【太田雄貴】「通じる英語」が、アスリートの“未来”をつくる

2020/9/7
「協会が認める“英語力”を満たさない選手は日本代表に選びません」──。2019年、日本フェンシング協会会長・太田雄貴氏が、大胆な方針を発表した。

フェンシング競技日本初の五輪メダリストであり、現在は、日本ではまだマイナーとされるフェンシングの地位向上を目指し、大改革を進める太田氏。彼は、なぜ、選手に「英語力」を求めるのか。そこには、アスリートだけでなく多くのビジネスパーソンにとっても重要な「武器を手に入れて未来を切り開け」というメッセージが込められている。

今回は、独自のメソッドで注目される英語スキルのトレーニングスクール「GSET」代表の是枝秀治氏と、太田氏が対談。「通じる英語」の習得が、自らの価値をどう変えるかについて熱く語り合う。
ネイティブとの会話にコンプレックスも
是枝 アスリートに英語力を求める太田さんの言動には以前から注目していました。太田さんは、今のご自身の英語力についてはどう感じていらっしゃるのですか。
太田 僕なりにずっと英語を勉強してきましたが、なかなか納得いくレベルには達していません。
 実は、さっきカフェでイタリア人のバスケットボール選手の男性とめちゃくちゃ気が合って、話し込んじゃって。彼のような非ネイティブの方と話すときは、お互いの英語レベルが同じだから、会話も弾みます。
 でも、これがネイティブ相手になるとなかなかうまく意思疎通が取れず、浅い付き合いだけで終わってしまうことがある。「これだけ英語をやってきているのに……」と虚しくなりますね。
是枝 太田さんのそういった経験が、フェンシング日本代表に英語力を求める方針にもつながっているのですか。
太田 当初は、2021年の代表選考から英語力検定試験の導入を予定していました。求めるレベルは、国際標準規格「CEFR(セファール)」のA2(英検準2級相当)。高校卒業レベルのスコアなので、決して難易度が高すぎるわけではありません。
 ただ、残念ながら、東京オリンピック・パラリンピックが延期したことに伴い、導入は21年より先送りになりそうです。
 とはいえ、選手に英語力が必要という認識はまったく変わりません。
世界で勝つために「英語力」が必須
是枝 「選考基準に加える」という点が非常に思い切った決断ですね。
太田 誰だって「英語はできたほうがいい」とわかっていても、なかなか取り組めないものです。それならば、ある程度、強制力をもたせるしかないと考えました。
 ヨーロッパ競技のフェンシングの主戦場は世界です。いくら日本代表に選ばれたところで、世界で勝てなければ意味がありません。
 日本のフェンシングは、長い間、世界で勝てなかった。それが、2000年代半ばくらいから、ようやく勝利に手がかかるようになり、日本人に指導する外国人コーチも増えてきました。選手が英語を習得する必要性が上がってきています。
是枝 外国人コーチや海外選手とのやりとりには、英語力が欠かせないということですね。
太田 もちろんです。コーチが言っていることが6割しかわからなくて、こちらが話すことも6割しか理解されなかったら、相互理解度は3割程度にしかなりません。
 そこを1%でも2%でも上げて、お互いが伝えたいことをストレスなく話し合えるようになって、理解を深めることが大事だし、それが技術の向上につながります。
 もうひとつ、フェンシングにおいて大事なのが、審判とのコミュニケーションです。
 フェンシングは一つひとつの判定に審判が介在する競技。判定が難しいケースも少なくないだけに、自分の技について審判にしっかりと説明して理解してもらう必要があります。
 また仮に、たとえ試合で負けても、「なぜ、この判定をとったのか」と試合終了後に審判に意図を確認することもあります。
 実は、こういったコミュニケーションが次の試合の準備にもつながり、次に同じような状況に遭遇したときに活かされることが多いのです。
是枝 英語での高度なコミュニケーションが要求される競技なのですね。
太田 その通りです。
 つまり、日本が世界で「勝つ」ために、英語力が必須なのです。
 そもそもフェンシングはルールブックがすべて英語で、細かくアップデートされます。
 英語ができなければ、ルールの改訂も理解できないし、新しい技やトレンドもキャッチできない。そういう初歩的なところから、英語力のあるなしが結果につながっていきます。
英語ができれば、未来が広がる
太田 加えて、選手のセカンドキャリアを考えた際も、英語は大きな武器になります。
 日本フェンシング協会会長として僕が描くビジョンは、「Athlete Future First」です。
 よく、選手を最優先するという意味で「Athlete First」という言葉が使われますが、僕はアスリートの「未来」を第一に考えたい。
 フェンシングを通して人間的に成長した選手たちには、引退後もさらなる活躍をして、世界に貢献してもらいたいし、それが競技団体にとっての成功にもつながります。
