【塩野誠】GAFA v.s.国家、勝つのはどちらか

2020/10/9
「テクノロジーを知らずして、未来を語ることはできない」とよく言われる。しかし、現代は、国際政治への理解なくして未来を語れない時代となった。

ファーウェイやTikTokが米国から追放され「米中新冷戦」とも呼ばれる状況の中、日本はどう振舞うのか。GAFAは政府のように公共性を担う存在になりえるのか。SNSで投票を操作できる世界で、民主主義は成立するのか。

様々な論点を一つの物語として描き出す新刊『デジタルテクノロジーと国際政治の力学』(塩野誠著)の「はじめに」を公開する。

【はじめに】覇権としてのデジタルテクノロジー

「ゲームをしませんか?」とジョシュアは言った。
今から30年以上前、冷戦時代の1983年に公開された映画「ウォー・ゲーム」はハッカーの高校生が誤って北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)のAI(人工知能)であるジョシュアに接続し、核戦争シミュレーションゲームを始めてしまうという内容であった。このゲームではプレイヤーが米国かソビエト連邦を選ぶことができ、主人公の高校生はソ連を選び米国ラスベガスに攻撃を開始する。当時は二大大国の米国とソ連が互いを脅威とみなしていた頃だった。米ソ冷戦時代の空気が漂う作品だった。
1989年11月にベルリンの壁が崩れ、米ソの冷戦は終わりを告げた。ソ連は崩壊し、大国だった頃の記憶を残しながら形を変えてロシアとなった。唯一の超大国となった米国が国際秩序を主導した時代もあったが、近年では自国第一主義と保護主義化により国際社会のリーダーの地位からの後退が見られる。一方で中国は経済力とテクノロジーを武器に台頭し、米中関係は「新冷戦」とも呼ばれることもある。2020年代は多極化した世界として語られている。
「ウォー・ゲーム」で暴走するAIが描かれてから30年の時が経った。
国際情勢は大きく変わり、デジタルテクノロジーが人々の生活を大きく変えた。今ではインターネットやスマートフォンの無かった時代を想像することは難しいだろう。あなたがデジタルプラットフォーマーであるGAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)に関わらずに一日を過ごすことはもうできないかもしれない。「ウォー・ゲーム」ではサイバー空間に接続し、現実世界の命運を握る高校生が空想として描かれたが、すでに人はサイバー空間と実世界に同時にいるのだ。
塩野誠(しおのまこと)経営共創基盤(IGPI)共同経営者/マネージングディレクター、JBIC IG Partners 代表取締役CIO。各国でのデジタルテクノロジーと政府の動向について調査し、欧州、ロシアで企業投資を行う。国内外の企業への戦略コンサルティング、M&Aアドバイザリーを行う。
インターネットの発展と共に急成長したオンラインサービス企業は個人の行動をデータとして蓄積し、収益を最大化するためにデータを解析し、個人の行動予測や行動変容を行っている。巨大デジタルプラットフォーマーは数十億人単位のユーザを持ち、ユーザのIDや決済情報を管理し、ユーザの購買履歴、閲覧履歴、位置情報といったデータを蓄積している。私たちは検索をするたびに、検索エンジンに自分の興味・関心についての情報を無償で提供しており、それがひたすら蓄積されているのだ。デジタルテクノロジーによって、民間企業であるデジタルプラットフォーマーが国民の行動や関心をリアルタイムで把握することが可能となった世界に私たちは生きている。
人間のコミュニケーション様式や認識に影響を与える。デジタルテクノロジーは文字、音声、映像といった形で人と人のコミュニケーションに介在し、AIが、学習・認識・予測というプロセスを経て、人間の思考やコミュニケーションを代替することさえある。それらは、ときに政治、経済、社会、安全保障に多面的な影響を及ぼすパワーになり得る。
デジタルテクノロジーを介して企業(プラットフォーマー)も国家も常時、あなたにアクセスしようとする。新型コロナウイルスの感染を避けるためには、あなたがどこにいるか、誰に会ったか、プラットフォーマーや政府に教えるべきだろうか。あなたは誰と会ったときに自分の体温や脈拍が上下するかを政府や企業に教えたいだろうか。テクノロジーの前に個人も岐路に立たされている。
