本物のイノベーションはマインドにある。「捨てる」から「還す」を実現

2020/10/1
新型コロナウイルスは我々の「あたりまえ」を変えた。
自宅で過ごす時間が増え、テイクアウトやデリバリーで食事を済ませる人も多い。必然、ごみが増える。
2020年7月にレジ袋が有料化されるなど、環境問題はいよいよ、われわれの身近なところにまで迫ってきている。
生活が豊かになるに従って生まれるこうした負の側面をどうすれば解決できるのか。そこで注目され始めたのが、「テクノロジー」×「リサイクル」だ。
大日本印刷(以下、DNP)が取り組む「GREEN PACKAGING」。
「未来のあたりまえ」をつくる実践的な試みに迫る。
※「DNP環境配慮パッケージング GREEN PACKAGING」
https://www.dnp.co.jp/biz/solution/products/detail/1190186_1567.html
──日々大量に消費されるプラスチックは、とても便利なものですが、一方でそれらが廃棄されることで環境にもたらされる負の側面──「環境問題」にも注目が集まっています。
柴田あゆみ(以下、柴田) 近年プラスチックごみの問題は深刻化しています。とくに海洋プラスチックごみ汚染は世界的にもクローズアップされて、ここ数年多くの報道もされています。
現在、世界では年間約800万トンものプラスチックごみが海に流れていて、その量は、累積で2億5千万トンにもなると言われています。そして、このままいくと2050年には海にいる魚の量を超えると予測されているんです。
──そんなに。廣瀬さんは、現役時代そして引退された今も、世界中の国々に行かれることがあると思いますが、環境問題について何か感じることはありますか。
廣瀬俊朗(以下、廣瀬) 環境問題は僕も以前から関心を持っていました。ケニアの雇用や教育の支援活動を行うNPOを立ち上げている友人がいて、僕もお手伝いをさせてもらっています。
2月末にはその活動のひとつとしてガーナに行きました。いろいろな刺激をもらったのですが、ごみ問題も深刻化していました。
僕自身のことを振り返ってみても、ごみ問題でよく話題に出る「ペットボトル」については考えないといけないですよね。
アスリートはペットボトルをよく使うんですけど、これはドーピングの問題などもあってなかなか使いまわしってできないんです。でも、これからはごみを出さないようにマイボトルを使うようにすることも考えなければいけません。
スポーツ全体の文脈も重要です。アスリートはもちろん、僕たちのプレー環境──例えばスタジアム全体でごみを出さない仕掛けなども必要です。
すべてのものがリユースやリサイクルできるような取り組みを考えなければいけないと思っています。
柴田 はい。多くの人たちが考えなければいけない問題なんです。
「ごみを減らす」ということと同時に、いかに「ごみを資源にするか」も大切で、ペットボトルに関してもちゃんとリユースやリサイクルができれば環境への負荷は減らすことができます。
私たちは、包装(パッケージ)を取り扱うリーディングカンパニーとして、以前から環境問題について取り組んできました。
その取り組みをDNPオリジナルのパッケージシリーズとして「GREEN PACKAGING」と名付け、「資源の循環」「CO₂の削減」「自然環境の保全」という3つの価値を社会に提供していきたいと考えています。
現在も家庭ごみの約6割はパッケージごみが占めています。「GREEN PACKAGING」では、地球環境に配慮したパッケージ商品をそろえて、プラスチックが資源として循環する社会になることを目指しています。
廣瀬 なるほど。
柴田 この、地球環境を維持していくための循環型の社会という未来のイメージを共有するために、「100年後の地球が語る」というコンセプトで動画も作りました(※)。
※ DNP大日本印刷・包装事業イメージ映像「DNPが取り組む “新たなリサイクルの環”」
実際には100年先ではなくて、30年先くらいには実現していかなければいけないと思っています。そのためにはパッケージを「捨てる」から「還す」へと生活者のマインドを変えていく必要もあると思っています。
廣瀬 実は、今日僕が着ているTシャツも、先ほどお話ししたNPOで販売しているのですが、ペットボトルと服のリサイクルで作られています(※)。ごみを出さない、もう一度使うことはとても大事ですね。
※アパレルブランド「CLOUDY」では、水を極力使わず、ペットボトルと洋服のリサイクルによる再生ポリエステルを使用したTシャツを販売している。
柴田 そう思います。先日、廣瀬さんの本「なんのために勝つのか。」を読ませていただいて、そのなかで「大義がないチームは勝てない」というお話があって、私たちと同じだって、勝手にですが思ったんです(笑)。
私たちにとって、廣瀬さんのおっしゃっていた「大義」が「地球を守る」ということで、「ビジョン」が「捨てるを還すへ」ということ。
パッケージがごみになる世界を終わらせたい──「GREEN PACKAGING」は、その活動のひとつです。
廣瀬 触っただけだと、今まで使っているパッケージとの感覚の違いがないですね。材料はなんですか。
柴田  どれも植物由来のプラスチックが使われています。普通のプラスチック製のパッケージは石油が原料になっていますが、私たちのパッケージには石油資源をできるかぎり使わないようにしています。
※植物由来のプラスチックを使用した包材「DNP植物由来包材 バイオマテック」
https://www.dnp.co.jp/biz/solution/products/detail/1188719_1567.html
廣瀬 実用化されているんですか。
柴田 はい。いろいろな企業さんで使っていただいています。先ほど廣瀬さんが「感覚の違いがない」とおっしゃっていましたが、じつはそこが大事なポイントで、原料が違うだけで使い勝手は従来のものと同じ。生活者にとって前と同じ感覚で使えるように考えています。
廣瀬 知らなかった。
柴田 そうなんです。まだ知られていないことも多くて。そこが課題です。
廣瀬 こういう環境に配慮したパッケージがあることをまず知ってもらい、そして選択してもらう。そうすれば地球にとっていい循環が生まれてきますね。

