テスラの正体を理解せよ。核は「人類救済」構想【モビエボ必読書】

2020/9/14
自動運転、EV、ライドシェア…「次世代自動車産業」をめぐる潮流は日々進化している。いま、その覇権を巡る戦いは自動車業界のみならず、IT、電機・電子、通信、電力・エネルギーなどのトップ企業がしのぎを削る“異業種戦争"といっても過言ではない。この競争の構図とは、そして勝機はどこにあるのか。

本連載では書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』から全4回にわたって、次世代のモビリティビジネスに待ち受ける変化とその革新の要素を紹介する。
「人類を救済する」イーロン・マスクの使命感
テスラという会社を理解するには、イーロン・マスク個人の使命感と野望を、まずは理解する必要があります。彼の生い立ちを駆け足で紹介しましょう。
イーロンは1971年、南アフリカ共和国に生まれました。その後アメリカに渡り、ペンシルバニア大学で物理学と経済学の学位を得たのち、スタンフォード大学大学院に進みます。
当時から、人類の将来にとって大きな影響を与える課題はインターネット、クリーンエネルギー、宇宙開発の三つと結論づけていたイーロン。
スタンフォードをわずか2日でドロップアウトすると、弟とソフトウェア制作会社を創業。ここで成功を収めたのちにPC大手のコンパックに売却、その資金で創業したインターネット決済の「Xドットコム」も大成功。
Xドットコムはのちにコンフィニティ社との合併により、ペイパル社となります。ここまでならイーロンも、シリコンバレーには珍しくない「ITの成功者」で終わっていたかもしれません。
ところがイーロンは、ペイパル社をイーベイ社に売却して手にした約170億円もの個人資産を元手とし、2002年に民間宇宙企業「スペースX」を設立したのです。IT起業家がなぜロケット開発を?一体何のために?
それは「人類を火星に移住させるため」なのです。
彼は予測しているのです。地球人口はすでに70億人を超え、環境破壊が進み、石油資源も枯渇しようとしている。人類がこのまま地球にとどまるならば滅亡は免れない、と。
誰もが「荒唐無稽」と笑いましたが、イーロンは本気でした。
創業6年目にして宇宙ロケット「ファルコン1」の打ち上げに成功、それ以後も次々に新型ロケットの打ち上げを成功させ、2018年には大型ロケット「ファルコンヘビー」にテスラの超高級EV車「ロードスター」を乗せて、火星軌道上に打ち上げています。
そして、その次に参画したのが、テスラなのです。インターネット、宇宙ときて、電気自動車。これも一見すると「何のために?」と首をかしげたくなりますが、イーロンの想いは「人類救済」で終始一貫しています。
つまり、こういうことです。火星に行けるロケットが完成するまで時間が必要。地球滅亡をスローダウンさせるため、排気ガスを撒き散らすガソリン車にかわるEV車を開発しよう。クリーンエネルギーのエコシステムを定着させよう─。
ここからわかるのは、イーロンにとってEVはクリーンエネルギーを実現するための手段であるということ。2016年には太陽光発電企業であるソーラーシティをテスラが買収しています。
したがって、テスラをEVのみの会社と見ると本質を見誤ることになります。
その実態はクリーンエネルギーを「創る、蓄える、使う」の三位一体事業。太陽光発電でエネルギーを作り、蓄電池でエネルギーを蓄え、EV車でクリーンエネルギーを使う、この三つをカバーしているのがテスラという会社なのです。
イーロンのリーダーシップ、マネジメント、そして行動や発言の一つひとつに至るまで、「人類救済」というミッションから逆算することなしには、読み解くことはできません。
もちろんビジネスである以上は、成功が一つのモチベーションであるのは事実です。しかし、それも自分自身の壮大なミッションを実現させるための資金を得る手段でしかない。
さらに言えば、ミッションを実現させることができるなら、自分自身の手で実行できなくても構わないとすら本気で考えているのが、イーロンの凄みです。
その証拠に、2014年にはテスラの全特許をオープンソース化しました。EVの開発において最も重要な電池についても、他社のようなEV専用の大型電池ではなく、ノートPCに使われる汎用電池をつなげて使用することでコストを下げるという、テスラ独自の技術を公開してしまいました。
なんてもったいないことを、というのは常人の考え。イーロンは、これによってEV市場が活性化し、人類救済が果たされるのであればノウハウを無償で提供するべきだ、という考えなのです。
彼が「電気自動車を1億台にする」とは言っても「テスラ車を1億台にする」と言わないのはそのためです。
経済的成功は、二の次、三の次。それどころか彼は稼いだ以上のお金を投資に回してしまい、自分は借金しかねない始末です。
まるで、無一文になっても構わないと思っているかのようですが、彼にはお金よりもミッションの実現が大切なのであり、だからこそお金を失うことを恐れない、ということなのでしょう。その意味では、お金の豊かさと心の豊かさを兼ね備えた人物であると言えます。
筆者はこれまで経営コンサルタントとして、時価総額1兆円を超える企業の経営者の参謀役も務めてきましたが、こうした人物像は、経済的にも桁外れに成功した経営者にはある程度共通しているように思います。
彼らのように人並み外れて大きな成功体験があると、「仮に会社が破綻しても、このレベルの成功ならばいつでもできる」という深い自信が涵養されるのかもしれません。
