【西口一希】老舗ブランドに、チャンスが生まれる

2020/8/28
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「スタートアップグロース戦略」プロジェクトを始動。リーダーを務める西口一希氏は「スタートアップは素晴らしい事業やプロダクトを生み出しているにもかかわらず、そのポテンシャルを100%発揮できていない」と指摘する。なぜ多くのスタートアップは、大きくグロースできないのか?その真因を探った。(全4回)
【西口一希】なぜ御社はマーケティングでつまづくのか

テレビはやっぱり最強だ

――今後のマーケティングにおいて、テレビは王者の地位を維持するのでしょうか?
そもそも、日本でテレビCMに多額の資金を投入している企業は、テレビCMの費用対効果を精緻に計測していないところがほとんどです。BtoB、ガス・電気などのインフラ、保険、金融、自動車、家電などの業界に多いように思います。
そのため、景気が減速した場合、トップマネジメントの意思で、テレビCMがカットされる可能性はあります。
(*このインタビューは、コロナ禍前の2019年11月に実施されました)
逆に、デジタルは計測が得意なだけに、デジタルマーケティングは景気が減速しても、残るだろうと思います。
ただし、このままテレビが衰退していって、グーグルなどのデジタルに代替されるかと言うと、100%そうはならないと思います。
やっぱり、テレビ特有の「受動的な映像メッセージ」というのは最強です。
西口 一希/Strategy Partners 社長、M-Force 共同創業者
テレビが受け身で視聴しがちな受動的メディアであるのに対して、デジタルはより積極的に情報を取捨選択するメディアですから、単純代替にはなりません。テレビが多くの家の中にある当面は、最強の受動的メディアです。
テレビの歴史を見ると、面白い変化があります。
テレビも当初は、回転式のチャンネルを手で回す方式でしたが、70年代からリモコンが普及し始めます。リモコンによって、ザッピングが生まれて、テレビの受動性が部分的に失われました。
それまでのテレビ広告は、強制的に見せることができたため、お金を使って枠を押さえたものが勝つ時代でした。だからこそ、昔の広告やクリエイティブは、いまだに鮮明に記憶に残っていたりするんです。
ただし、テレビは今でも、ザッピングの速度が上がったとはいえ、受動性がかなり残っていますし、モバイル経由のインターネットメディアに比べて、チャンネルが増えたと言ってもまだ限られています。
(写真:0meer/iStock)
そのため、デジタルに比べれば記憶への刷り込み効果が強く、結果としてビジネスへの効き目が高いのです。
それが、PCになると検索によって積極的に思考しながら情報に向き合う非受動性=積極性が高くなりました。
さらに、モバイル端末上で簡単に情報の取捨選択ができるUIUXが発達したので、モバイル経由での受動的なメッセージ刷り込みは、非常に難しくなっています。

キャズムを超えにくい理由

モバイル化により、4マスから完全に離れていく人が増えてきました。
PCの時代には、PCの前に座って作業していましたし、ネット環境がそんなによくなかったので、ノートPCでもそれほど使い勝手がよくなかった。
しかし、スマホで四六時中どこでもつながるようになったので、スマホを通してあらゆる情報を取るのが当たり前になりました。
それぞれが、フィルターバブルの中に入るようになってしまって、マーケティング側のメッセージも届かなかったり、分散するようになってしまいました。
(写真:bigtunaonline/iStock)
事業主やブランド広告主側も、「広告が効かない、投資しても、リターンがなくなってきている」ということを体感的にわかってきています。
そのひとつの解決手段として、有名なクリエーターやクリエイティブブティックを採用して、かっこいい、目立つ、はたまたエキセントリックなクリエイティブを創り、バズりやインパクトを狙うというトレンドが生まれています。
ある意味での、クリエイティブ至上主義です。
これが行き過ぎると、広告自体は目立って、一定の話題になるけれども、肝心なプロダクトのメッセージは何も残らない方向になってしまって、「広告はバズるけれど、モノは売れない」ということになってしまう。