デジタルテクノロジーが各国で政治、経済、社会、安全保障に影響を与えており、その影響は国際政治のパワーバランスを変えていく可能性がある。現在では国家だけでなく、企業などの非国家アクターまでデジタルテクノロジーのパワーの獲得競争に加わり、国家対国家、国家対デジタルプラットフォーマーと、テクノロジーによって多極化が促されている。
今日ではデジタルテクノロジーを理解せずに、産業の変化や国家間の覇権争いを理解することは難しく、またその裏返しに、国家間の攻防を見ずにデジタルテクノロジーの今後を占うこともできない時代となった。
民間セクターにおけるデジタルテクノロジーであっても、その根幹である通信インフラに他国の政府がアクセスすることへの懸念が日常化している。近年、注目される例としては、米国による中国の通信インフラ企業であるファーウェイ(華為技術)の排除が挙げられるだろう。ビジネスの世界でも、グローバルリスクとしてデジタルテクノロジーと規制を知らずにゲームに参加することはできない。ある日突然、買収が差し止められ、技術漏洩が起き、サプライチェーンの組み換えを余儀なくされる世界に我々は生きているのだ。
筆者は1980年代、AppleⅡが傍らにあった時代にはじまり、インターネットの発展と共に、米国、アジア、欧州、中東でデジタルテクノロジーに関わってきた。その中には2000年の米国ドットコムバブル、黎明期の中国スタートアップ、イスラエルや北欧・バルト諸国といった風景があり、2003年からスタートアップに投資し、2005年のフジテレビ・ニッポン放送とライブドアの買収攻防を担当し、2012年頃からはAIに関わり、近年では各国政府関係者やシンクタンクとのテクノロジー政策に関する議論も交わしてきた。
本書は国際政治、テクノロジー、ビジネスの交差するテーマについて、先人たちによる数多くの文献にあたり、私が実際に経験した内容も重ねて執筆した。時代の流れの中で、偶然にも筆者自身が様々な光景に遭遇したことを奇貨として、一冊の本としてまとめることとした。
本書は世界を覆い隠そうとするデジタルテクノロジーと国際政治の物語を紐解くことによって、これからの国際秩序と覇権についての考察を試みるものである。本書では鍵となるいくつかのテーマに各章で焦点を当てた。最終章まで通読することで、事象がつながり、全体像が浮かび上がる構成となっている。是非とも一つの物語として最後まで読むことで、その風景全体を見ていただきたい。
従来、政府による経済政策、安全保障、業界規制、そしてデジタルプラットフォーマーに代表される民間企業の経営戦略などは各アクターを個別に観察することが多かった。本書は、パワーバランスの変化を概観するため、各アクターと登場人物の関係性を統合的に見るべきだという立場に立つ。本書は国家や企業という各アクターの行動様式とデジタルテクノロジーの関係性について考察を試みるものである。
デジタルテクノロジーを考察する上で必要な歴史的背景の理解のために第1章で「デジタルテクノロジーの現代史」を扱い、2、3、4、5章はサイバー攻撃やデジタル通貨など、パワーの変化に影響を与え得るテーマに焦点を当て、各アクターの動きを追い、最終章では日本の進むべき道について提言を行う構成とした。
技術革新は常に国家間のパワーに変化をもたらしてきた。
国家は主権、領土、国民で構成される。そして国家のパワーは軍事力、経済力、情報、領土の位置や大きさなどの要素によって規定される。そこにデジタルテクノロジーが新たなパワーとして加わったのが現代である。国家が独占する通貨主権でさえ、フェイスブックのリブラ発行のように、デジタル通貨によって非国家アクターが挑戦することが可能となった。
2017年9月にロシアのプーチン大統領は「AIでリーダーとなるものが世界を支配する」と述べ、2017年10月には中国の習近平国家主席が中国共産党第19回全国代表大会において、「製造強国づくりを加速させ、先進的製造業の発展を加速させ、インターネット、ビッグデータ、人工知能(AI)と実体経済との高度な融合を促し、(中略)新たな原動力を形成する」と述べている。中国はこれに先駆けて2015年5月に「中国製造2025」を発表し、半導体や5Gネットワークにおいて2025年までに世界の製造強国になることを目指している。政府主導の長期計画の実現に向けて国家のリソースを集中できる強みを活かし、建国100周年の2049年までに社会主義現代化強国の実現を目指すと宣言した。
一方、2018年10月に米国のペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説の中で、中国はロボティクス、バイオテクノロジー、AIといった世界の最先端技術の90%の支配を目論み、あらゆる手段で米国の知的財産を手に入れようとしていると述べて中国を強く非難した。このように国家のトップがデジタルテクノロジーと覇権について意思表明することは珍しくなくなった。