行動変容で新たな価値を生む

──廣瀬さんはアスリートでありながら、ビジネスパーソンとしても活躍されています。いま指摘があったように「まず知ってもらう」「広める」ことに課題があります。そういう取り組みを広めるためにはどういうことが重要だと考えますか。
廣瀬 誰が発信するのか、ということは大事だと思っています。アスリートにはその役目があると思っています。
中田英寿さんにお会いした際、いきなり「社会貢献活動をしている?」と聞かれたことがありました。元アスリートだから、スポーツ界のこととか、そういう話になると思うじゃないですか(笑)。
それが社会貢献しているか?と。
そういうことをハッキリと言う方にこれまで会ったことがなかったのでとても驚きました。
でも、なにかを浸透させるためにはそうやって役目がある人がしっかりと伝えることが大事になるかなと考えさせられました。とくにアスリートは純粋で前向きな人が多いですから。イメージとしてもいいのかもしれない、と。
柴田 廣瀬さんはまさに影響力のある方なので、こういうのがあるよ、というのを発信していただければ、私たちにとっても一番ありがたいです(笑)。
廣瀬 そうですよね。でも、マークのようなものがついていると、消費者にとって分かりやすいんじゃないですか。
柴田 実はあるんです。バイオマスマーク(※)と言って、植物由来の原料を使用したパッケージに表示することができます。
※ バイオマスマークとは、生物由来の資源(バイオマス)を利活用し、品質及び安全性が関連する法規、基準、規格等に適合している環境商品に付与できるマーク。
廣瀬 (マークを見て)最近、どこかで見たことがあります。
柴田 コーヒーやシャンプーの詰替えパウチなどいろいろな商品にも使われています。最近だと、レジ袋で目にしたのではないですか。
廣瀬 ああ、そうかもしれません。レジ袋にも植物由来の材料が使われているんですね。
柴田 はい。レジ袋の有料化は、ネガティブなイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれません。けれども、普段なにげなくもらっているものが、本当に必要かどうか考えるきっかけにもなったと思います。
こうした思考が「行動変容」につながるんじゃないかな、と考えています。
──「行動変容」はまさに今回のメインテーマだと思います。廣瀬さんがラグビーをやってこられたなかで、ご自身のアクションが変わる瞬間を経験されたと思います。どんなタイミングでしたか。
廣瀬 変わって楽しかったな、少し成長できたな。そうしたことが少しでも実感できると、人はもっと変わっていくかなと思います。
「おっ!」と思えることが少しでもあるといい。
あとは、もう本当に無骨にというか、地道にやり続けることは大事ですよね。
──廣瀬さんは2012年に日本代表のキャプテンに就任し、ワールドカップで4大会未勝利だったチームのマインドをどのように変えたんでしょうか。
廣瀬 先ほど大義についての話もありましたが、「何のために僕たちは存在するのか」とか、「どういう世界を僕たちはつくりたいのか」。そういったことをみんなで共有して頑張るということを最後までやり切れたことが大きかったですね。
それを達成するために、試合に出て活躍した選手もいますが、試合に出られなかった人もみんな貢献ができていたんです。チーム全員がそれぞれ「ここにいて良かったな」というものをつくれたことが、すごく良かったなって思っています。
それこそラグビーってつい数年前まで、ぼんやりとしたイメージしか持たれていなかったと思います。
面白い話があって、昔は小さい子供にラグビーボールを手渡すとどう遊んでいいのか、使っていいのかわからない様子で戸惑っていたんです。それが、最近は渡しただけでパスを始める。
アメフトとの違いすら知られていなかった時代に生きてきたので、隔世の感があります(笑)。
じゃあその「アクションが変わったきっかけ」が何かと言えば、もちろん昨年のワールドカップベスト8という結果も大きかったですが、ラグビーの裏側にあるメッセージ、ストーリーだったんじゃないかと思います。
柴田 なるほど。
廣瀬 ラグビーはキツいし、しんどいスポーツです。それなのに、なぜ自分の身を挺してでもチームのために闘えるのか。なぜ多国籍の人たちがまとまって日本のために闘えるのか──。
さまざまな文化が融合し一つに向かった「多文化共生」ですよね。そうした社会への強いメッセージ性があったことも大きかったんじゃないでしょうか。
柴田 そうしたストーリー性などは人々の行動を変えるという点で重要ですね。参考になります。