 今、アジアでフェンシングが急成長しています。そこにコーチとして日本人が教えに行く機会がどんどん増えるといい。国内だけではコーチの席の数は限られていますが、海外に目を向ければ、活躍できる場がたくさんある。
 ほかにも、僕のように国際連盟に所属して、ルールをつくる立場になる選択肢もあります。そんな場面で、英語力がネックになるのはあまりにももったいない。
是枝 現役と引退後の両方のステージで、英語力が重要な鍵を握るわけですね。
太田 そうです。代表候補選手といっても24時間練習をしているわけではありませんから、空いている時間を少しでも英語の勉強にあててほしい。
 もともとアスリートはコツコツ努力することは得意なので、その背中を押してあげたいと思っています。
 代表選考基準に英語スコアを加えることには、賛否さまざまな意見をいただきました。
 もちろんみなさんの声は真摯に受け止めていますが、僕のこれまでの人生で「英語ができなくて困っている」人にはたくさんお会いしましたが、「英語ができて困った」という人にはまだ一度も出会ったことがない(笑)。
 もし、英語がペラペラで困っている方がお近くにいたら教えていただきたいのですが、それくらい英語力は身につけておいて損することはありません。
退路を断って身につけた英語力
是枝 太田さんは具体的にどんな方法で英語を習得してきたのですか。
太田 僕自身の英語力のベースは現役時代、ドイツやフランスに単独で遠征したときに、自己流で身につけたものです。
 その意味では、決して“正しい英語”ではありません。ただ、「ひとりで海外に行った」というのが、すごく大きかった。
 海外遠征が多いスポーツ選手は、自然と英語が話せるようになると思われがちですが、決してそんなことはありません。
 たいてい遠征では選手、コーチ、スタッフが一緒になって大人数で移動するので、“小日本”が動くだけ。そうすると、どの国に行っても日本語だけ喋っていれば事足ります。そのうちのひとりだけが、ホテルのチェックインなどで、最低限のレベルの英語を使う程度。
 僕はよく「この指止まれ」という言葉を例に出すのですが、「この指止まれ」で成長機会をつかみ取ることができるのは、指を差し出したひとりだけ。残りのただ指をつかむだけの人は、成長する機会を逃しているんです。
 しかし、ひとりで海外に行くと、「この指止まれ」も「この指止まる」も全部、自分ひとりでやるしかない。僕自身はそうやって退路を断つことで、成長するチャンスをつかんできました。
堂々とした英語スピーチの裏側
是枝 太田さんといえば、東京オリンピック・パラリンピック招致の際のスピーチもすばらしかったです。
太田 あのプレゼンテーションは、8人でスピーチをつなぐリレー形式でした。僕の役割は、アスリートとして日本のオリンピックへの熱い想い、オリンピックとイノベーション、そしてスポーツの力について伝えるというものでした。
 スピーチの練習では、スティーブ・ジョブズをイメージしてやってみましたが、録画した映像を見るともう全然違っていて(笑)。
 自分では、堂々と動きながらゆっくり話しているつもりでも、実際は動きも喋りも速くて、ヒョコヒョコして見える。自信がなさそうな印象を与えてしまっていました。これは、僕だけではなく、多くの日本人のスピーチの特徴だと思います。
 そこからいかに堂々と伝えられるかを何度も練習しました。実はあの英語スピーチは、発音やスピードの緩急を含め、すべて音から丸暗記したものです。
是枝 なんと、丸暗記だったとは。
 GSETの受講生の方には、英語でスピーチやプレゼンする立場の方が多くおられます。
 ただ、受験英語の延長線でスピーチやプレゼンをしても、オーディエンスは終始無音で反応がない、という結果に陥るパターンは少なくありません。規模の大小を問わず、そういった苦いご経験をされた方はたくさんいらっしゃると思います。私もそのひとりでした。
 それが、少しの努力で相手が理解できる英語に切り替えてあげるだけで、途端に、メモを取る人が目立つようになる、質問が出るなど、コミュニケーションが成立している“証拠”がどんどん出始めます。
 そして、通じる英語が使えるようになれば、単に「理解してもらう」段階から、安心して次のレベルに進むことができます。「どうやって相手を惹きつけるか」など、日本語でやっているときと同様に、さまざまな工夫にまで気を回す余裕が出てくるのです。
あきらめかけていた英語への意欲が再熱
是枝 太田さんは現在、国際フェンシング連盟の副会長としても活躍されていますよね。
太田 国際フェンシング連盟の役職ということでは、現役時代の2013年に選手委員になったのが最初です。
 現役時代、正直、納得できない判定がたくさんありました。でも、そんな判定に外から文句を言っているだけでは何も変わりません。世界大会の判定基準を決めるのは理事会なので、組織の中に入ることで、よりよいルールに変えていきたいという想いがありました。