諦めるのが早すぎる

誤解のないようにですが、コミュニケーションにおいてクリエイティブは重要であり、それ自体で結果を10倍にも100倍にもできます。
ただし、それは特定の顧客層に対するプロダクトの独自便益が明確に定義できている場合です。
この顧客(WHO)と訴求便益(WHAT)の組み合わせを顧客戦略と呼んでいますが、それなしに、クリエイティブに丸投げすると、広告(HOW)が話題になるだけなのです。
もう一つのトレンドは、「次々と新商品を量産し過ぎで、独自性のない、似たり寄ったりの商品ばかりになってしまう」ということです。
一度プロダクトを出して、一瞬売れたけれど、あまりうまくいかなかったり、売り上げが落ちてきたりすると、また新しいプロダクトを出してしまう。
言い換えると、顧客の違いを定量的に見極めて戦略的にキャズムの谷を超えようとするプレーヤーが少ないのです。
そもそも、新商品を出せば、どこのマーケットでも多少は売れます。新しいもの好きのイノベーター層、アーリーアダプター層はどんなマーケットにも一定割合いるので、なんらかの特徴があれば、新商品を売るのはそんなに難しくありません。
その次の、アーリーマジョリティー、レイトマジョリティーは、行動も行動を左右する心理的な理由も最初の2層とは異なります。
なので、新発売時と同じ提案や訴求ではこの層は動きません。ここでこの顧客層の行動と心理を深く理解した上で戦略を変えなければいけない。
しかし、戦略変更をする前にこれまでと同じことを繰り返して、視聴が鈍化すると「成長の壁がきた」、「この程度のポテンシャルかもしれない」として、さっさと諦めてしまう企業が多い。まだ3~5%の認知度しかないのに、諦めてしまうんですよ。
そもそも、100%になるべきマーケット全体を定義していないこともその原因ですが。
――スタートアップに多そうですね。
スタートアップだけでなく、大手上場企業が手掛ける一般消費財でも多いですよ。一般消費財で多いのは以下のようなサイクルです。
こんな形で新商品を出すと、そもそも顧客不在で、面白さも何もないものになってしまう。売り上げを創るための新商品なので、当初はちょっと売れても、やっぱり落ちてきます。
そんなに強くない商品を大量生産していって、その都度マーケティングコストをかけて、ライフタイムバリューで見ると、リターンはほとんどない。
結果、数年単位で見ると、新商品の積み上げで売り上げは全体で数%伸びているが、利益性は落ちているみたいな。そんなケースが驚くほど多いのです。
結局、有名な上場企業の収益構造を見ると、今の収益を支えているブランドは、昭和時代に創った老舗ブランドや商品がほとんどです。
平成になってから、大きく広がって、収益構造が今も機能しているのは、テック系やデジタル系ぐらいではないでしょうか。
これからの時代は、本当に比較されない独自の便益を提供できる商品やサービスを創らないかぎり、手段手法(HOW)としての狭義のマーケティングの力で立ち上げるのが難しくなる。
逆に言うと、高いブランド名の認知度を確保しているところに、チャンスが生まれると思うのです。

ヤクルトはものすごく強い

――既存ブランドが強くなるということでしょうか?
そう思います。ブランド名を認知させるというコストが一番高いんですよ。
例えば、僕が牛乳マーケットに入った場合、ある一つの条件がそろったら、ナンバーワンをとる自信があるんですよ。それは、「雪印牛乳」というブランド名を使わせてもらうことです。
――2000年の集団食中毒事件と2002年の牛肉偽装事件を経て、雪印メグミルクという社名になりました。
社名もブランド名も変えて、パッケージの色も青から赤に変えてしまったじゃないですか。でも、「雪印牛乳」はものすごく強いブランドで、ある年齢以上の消費者はすぐに想起できます。
ですから、「雪印」のブランドを生かすことで、今なら、簡単に牛乳マーケットをとれるとずっと思っているんです。
――それだけブランド名を変えるリスクは大きいということですね。
リスクだと思います。
だからこそ、古いが高い認知度のブランド名はたくさんありますので、それを積極的に買い取っていくビジネスもあるのではないでしょうか。
ブランド名さえあれば、意味付けを変えるのは、わりと容易にできますので。ブランド名を認知させるのは、それほどコストがかかるということです。
――老舗が強いってことですよね。
それは、認知を一定レベルでとってしまっているからです。その認知をうまく利用することで、伸びていく可能性があります。
たとえば、ヤクルトはものすごい強さですよね。もう、国民全員が知っています。今はいろんな種類のヤクルトが出ていますが、すごい強みだと思うんですよ。
ただ、ヤクルトも実はいろんなブランドを展開していますが、あまり知られていません。
――ミルミルとか?
ミルミルも昭和の時代ですよね。たとえば、「珈琲たいむ」はご存じですか?
――私は知っていますが、若い人は知らないかもしれませんね。
そんな感じなんですよ。
ですので、すでに以前、認知をとっている人たちに対しては、その認知をうまく使うと、新しい商品や、新しいカテゴリーを開拓できる可能性があります。
それなのに皆、何か新しいプロダクトやブランド名を創ってしまおうとする一方で、高い認知度を積み上げる前に、つまりキャズムの谷を超える前に諦めるので、結果、異様に投資コストがかかってしまう。
マーケット全体と自社商品の位置付けを顧客ベースで冷静に分析して判断したほうがいい。
※明日に続く
(撮影:竹井俊晴、デザイン:九喜洋介)
NewsPicks NewSchoolでは、10月から「スタートアップグロース戦略」プロジェクトを始動します。スタートアップを成長に導く、「顧客起点の戦略」を実践するためのリアルコンサルティングプロジェクトです。詳細は以下の画像をタップしてご確認ください。