そして2020年7月23日、米中関係は新しい段階に入った。マイク・ポンペオ米国務長官はカリフォルニア州で「共産主義の中国と自由世界の未来」と題した演説を行った。陸軍士官学校出身で冷戦時代に西ドイツに駐留したこともあるポンペオ国務長官は、この演説で中国は米国のテクノロジーに関わる知的財産、企業秘密、雇用を奪ったと非難した。そして「自由主義世界は新しい独裁体制に勝たなければならない」と中国共産党対米国及び西側諸国という構図を明確にした。
2020年7月24日には米国が中国に知的財産を盗まれているという理由から、ヒューストンの中国総領事館が閉鎖された。これに応じるように中国政府は四川省成都にある米国総領事館の閉鎖を通知した。ニクソン大統領記念図書館で行われたポンペオ国務長官の演説は、1972年のニクソン大統領訪中から50年を待たずして、中国への対立姿勢を世界に示したのだった。
デジタルテクノロジーを制することは、そのまま国家にとっての安全保障、存立基盤を守ることになりつつある。あらゆるものが高速ネットワークに接続される現代では、電力や金融などの公共インフラがサイバー攻撃されれば、人々の社会生活に損害が出る。
あなたがITカンファレンスでもらったUSBにはマルウエア(悪意あるソフトウエア)が入っているかもしれないし、敵対する国の兵士の私用スマートフォンを操作して軍事施設の内部を位置情報付きで撮影することも、直接、恐喝的なメッセージを送りつけることも今の技術では可能である。国家間の紛争では武力攻撃の代替として、または攻撃計画の初期的段階としてサイバー攻撃が想定され、各国は紛争についてサイバー攻撃を前提として考えている。
デジタルテクノロジーの軍事への応用は各国にとって新しい脅威になり得るため、この脅威を回避しようと各国は外国の政府や企業からの技術へのアクセスに神経を尖らせ、安全保障上の理由で海外からの投資及び技術移転への規制を行っている。このような規制は民間企業に適用され、企業買収や知財移転における障壁となっている。
米国と中国は技術や知的財産の移転に対して牽制し、互いに関税を発動することにより、貿易摩擦を引き起こしている。米国は従来から、外国政府や企業に対し経済制裁を行うことでパワーを行使してきた。関税や経済制裁によって影響力を行使することはエコノミック・ステートクラフトと呼ばれ、それらを濫用する経済政策の「兵器化(Weaponization)」は国際社会に分断をもたらしている。
今後はデジタルテクノロジーによる国家間の覇権争いが激化し、覇権国への挑戦や既存の国際秩序の変更が多く試みられることだろう。一方でデジタルテクノロジーは国家が独占できるものではない。むしろ開発・運用能力を持っているのはグローバルに事業を展開する多国籍テクノロジー企業であり、その技術を、国家だけでなく非国家アクター=民間多国籍企業や個人、テロリストや国際犯罪グループなどが、パワーとして欲している。
奇しくも各国がデジタルテクノロジーのパワーを認識し、奪い合う現在は、一党独裁下の経済成長に自信を深める中国と、リベラルな民主主義から離れ、保護主義と自国主義に走る米国の姿が立ち現れた時期と重なっている。米中は現在のデジタルテクノロジーのトップを走る二大大国である。しかし、米中の政治体制、環境におけるテクノロジーの進化過程は大きく異なる。デジタルテクノロジーと民主主義国家、権威主義国家の関係性の違いやその「相性」については、本書でも考察したい。
哲学者のマルティン・ハイデガーは、1953年のミュンヘン工科大学での「技術とは何だろうか(Die Frage nach der Technik)」と題した講演で、現代の技術が目的のための手段であることを前提としつつ、「人間が技術を制御しようとする意志は、技術が人間の支配には手に負えなくなりそうであればあるほど、それだけいっそう執拗なものとなります」と語っている。人間には手に負えないかもしれない、人間の頭脳さえも代替するようなデジタルテクノロジーを国家、企業、個人が手に入れ、コントロールしようとしている時代にはますます示唆的な言葉だろう。
本書が読者の考察の一助となれば幸いである。
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*塩野誠氏は、株式会社ニューズピックスの社外取締役です。