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働く人の幸せの7因子と不幸せの7因子、とても分かりやすく納得感がありました。

自己成長・自己裁量・役割認識・他者貢献を感じていると幸福度が高まり、管理職ならばなおさら、同じような気持ちをメンバーに対して持ってもらえるようなマネジメントを意識する必要があると思います。

よくライフステージの変化を迎える人から相談されることがあるのですが、働く上での幸せ不幸せの感じ方と、個人としての幸せ不幸せの感じ方があまりにもかけ離れている場合(自分の幸せの定義の中の“仕事”の比重が極端に低い場合)、それは仕事がただただストレスでしかない状態のような気もするので、思い切った意思決定をしてもいいのではないかと思います。

どんな仕事であれ、個人によって幸せの感じ方が異なることは前提としながらも「働くこと=幸せ」の図式が成立するように、各々がその方程式の成立要件を試行錯誤しながら見つけていけるといいなと思いました。
幸せは感じさせてもらうものではなく、自分で感じるもの。

チームメンバーに幸せを感じさせるとか、成長実感を持たせるのではない。一人ひとりが、自覚することが大切。

マネジメントは「○○させる」という考えや発言をやめることが、メンバーの主体性につながる。

幸せを感じたい人は、自ら認識を変えて、成長実感に注目する。それが、働き方を創造的を発揮するものに変えてくれます。
幸せと不幸せが対立概念ではないというのは、特に東アジアの文化圏では検出される傾向です。北米の研究では幸せは不幸せと負の相関をします。この知見は幸せの因子と不幸せの因子を分離して提示しているため、日本では汎用性も高いのではないかと思います。また、前野先生がおっしゃられている「幸せの順位づけをするために研究をしているわけではありません。今回の研究報告をご覧になった人たちが、それぞれ携わる仕事において、自分たちの特徴を知り、良い部分は伸ばし、良くないと思う部分については改善するきっかけになればと思います。」という部分に強く共感いたします。
幸せ、不幸せをそれぞれ7つの要因に可視化していることにこの記事の価値があると感じました。

ただし、自分が幸せの時や不幸せの時、「今、自己成長因子が高い」とか、「自信抑圧因子が高くなってる」とか考えないですよね。

無理してその要因を探らなくても、その時瞬間瞬間の幸せ、不幸せを感じれれば良いかと。
非常に興味深いですね。衛生要因である働くの環境の安全性担保がベースにある前提で、主体性を持ち、学び続け、他者との協働による貢献、そして、成長実感を覚える取組みを自身なりに実践している人は、幸せを感じる傾向があるとのこと…ある意味、想像通りであり驚きはしないが、注目したいのは、"不幸せ"の因子である。自信抑圧因子(自分なんて…)、疎外感因子(誰にも相手にされてない…)、評価不満因子(報われていない、役に立ってない…)などは、分かっていても、十分に対応できていない実態がある…。特に、NEW NORMALという会えない、見えない環境下では、意識的に対応することが求められると思う。人との"ツナガリ"が「幸せ」を感じる要因として大きな影響を持つことを改めて認識したいですね。
はたらく人の幸せの7因子と不幸せの7因子、これはわかりやすい!
今の働くことに対してちょっとモヤモヤしている人はこれでチェックしてみて、何にモヤモヤしているのかを明確にしてみると、次の行動が取りやすくなるかもしれないです
「最新研究」について。
我々は最新研究と聞くと、もっとも正しそうと思いがち。
でも最新が必ずしも正しいわけではないということも忘れないようにしたい。

逆に言えば、こういったキャリア領域の研究でメタアナリシス的な研究ってあまり見ないように感じる。
上司は、メンバーに対して、ただやらせるのではなく、成長実感を持てるようにマネジメントすべきだといえるでしょう。また管理職でない人も、「私は管理職ではないから、幸福度は低いのか」ではなく、常に主体性をもって、創造性を発揮しながら、自分ごととして仕事に取り組んでいれば、自ずと、はたらく幸せを実感できるようになるのです。
→重要
「管理職が幸せそうに見えない」というのは多くの企業で若手や中堅からよく聞かれる言葉です。社内調整に明け暮れ、上からの指示と下からの反発で板挟み、苦情処理ばかり…といったイメージがそうさせているのかと。一方で調査結果からみるに、自分で裁量をもって決められることや創意工夫をすることができるように立ち位置をデザインできた場合には、働きがいが上がるのかなと思います。厳しいこと辛いこともありますが、自分で考えて工夫して変えられる。そんなリアルが表現されたデータだと感じました。
働く人の幸せについて、今回の研究で注目したのは、幸せと不幸せは反対の概念ではないのではないか、という点です