新たな価値を生む技術の共生

──多文化共生という言葉が出ましたが、さまざまなものが共生し、新しい価値が生まれるという意味では、DNPにもありますね。さまざまな技術が「共生」しています。
柴田 まさにそうです。私たちの会社は、基本的には印刷の技術がベースにあります。さまざまな素材に印刷する技術、微細なパターンを作るエッチング技術や、コーティングと言って薄い膜を塗工する技術、情報(データ)を安全で確実に扱う技術……。多様な製品・サービスは、それらの技術をうまく掛け合わせてつくり上げられているんです。パッケージもそのひとつです。
廣瀬 そもそも、包装事業はいつから始められたんですか。
柴田 お菓子の箱が始まりです。1950年代から包装事業に進出し、人々の暮らしに欠かせないあらゆるパッケージ(ラミネートチューブ、レトルトパウチ、液体紙容器、ペットボトルなど)を提供してきました。
同時に環境負荷を低減するパッケージの開発も進めてきました。2010年に開発した、さとうきび由来の原料を使用したフィルム、2018年に開発したリサイクルしやすい単一素材(モノマテリアル)。このような環境に配慮したさまざまな製品を統合して、この「GREEN PACKAGING」が出来上がったんです。
廣瀬 その過程自体がクリエイティブそのものですが、そういった技術が詰まっていることを知ることで、消費者に対してさらに「GREEN PACKAGING」の価値が伝わってくるように思いますね。
──いろいろなキーワードがありましたが、未来のために今なにをすべきか、ということが重要になってきますね。「未来のあたりまえをつくる。」というDNPのブランドステートメントにもつながる。廣瀬さんはスポーツを通してどんな「未来のあたりまえ」をつくっていきたいですか。
廣瀬 誰もがスポーツを楽しめる環境を「未来のあたりまえ」にしていきたいですね。
先ほど少しお話しさせていただきましたが、すべてのものがリユースやリサイクルができるスタジアムづくりということに取り組んでいきたいと思っています。そのためにごみの問題は避けて通れません。
スタジアムはみんなが使っているものですし、地球のためにごみを出さない“リサイクルの環”を作るためにも、僕自身、いちアスリートとしてメッセージを発信し続けていきたいですね。
一人ひとりの行動を変えていくきっかけになれればいいなと思います。
柴田 先ほどの廣瀬さんのおっしゃる「大きな成果を収めるには小さな成功を積み重ねることが大事」というのは本当にそう思います。
“リサイクルの環”って、いきなり大きくはならないと思うんです。小さな経験を繰り返していくことで、それが社会全体の取り組みとなって広がっていくと思います。
私たちは、「GREEN PACKAGING」を通して、持続可能な循環型の社会が「あたりまえ」になるような未来を目指しています。
でも、それは私たちだけでできることではありません。私たちだけがよくても、それでは小さな成功で終わってしまうんです。
だから他の企業さんや国とかステークホルダー、生活者のみなさんと手を携えて、それこそ“共生”して、そうした社会づくりを目指していきたいと思います。
廣瀬 DNPさんがやろうとしている「次世代に何を残すのか」というのは大事なことですよね。ぜひみなさんに知ってほしいと思います。
柴田 これも廣瀬さんの本に書いてあったんですが、私たちはつねに前向きな気持ちでいること、やっぱり楽しむということが大事だと思っています。こういった取り組みもそうですが、新しい“リサイクルの環”をみなさんと楽しみながらつくっていきたいですね。
(執筆:小須田泰ニ 編集:黒田俊 デザイン:小鈴キリカ 撮影:杉田裕一)