2020/8/15

【注目映画】製造業を失った街、青年たちの日常

湯浅 大輝
NewsPicks編集部 記者
アメリカ、イリノイ州の街、ロックフォード。
第二次大戦後、製造業で栄えたその街は、アメリカの産業の中心が、製造業からITや金融に移行していくにつれて衰退した。かつて存在した工場は、次々に海外にアウトソースされるなど、存在感を失ってゆく。
5大湖周辺の、イリノイ州、ミシガン州など、かつて重工業で稼いでいたこのエリアを、人々は「ラストベルト(Rust Belt)」と呼ぶ。さびついた地帯、という意味だ。
多くの雇用が失われ、ラストベルトでは「アメリカンドリームが死んだ」とも形容される。そして、2016年の米大統領選の際、ラストベルトに住む人たちの多くが、「雇用を取り戻す」と宣言したトランプ大統領の誕生を望んだ。
そんなアメリカの繁栄から取り残された街・ロックフォードで育ち、自分と、自分の友達を12年間撮り続けた作品が、2018年、「エミー賞」と「アカデミー賞」にダブルノミネートされるなど、映像作品として59もの賞を総なめにした。
物語は、スケートボードにのめり込む、普通の青年たちの日常を描く。主役のビン(監督)、ザック(白人で、父親になってゆく姿が描かれる)、キアー(黒人で、低賃金の仕事に従事する)が主な登場人物たちだ。
彼らはみな、繁栄から取り残された貧しい家庭の中で育った経験を持つ。
そして、一様に、心に余裕のない、暴力的な父親の下で育っている。そんな内面の「闇」と戦いながら、一歩ずつ大人になってゆく。
埋まらない親子の溝、不確かな将来、貧困──。
今年9月に日本公開を予定している本作では、日本からはうかがい知ることのできない、アメリカの「もう一つの現実」が映し出される。
NewsPicks編集部は、若くしてアカデミー賞にノミネートされた、ビン・リュー氏にインタビューを敢行。気鋭の映画監督が考察する、「現代のアメリカ」をお届けしよう。
ビン・リュー監督。1989年生まれ、8歳の時に、ロックフォードに移り住む。米ヴァラエティ誌の注目すべきド キュメンタリー監督10人に選出されている。

アメリカの「現実」を映し出す

──『行き止まりの世界に生まれて』を撮ろうと思ったきっかけは。
私は当時20代で、映画業界のカメラ部門で働いていました。本業の傍ら、いつも、サイドプロジェクトとして、ショートムービーを撮っていたんです。
そうしてアメリカ在住のベトナムからの移民と、スケーターたちの日常を描いた作品をつくったのですが、それが本作を作る、直接のきっかけになりました。
ベトナム系移民も、スケートに熱中する若者たちも、同様に「家族関係のトラウマ」を抱えていることが分かったのです。
© 2018 Minding the Gap LLC. All Rights Reserved.
『行き止まりの世界に生まれて』に登場する、私を含めた3人も、同じです。みんな、家族との関係に、何らかの問題を抱えていた。
それが、家庭内暴力であれ、貧困であれ、愛情不足であれ、なんらかの問題とともに、人生をスタートせざるを得なかった。
私と私の友達が一様に経験した、混沌とした子ども時代を、描いてみたい。そうすることで、アメリカのラストベルトで、多くの人が経験する「父性の不在」「暴力のメカニズム」を明らかにできる、そう思ったのです。
──本作は、米アカデミー賞にノミネートされました。「共感できる」と感じた視聴者の方も多かったのでは。