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「本」とは文学や評論のことで、それ以外は「実用文」と言うらしい。前者に親しんでいる人のことを教養人と呼び、そうでない人は非教養人らしい。

私は30歳くらいまでほぼ文学や評論は読まず、数学や物理ばかりやってきたので、書物や論文はたくさん読んで来たが「本」は読んでおらず、教養もないことになる。

それでは、私が読んできたものは「実用文」だったのか。実用から程遠い基礎研究ばかりやってきたはずなんだが。

「非実用文」とはなにか。それが文学・評論なのか。

>小説を読むと地頭がよくなると、進学校はみなわかっている。私立の進学校は大量の読書をさせて、議論をさせる

小説を読むと地頭がよくなるのか。小説ばかり読んでるやつでロクな人にあったことないけど。進学校で興味もないのに無理やり小説大量に読まされて、すっかり興味を失ってしまったお子さんをたくさん見てきた。

「実用文」なるよくわからないものに偏るのもどうかと思うが、文学・評論が読める人こそ重要という人間像もまた、それこそ「教養」を感じない。

プログラム言語やアセンブリ言語やらせれば
先日の英語の記事もそうですが、この方の論説はロジックが通ってなく、根拠もなく、過度な一般化ばかりです。
例えば論拠として引用してるこの発言本当にそうだと皆さん思われますか?

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小説を読むと地頭がよくなると、進学校はみなわかっている。私立の進学校は大量の読書をさせて、議論をさせる。
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そもそも入試改革や国語の教育改革の意図や背景も理解して書かれた論ではなく、申し訳ないですが、この記事へのコメントを毎回推奨するNewsPicks 側の問題も大きいです。再考ください。
本質を見落としている。

大切なことは、国語などで学んだことを、実社会に出て生かす力も育むこと。

実学重視だといって、契約書など実用文を生徒たちに読ませればいいわけではない。

子どもたちが、そういう短絡的な思考をする大人にならないような教育が必要です。

創造性を育むための時間をつくることが目的なのに、学習内容と授業時数を減らしただけで、大失敗したゆとり教育から学ぶべき。
日本の英語教育は多くの課題を抱えているが、日本語(国語)教育も迷走を始めている。

今後、国語は、「生徒会の規約、自治体の広報、駐車場の契約書が問題文として」取り扱うようだ。

まじですか。正解主義教育まっしぐらですね。

海外ではひたすらシェイクスピアを取り扱う学校だってある。
教材として、非常に優れているのである。
・コミュニケーションにおける心理的要素を強化
・「話す」「聞く」などの言語活動を強化することにも優れており
・場面や文脈の中から英語を理解し表現できる
・非言語手段と結び付けて表現できる事として教育効果が非常に高い 
等、教育効果が高い。

今回の改定は、情報処理能力を高める事を意識した改悪であり、AI社会の中で意味のない能力を育むだけな気がする。
実学ばかりを求めると、ろくな大人にならないと思っています。
無駄なことに時間を注げるのが、学校教育の良いところだと思います。
国語を教えているのが、文学部出身が多かったりするから。本来は、理系の方や経営者が国語を教えるといい。

つまらない縦割り。
小説でも評論でも論文でもネット記事でも別に、そこから何を読み取るのかが明確ならいいんじゃないの?それより、もっと漢字の成り立ちと変遷とか、万葉集や古事記や昔話という「国語」の勉強を充実させてほしい。四字熟語にしても諺にしても、単に丸暗記的に教えるのではなく、その言葉がどういう経緯で生まれたのか文脈まで含めて教えたほうがおもしろい。
この記事にあるように、「これにより、文学や評論に親しむ教養人と実用文しか読まない非教養人の二極化が進むに違いない。」という懸念しかありません。

自分の経験をふりかえっても、国語力も語学力も、とにかく大量に読むことがポイントだと思います。そしてそれができていないと、あらゆるところにジワジワとボディーブローが効いて来るのです。

教育に関してはまったくの素人があえて言いますが、必要なのはレベルを下げることではなく、一人ひとりが自分のペースで学ぶことができる環境を作ることではないかと。一人の先生が大人数の生徒に一斉に同じことを教える(teach)のは、そうせざるを得ない制約があったからしていたまでのことであって、技術的制約が少なくなった今こそ、ぜひとも個人個人にあった学びをすること(learn)に移行して欲しいと思います。
答えが書いてある気が。だったらどこで学ぶのよ、という話。「実用文」という分け方はよく分かりませんが、小説と論文は分けて考えるべきだと思います。そのうえで論の読み方、書き方はもっとやったほうがよいのではないでしょうか。

「今の中学生や高校生、あるいは大学生の読解力が悲惨な状況にあり、かつてなら、容易に読めたであろう簡単な説明文の理解ができない者があまりに多いことは、榎本氏の著書の中で示されている。だから実用文を学ばせるといった発想になっているのだろうが、それはわざわざ中学や高校の授業でやるべきことなのだろうか」
小説家や小説好きのポジショントークが残念。。。読書は習うものではないように思うけれど。