【古都で学ぶ】なぜ古美術品は“消費”されないのか

2020/10/4
「食材」と「器」、そして「技」が織りなす京料理。そこにはプロフェッショナルたちのセンスや感性、知識が息づく。異分野で活躍する3人が、料亭「木乃婦」髙橋拓児氏と京料理を仕立てる全3回。第2回は、「器」の目利きを学ぶ。

【案内人】梶高明(古美術商「梶古美術」7代目)
【出席者】石川善樹(予防医学研究者)、佐渡島庸平(コルク代表)、宮田裕章(慶応義塾大学教授)、髙橋拓児(料亭「木乃婦」3代目)
器選びの極意を語るのは、「梶古美術」7代目の梶高明氏。朝日カルチャーセンターでの骨董講座講師のほか、茶道裏千家淡交会講師、日本料理アカデミー正会員、京料理芽生会賛助会員などを務める。

教養が美を育み、美が教養を育む

料理に使う器を選ぶために訪れたのは、祇園に位置する古美術商「梶古美術」。料理人にも一目置かれる7代目の梶高明氏から、器選びに加えて、骨董の選び方や屏風の持つ役割を学ぶ。
宮田 これから道に入る人が初めて古美術を買う際、選び方はありますか。
 所有すると物をより深く理解できます。そのうちまた次の物が欲しくなるかもしれません。古美術を理解するためには教養が高まると良いです。
 逆に言うと古美術を知ろうとすると教養が高まると思っています。株を始めると経済を理解するようになるというのと似たようなものです。
 例えば、木乃婦さんに行っても、器をはじめ、花生けや床の間の掛軸さらに玄関からいろんなものがしつらえられていますね。それがごちそうにできるのは教養があってこそ。それらが全然わからなかったらただのご飯屋さんになってしまいます。
佐渡島 確かに、長次郎の樂茶碗とか、教養がないとわからないですね。
宮田 教養が育む美ですか。古美術の世界ではそれが基本だと思いますが、教養がなくても、圧倒的な存在感を感じるものってありますか。
 あちらに飾っている屏風は、花鳥図の屏風ですが強い存在感を示し、実際の図柄では描き表すことの出来ない権力を主題として表現していることが面白いです。
宮田 ダイナミックですね。いつごろのものなんですか?
 桃山時代、「おれが上や、おれが上や」とやってる時代です。これが飾ってある部屋に案内されて、そこで待てって言われ、主が来たら、この屏風をバックに座るわけですよ。どういう心理状態になりますか。
宮田 確かに、かなりのマウント感です。
佐渡島 心理的な駆け引きに美術品が使われていたんですね。
 この屏風には松竹梅も描かれていますが、梅は春一番早く咲き高貴な香りを放つものであり、松は若木も古木も春夏秋冬変わらず常緑なので不老長寿の象徴、天に向かってのびる竹はその勢いの良さが好まれてきました。
 教養あるなしに関わらず、権威を感じる屏風ではありますが、意味を知った上でこれを見るのと、松竹梅=めでたいもので終わってしまうのでは差がでてきます。

無数の解釈とカオスに何を見るか

 続いて、こちらは「空」と書かれた掛け軸。書家ではなく、画家が書いたもので、決してうまい字というわけではないですが、迫力があるでしょ。
 これを見て、“そら”と読む人も、“くう”と読む人もいます。“そら”は単純に見上げる空を指しますが、“くう”と読んだ場合は、“からっぽ”や“むなしさ”などという解釈もあります。
 どのように解釈しても正解であり、同時に不正解でもあります。つまり “くう”というのは一つの考え方にとらわれることのないという、答えではなく哲学なのです。
 “くう”を掛けるということは、これを見たすべての人にその年齢や健康状態、性別に関係なく、この掛軸を見て何を感じたかという問いかけをしているのかもしれません。
次は三十六歌仙を描いた屏風です。
佐渡島 構図が斬新。
石川 密ですね。
 三十六歌仙の絵図は尾形光琳が描き、それ以来、琳派の絵師が引き継ぎ、描かれてきました。
宮田 モチーフが繰り返し表現されてきているんですね。
佐渡島 光琳に憧れ、繰り返し描かれているのって、今だとTikTokなどでハッシュタグつける感じですかね。三十六歌仙が流行っているから描こうみたいな。時間軸は長いですが。
宮田 マイペースだったり、人の視線を気にしていたり、それぞれの個性も描かれていますね。
 視線もバラバラだし、統一感がなくカオス(混沌)な感じがおもしろい。それでいて、人を配置している横の線や右斜め下にのびる線はビシッと揃っていて、コンポジション(構図)の美を感じます。
石川 確かに肩の線がそろってる。
髙橋 構図が美しいですね。この構図は、折り詰めを盛りつける時の法則に当てはまります。
 まず、平行に切るでしょ。そして、斜めに切る。右下角で切るか、ずらすかは、自由なんですが、角で切るほうが格式高くなります。つまり折り詰めは、横と斜めで切る2パターンの組み合わせでできているんです。
佐渡島 屏風に折り詰めの法則があてはまってるってすごいおもしろい。
石川 それって漫画のコマ割りにも近いですね。
 では本題の器を見てもらいましょうか。
 明の時代の古染付や織部、志野、バカラなど、ここには400年前のものから現代のものまで、国もさまざまに並んでいますが、違和感ないですよね。種類は違えど、美意識の高さで釣り合ってつながっているように見えるのです。
 これはみなさんもご存じの魯山人の日月椀です。木地全体を薄い和紙で包み、そこに漆を塗り重ねた一閑張りの技法を用いたもので、金銀箔に微妙なシワやかすれができるように仕上げられています。
宮田 このシワやかすれは経年変化じゃないんですね。
 はい、わざとなんです。
宮田 金箔がきらきら、ぎらぎらではなく、陰影があり、上品ですね。
佐渡島 魯山人の日月椀は絶対、使ってほしいですね。
 こちらの大鉢は民藝の代表陶芸家、バーナード・リーチのものです。
 民衆の道具として作られたものに用の美を見いだし、民藝運動に発展しましたが、非常に健康的で作為に満ちてないでしょ。
宮田 手の込んだ無作為とはまた違う。用を重ねたなかで得られた無作為の美を感じますね。
石川 かっこいいですね。これもぜひ、使ってほしいですね。
 こちらは河井寛次郎の鉢です。料理屋さんはこういう民藝の器を使わないですよね。
髙橋 はい、使いづらいですね。発するオーラが違うんです。民藝でも安っぽいものは無理ですが、河井寛次郎は大丈夫です。
 今の時期やったらバカラのギヤマンはどうですか。
佐渡島 見た目に涼しくいいですね。
石川 ちょっと、色のあるものも入れたいですね。
 京都の現代作家、山田晶さんの赤呉須はどうですか。クラフト文化の継承者で、デザイン的な器を作る方です。
石川 曲線の作り込みがすごいですね。
 どの器も、料理を盛りつけると印象ががらっと変わりますよ。
【選んだ器】河井寛次郎「紫紅鉢」/北大路魯山人「日月椀」/バーナード・リーチ「鉄釉八角台鉢」/バカラ「ギヤマン切子蓋物」/ 山田晶「赤呉須浅鉢」
■梶 高明 梶古美術7代目当主。朝日カルチャーセンターでの骨董講座講師のほか、茶道裏千家淡交会講師、日本料理アカデミー正会員、京料理芽生会賛助会員など。料理店と骨董の器を使った茶会などを数多く開催。

■取材協力:梶古美術 京都市東山区新門前通東大路西入梅本町260
http://kajiantiques.com/
(構成:天野準子 写真:塙新平)