(Sjo/iStock)
「EV車はダサい」イメージを刷新するテスラ車の衝撃
テスラのクルマそのものが魅力的であることは言うまでもありません。
従来の電気自動車はエコである一方で、「かっこ悪い」イメージがどうしてもつきまとっていました。遅い、航続距離が短い、そしてデザインがダサい。
そのままでは、いくら人類救済の使命を謳い上げたところでユーザーの支持は得られなかったことでしょう。
ところが、テスラのEV車は別次元に「クール」です。
まず単純な走行性能だけ見てもレベルが高いのです。2020年に発売予定の最新型の「ロードスター」の最高速度はなんと時速400km以上。また、1回の充電で1000kmの走行が可能だとしています。
従来の自動車産業にはない技術もふんだんに盛り込まれています。例えば、ペイパルの創業メンバーでもあるイーロンは、自動車業界にIT業界のものづくりの手法を存分に取り入れています。
スマホのように、ソフトウェアの「アップデート」により進化していくクルマ、というコンセプトも、その一つです。
常時インターネットと接続されているため、ソフトのアップデートによって機能が追加され、車両というハードを買い換えることなしに運転性能が改善されていく、ということです。
ソフトウェアの「バージョン7」からは、実際にクルマがどんな状況でどう走行しているのかに関するビッグデータをクラウドに収集し、それを現在運用中の自動運転システム「オートパイロット」の改善に役立てているといいます。
発売されているモデルはすべて完全自動運転を見越したハードになっており、あとはオートパイロットが完全自動運転用にアップデートされるのを待つばかり、という段階まで来ています。
端的に、イーロンの優れたものづくりのセンスも大いに貢献しているのでしょう。ずんぐりした印象のある他社のEV車とは異なる、シャープな車体デザイン。室内空間も瀟洒で広々としています。
ドアハンドルは、通常時には収納されており、ドライバーがクルマに近づくと自動的にせり出してくるという機構を採用。現在の高級EV車においてはデフォルトになりつつありますが、もともとはテスラのアイデアなのです。
「モデルS」車内のディスプレイはiPadを思わせる大型液晶タッチスクリーンで、物理的なスイッチが少ないことが「ITと融合したクルマ」を強く印象づけるものになっています。
宇宙レベルの壮大なミッションを描きながら、具体的なものづくりの場面ではミクロのレベルで細部を突き詰める。それがイーロンです。
先述のアシュリー・バンスによれば、決して妥協を許さず、社内のエンジニアに対しては「物理学のレベルまで掘り下げろ」が決まり文句になっているようです。マクロの壮大さとミクロの繊細さがイーロンの特徴なのです。
(Sjo/iStock)
「世界のグランドデザイン」はイーロン・マスクが描く
相当の紆余曲折があるにせよ、あるいは仮にテスラ自体に経営危機が顕在化しても、クリーンエネルギーを「創る、蓄える、使う」の三位一体事業というグランドデザインは、早晩、「世界のグランドデザイン」になると、私は確信しています。
書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』より
テスラのような会社を評価するときに、目先のマイナスをああだこうだと論じても仕方がないところがあります。
イーロン・マスクとは「宇宙レベルの壮大さで考えて、物理学的ミクロのレベルで突き詰める」人物だと私は評しました。
アメリカでは、「大きく考える」の象徴でもあります。短期的な浮き沈みにとらわれることなく、イーロンが何を目指しているのかというところから読み解くべき会社です。
仮に、イーロン自身の手でそれが果たせなくても、誰かがこの三位一体事業を推し進めていくことになるでしょう。
テスラを含めて、これまでどの会社もEVの量産化・収益化を果たしていません。
一説によると、EV車にかかるコストの半分は蓄電池のコストだと言われており、そのコストを下げようと各社が躍起になっています。
そんななかで真っ先にEVの量産化・収益化に目途をつけたことも2020年になって株価が上昇した大きな要因となっています。
また充電方法も、いまのところは大きく火力発電に依存したままです。それをよしとしないイーロンは、太陽光発電によるクリーンエネルギーを蓄電池に蓄えようと膨大な先行投資を行い、充電ステーションを建設しているのです。
いまだ道半ば、それでもこれが「地球や人類にとって」理にかなった戦略であることは疑いようがありません。
またテクノロジーの進化に伴い、それぞれのプロセスにおけるコストも着実に下がりつつあります。
イーロンが描くグランドデザインは、テスラのためだけではなく、次世代自動車産業のためだけでもなく、広くこれからの世界のための道標にもなるのではないかと思うのです。
テスラとは、もはや単なる自動車会社なのではなく、新たな世界観とともにあるテクノロジー企業であり、クリーンエネルギーのエコシステムの会社なのです。
だからこそ、イーロンをベンチマークしておくべきなのです。
※本連載は全4回続きます
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本記事は書籍『2022年の次世代自動車産業 異業種戦争の攻防と日本の活路』(田中 道昭〔著〕、PHPビジネス新書)を一部修正して転載したものである。