シルエットもかなり反っていますし、高台もないし、口径も広いし。そういう意味で洋に少し振ったほうがいいんです。そのために、ジュレをのせて、ゆずを散らして。視点を少しずらすのも大切ですね。
 味でいうと、最後に剣先イカのネトっとしたテクスチャー(質感)とごま豆腐のねっとり感が残るように狙いました。
 イカの質感に寄った時にほかも質感がおもしろいものをそろえて、食感を操作させ、連続的に繰り出すことでモダンさを出しています。

■煮物椀(日月椀)

続いては、日月椀で出される鱧椀。余計なものは一切入れず、鱧と出汁のおいしさを味わえる滋味深い一品。
宮田 こうきましたか。
髙橋 日月椀なので、太陽が月の後ろに来る状態、月環を表現しました。
 シンプルなんですが、今回の器のなかでもこれが一番の醍醐味です。
宮田 これがあの先ほど見たセクシーな鱧なんですね。
石川 身が分厚く、大きいですね。
宮田 とけるようにクリーミーながら、食べ応えもありますね。
佐渡島 鱧ってもっと歯ごたえがあるイメージでした。
宮田 大きくなると雑な味になると思いきや繊細。吸い地も、すごく引いたところで味を調えてあり、魯山人のこだわり続けた引き算の美学を感じます。
 シンプルがゆえに鱧の豊かな食感と甘みが口のなかに広がりますね。
髙橋 鱧がお出汁と合わさった時にちょっとずつ味がでてくるでしょ。
宮田 最初に飲んだ時としみ出した時で味が変わるという、経年的な美学ですね。
髙橋 煮物椀なので、煮物に変わっていくイメージです。
宮田 変化の美。時間を閉じ込めた魯山人の仕掛けにもつながっていますね。

■向付(紫紅鉢)

続いて登場したのは、河井寛次郎の紫紅鉢。見た目は氷の上に赤紫蘇を散らしただけに見えるが、氷の中にはスズキの洗いが隠されており、酢味噌でいただく。
髙橋 氷の中にスズキの造りを入れてしめてあります。
佐渡島 料理を出された時、魚が見えないって珍しいですよね。
石川 魚を氷から掘り出すことなんて初めてです。
髙橋 民藝の器は魚を見せると野暮ったくなるんです。
宮田 スズキの身のしなやかで透明感のある甘みを感じます。身がしまっていてシャープなのに柔らかですね。
髙橋 鯉の洗いは、しめる前に湯洗いしたりするんですが、今日のスズキはいいものなので泥臭さがなく、クセもないので、氷でしめただけです。
石川 視覚的にも涼しげだし、体に涼感が駆け巡りますね。のっけるか隠すかでこんなに違うんですね。
佐渡島 もっと他の料理屋さんでも、やったほうがいいですよね。

■向付(鉄釉八角台鉢)

バーナード・リーチの大鉢で出されたのは青竹の大串に刺さった鮑の水貝。卵黄と醤油を合わせた肝ソースが添えられ、上には枝振りで青紅葉があしらわれている。
髙橋 鮑を見てもらった時にかなり個体差がありましたよね。
 今回は、ひと串に個体違いの3つの鮑を刺し、一口ずつ食べ比べしてもらえるようにしています。
佐渡島 なんでこんなに柔らかいんですか。本当に生ですか?
髙橋 はい。皮を剥いて、切れ目を入れただけです。
佐渡島 生の鮑ってコリコリとしたイメージでしたが、全然違いますね。
宮田 まったくべちゃっとすることなく、すばらしい歯ごたえのなかに鮑の持つみずみずしさが入ってきます。薄く切っていたら、この感じは味わえなかったですね。
佐渡島 薄切りじゃなく、かたまりにすることによって、鮑の持ってるパワーを感じますね。
石川 これまで食べてきた鮑は最初の口に入れた時のインパクト重視で、口の中での時間変化を楽しむことはなかったです。
 個体差を楽しむという鮑の楽しみ方もこれまでで初めてです。
佐渡島 どれもおいしいですね。串の一番上の一番最初に食べた鮑が一番、味が濃かったような気がします。
宮田 香りや柔らかさも一つ一つ個性がありますね。
石川 でも、違いがあると言われないとわからないかも。
髙橋 人によって感じ方は違うと思いますが、最初に食べた串の先端の鮑が一番おいしかったはずです。それがさっき見てもらった縁の立ち上がりが高く、ずっしり重かった鮑です。

■煮物(ギヤマン切子蓋物)

甘鯛と賀茂茄子の煮物はバカラのギヤマンの碗で。天然の車海老の頭と鉄分を入れて炊くことで、色が鮮やかになり、味に強さが加味される。
髙橋 甘鯛は葛(くず)を打って、火入れもサッと。賀茂茄子は真ん中のいいとこだけを使い、甘鯛とは別に炊いてます。
佐渡島 温かい料理をガラスの器で出すことってよくあるんですか。
髙橋 ありますよ。ガラスの碗でお茶漬けを出すこともありますし。ガラスだからといって、冷たいものしか出してはいけないわけではありません。
 今日みたいに、冷たい料理が続いたり、胃が冷えてるときに、ほろっと温かいものを食べるのがいいんです。でも、涼しさは出したいのでガラスの器を使うんですね。

■器やコースの流れについて

髙橋 今日、私のなかでは日月椀とバーナード・リーチの鉄釉八角台鉢がメインテーマでしたので、その2つはできるだけ順番を離して使いました。
 メインテーマを離すことは大事です。今回、モダンな山田晶の赤呉須浅鉢を選ばれたので、それは日月椀とバーナード・リーチの鉄釉八角台鉢の間には入れられないんです。イメージが自分の頭の中で追いつかなくて、赤呉須浅鉢だけが抜きん出てしまうというか。そういうところでこの赤呉須浅鉢を選んだ時点で、最初か最後しかないなと。
 お茶事では最初にいい器を出すんですが、今回はデザートがなかったので、一品目の先付に使いました。
普段、店で民藝の器を出すことはないので、ハードルが高かったですね。民藝に魚を盛ると、魚の色を殺してしまい、モッサリして見えるんです。
 川魚でしたらまだいけますが、海の魚は絶対、無理です。いいも悪いも野菜が引き立つ、野のものが生きる器です。うちでもし使うとしたら、デザートですかね。
 それも、そのままの姿を見せて果樹園的なニュアンスまで出さないとダメですね。先付の赤呉須浅鉢とは真逆で、ムースを使ったり、ジュレをかけたり、さわりすぎると民藝はダメになります。
 一番難しかったのは、バーナード・リーチの鉄釉八角台鉢でした。最初は青竹を使うつもりはなく、氷に盛って、あしらいにラディッシュやマイクロトマトを飾ろうと思っていたんですが、思ったより内側の色がしんどくて。料理人が欲しい色じゃないんです。野菜の色が勝てないと思って、急遽、青竹を使うことにしました。
 アイデアって追い詰められる方が出てくるので、こうやって食材と器を見て即興で料理を作るのは、最高に楽しかったです。また料理人として成長させていただきました。
■髙橋拓児(たかはし・たくじ)京料理「木乃婦」3代目主人。「東京吉兆」で修業後、「木乃婦」の3代目主人に。フランス料理や分子化学の理論など最新の技法を取り入れた新しいスタイルの日本料理を追求。シニアソムリエ。NHK「きょうの料理」講師。京都大学大学院農学研究修士課程修了。

■協力 京料理「木乃婦」 http://www.kinobu.co.jp/
■協力 古美術商「梶古美術」 http://kajiantiques.com/
(構成:天野準子 写真:塙新平)