なぜ日本人は気候変動問題に無関心なのか?(江守正多)
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気候変動問題はサイエンスの問題だという主張があるが、必ずしもそうとは言えない。だいたい科学的知識や理解のレベルと、こうした問題に対する態度には殆ど相関がない。
まず、過去の温暖化要因が人為かどうかの実証研究は、ある程度サイエンスの余地があるが、将来どれだけ温室効果ガスを削減すべきかどうかの判断は、実証ではなく予測なので、同じレベルで科学を語ることはできない。シミュレーション結果は幅が大きく、確たる事を言うのは難しい。2度目標の根拠は政治判断でしかない。
実際、従来の温暖化シナリオの殆どは、化石燃料資源(特に石炭)があり得ないほど際限なく掘り続けられることを仮定しているし、21世紀の戦争や感染症で人類が大量死するなどの可能性は無視されている。当然ながら気候モデルでわかることは大気システムについての予測が中心で、人類の行動などそれ以外のファクターすべてについて科学的に考慮し尽くされているわけではない。
また、それらシミュレーションを受け入れた上で、社会としてどう行動すべきかは、それぞれの人が主観で判断する別の問題。人間とはそういうものだと受け入れる事だってできる。
人間を自然に対峙する特別な存在だと考えがちな西欧の人からすると、自然に対し人は責任を負うべきと考えるのかも知れないが、人間は自然の一部であって、そもそも個人個人の責任概念が曖昧な東洋の考え方では、人間の存在や行動自体を自然の作用と考えると思う。
日本に関してだけ言えば、京都議定書で完全に環境庁(当時)が英蘭独にはめられて、最も不利な条件でほぼ単独でカネをばらまくだけの仕組みにサインしてしまったので、日本からすればトラウマ、英蘭独+仏からすれば二番煎じの構図になっている。
そして、今やカネになるかどうか。
SDGs、ESG、LCA、、、。
そもそも、化石燃料の採掘者ではなく消費者にのみ責任があるというUNFCCCの枠組みの上に立っている限り温暖化阻止は無理。ファクトフルネスじゃないが、世界は南北問題の構図から既に変わっている。
人類が本気で温暖化止めたいなら、中途半端な経済的インセンティブなどやらずに、国際核管理体制ばりに化石燃料の採掘(消費ではなく)を禁止(または規制)し、破ったら制裁する合意をするはず。それをやらないのは、まだ世界はカネづるの口実くらいにしか気候変動問題を捉えていないから。無関心な奴等は知識が足りないからだとでも言いたげな、そういう物言いしかできないから共感を得られないんですよ。
あとね、日本人ほど気候変動に敏感な人達もいませんよ。自然とは戦うものでも屈服させるものでもなく、あるがままを受け入れるものです。科学者がなんでも支配できると思っているなら、どうぞやってみてください。無関心の要因の一つに教育があるのは間違いないでしょう。
何十年も前から,公害学習,酸性雨,温暖化等の環境学習は小学生からやっています。にも関わらず「なぜ地球環境は悪化していくのか」です。
もちろん,授業がその場限りで子どもの心に響かないとか,テストのためとか,社会参画を促すまでのものでなかったなどはあると思いますが,
私は,教育が経済に引っ張られてしまっていたからだと考えています。教育機関は,社会にとって必要な(使い勝手の良い)人間を輩出してきました。成績で高校を決め,高校で就職先や進路が決まるとかその最たる例です。もっとも最近はその流れも変わってきていると思いますが。
私は教育の面からできることをしていきます。