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何か素敵すぎる。

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「日本語を知らない外国人が最初に学ぶ文例として、『これは犬です』は本当に適切だろうか。『犬が走る』とどっちがいいと思うか?」

なるほど。これこそ、創立の原点だ。学習者にとって乗り越えやすい学習内容を、易しいレベルから積み上げる。「やればできる」という自信を提供していく。

会長は30年前にわが子のためにつくった計算問題のプリントと、まったく変わらぬ心で教材開発に向き合っている――。
その姿に間近で触れ、背筋が伸びる思いがしました。
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Go to eatの農水省の対応と比較したら失礼なのでしょうが、いずれも「自分は一生懸命やった」という気持ちが、本来の顧客・使用者の目線を忘れることにつながりがちだということでしょう。

さらに言えば、(Go to も含め)スピードが求められる昨今「間違ったら素直に認めてもっと良くする」ことのほうが「間違わない」こと以上に重要と思います。
公文教育研究会の社長・池上秀徳氏の連載第5回です。
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「やっててよかった公文式」のキャッチコピーで知られる教室を展開する公文教育研究会。たった一人の高校教師の指導法から生まれたメソッドは、今や50を超える国と地域に広まり、日本発の強力なソフトコンテンツになっている。

2015年に同社初のプロパー出身社長として就任した池上秀徳氏は、創始者・公文公氏から直接薫陶を受けた経験を自身の経営哲学に昇華させたという。

今に至る原体験、創業の精神を受け継ぐトップとしてのあり方、グローバル企業が目指す「KUMON」の未来について聞いた。(全7回)

■第1回 世界400万人が学ぶ「公文式」はこうして生まれた
■第2回 仕事人生の基礎を築いた2年間の研修
■第3回 教育とは、教育者とは何かがわかった
■第4回 新規事業に参加すると、社内で重宝される
■第5回 教材は、先生ではなく子どもたちがつくるものだ
■第6回 今の時代に合った「流行」を取り入れる
■第7回 「生きる力」を育む学習法を世界中に広げていく
「学び」というものは興味深いものです。

たとえば「知る」→「わかる」→「つかえる」という段階を考えた時に、どの段階までを目指すかで教える内容も順番も教え方も変わって然るべきになる。


ビジネスもそうですが、学びにおいても「学びのゴール」を設置し、そのゴールに適した方法論を選んでいくのだと思います。

そして、なにを学びのゴールにすべきか、ゴールのための最短の方法論の答えは、「現場」にしかないのでしょう。
公文で多くを学んだが、初めて知った。やっている分には「基礎を徹底でき、自分のペースで進められる教材」なのだが、その裏側でここまでの思考があったとは…世の中の素晴らしいプロダクトは、そうでないプロダクトと僅かな差だけど考え切らないと生まれない細部へのユーザーメリットにつながるこだわりがあり、その無意識の差の累積が、支持の差につながる。
懐かしい公文。公文のおかげで自信がついた思い出があり、ニューヨークで子供に公文に通わせたけど4+?の辺で2ヶ月くらい次に進めず、毎日泣き出す始末。嫌がるので私が公文の真似してプリントを作ったら喜んでやっていました。要は子供は親を喜ばせたい。そうやって公文式はお父さんと子供で作り上げたのでしょうね。なるほど!今リモートで一対一のチューターと子供はどんどん上手く進んでいます。私の方といえば、メカニカルな計算で言えば公文は良かったと思いますが、あまりにメカニカルで思考能力は全くつかなかった。でも日本人一般の高い計算能力は公文のおかげだと思う。
顧客から学びなさい

答えは顧客の中にある

顧客なくしてビジネスなし

掛け算より足し算を何回も。

仕事に通じる話です。ありがとうごさいます。
教材はわたしたちがつくるものではない、
子どもたちが作るものだ

素晴らしい考え方だと思います。
やはりどれだけすごいアイデアや企画であっても
現場・現実・現物に則していないと意味が無い、、
そして顧客ありき。


プロダクトアウトの考え方も大切ですが、
顧客を知り尽くし、顧客の理解を超えたところで価値を作ることの大切さを痛感しますね。
なかなかに痺れる。

常識を疑う。何が利用者にとって自然なのか。お題目として、みんなが言うけど、現場の人間も経営者もなかなかできない。

「これは犬です」なんて、赤ん坊にしか行った事が無い。文法を教えるのに便利な言い回しと、実際に使う言い回しは異なりますよね。
これ、まさにプロダクトマーケットフィットを目指すやり方ですね、ユーザーを観察してその行動からペインポイントを探る。
この連載について
ビジネスや働き方が多様化し、正解がない時代に、自分を信じて一心に仕事をする人たちがいる。そこにあるのは独自の「哲学」だ。仕事人のヒストリーをたどり、道標となった哲学を浮き彫りにしていく。