 2017年に選手委員長になったときも、つたない英語ではありましたが、その気持ちを込めたスピーチをして当選しました。
是枝 それが今の国際連盟の副会長として、ルールをつくる側に立つことにつながっているのですね。
太田 はい。ただ、まだ今の英語力では、誰かが会議で発言していることが「ホニャララ」と聞こえることもあり、まだまだです(笑)。
 もちろん、事前にしっかり準備をしていきますが、会議では瞬発的に発言する必要もありますし、自分の英語にはまだ課題を感じています。
是枝 今回、太田さんには「GSET」のプログラムを簡単に体験していただきましたが、いかがでしたか。
太田 日本語と英語では発声のときの喉の使い方が違うということから始まり、リズムによって伝わり方が変わるとか、非常に論理的なプログラムですごく腑に落ちました。
 帰国子女や英語が上手な方が「声が低い」ことは薄々感じていたので、「ああ、そういう理由だったのか」と。
 過去にも、たくさん英語を学んできましたが、これほど納得できたのは初めてです。
 英語学習に挫折してきた人たちが多く駆け込む理由がわかりました。
是枝 あまり知られていませんが、日本語の発声法のままでは出せない英語の「音」や「リズム」がたくさんあることがわかっています。
 GSETのメソッドは「発声法」「音」「リズム」「英語思考」の4つから成り立っていますが、なかでも発声法については、最初に徹底的に鍛えます。
 太田 実は僕、朝倉(祐介)さんと仲良くさせてもらっているのですが、彼がNewsPicksの記事をきっかけに英語をすごくがんばっているとは聞いていたんです。
 それが、GSETだったんですね。
英語の不安を自信に変える。「伝わる英語」は技術で手に入れろ
是枝 朝倉さんには1年半以上通っていただいていますが、英語はもはや別人です。
太田 実は、ここまで英語の重要性を主張しながらも、“完全に通じる英語”という点では、その難しさを前に諦めつつあったというのが正直なところで、僕自身、英語に対するモチベーションがかなり下がっていたんです。
 そんなタイミングでGSETのプログラムを体験して、すごく刺激を受けました。
 これまで経験したことのない論理的なアプローチを知り、まだ英語を諦めるのは早いぞ、とワクワクしています。
是枝 そんな、諦めるなんて早すぎます。通じる英語スキルを身につけるのに、年齢や始めるタイミングはまったく関係ありません。私も40代になってから習得しました。
希少価値のある人材になれ
是枝 お話をうかがっていると太田さんは本当に学びに貪欲ですが、その意欲は、アスリートのみなさんに共通するものでしょうか。
太田 外国人コーチがそばにいたり、海外遠征が多かったりと、アスリートは英語にふれるチャンスに恵まれているのは確かです。
 選手たちには、その環境を生かして英語を習得してほしいですし、「学ぶこと」には常にポジティブであってほしい。これは英語に限らず、マーケティングでも、政治でもいいと思います。
 「勝てばいい」というだけでは、引退後の自分の価値を高めるのは難しいのが現実です。現役時代から多くのことを学んでスキルを身につけておけば、引退したときにゼロからスタートしなくてもすむはず。
 それまでの経験を最大化して、長い人生の選択肢をたくさん持つことが大切です。
 そのために僕がすべきことは、選手たちに魚を与えることではなく、「釣り方を教えること」。釣り方のひとつが英語力の習得だと思っているんです。
是枝 キャリアが長期化し、多様になっている今、多くの選択肢が人生の武器になるというのは、アスリートだけでなく、すべてのビジネスパーソンにも共通していえることです。
太田 本当にそうですね。
 藤原和博さんがよく「100分の1人のスキルも3つそろうと、100万分の1という希少価値になる」とおっしゃっていますが、よく考えてみると「100分の1になる」こと自体、結構ハードルが高い。自分の会社で100人中の1番になるのは、簡単ではないでしょう。
 でも、競技に人生を捧げてきたようなアスリートは、その時点で「100分の1」をクリアしています。では、残りのあとふたつを身につければいい。
 たとえば、「英語力」と「海外で働いた経験」このふたつを掛け合わせることで、唯一無二の人材になれる。
 スポーツ業界だけでなく、アジアに進出したいスタートアップで働くなど、セカンドキャリアの選択肢が広がっていくと思います。
是枝 すばらしい。改革を先導する太田さんには、ぜひ率先して、通じる英語への自信を手に入れてほしいと思います。
太田 GSET、実際にやりたいと思いました。今度こそ、英語への苦手意識が払拭できそうな予感がします。
 1年後には、全編英語でNewsPicksのインタビューを受けるという目標を設定して、がんばりたいと思います。
対談後、太田氏はGSETに自腹で入会。実際にトレーニングをスタートされているそうです。
(編集:樫本倫子 写真:的野弘路 デザイン:小鈴キリカ)