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2004年の総会で、リコール隠し問題で経営不振に陥っていた三菱自動車に我々が2000億円の資本注入をすると同時に、ダイムラークライスラー出身者に代わって、ファンド代表の私と同時に商事出身者として取締役(営業担当)に就任したのが益子さんです。その当時は生え抜きの多賀谷社長を中心に自立させるべく動いていたのですが、その年末年始くらいに突然銀行が変心して三菱3社だけで支える、特に重工の関連会社にせよと言い出したことから、生え抜きの多賀谷さんに代わって社長になられました。益子さんとお話しすると、「あの時期を一緒に乗り越えた我々は戦友だよなー」と言われます。グループの都合に翻弄される中、重工や銀行と違って明るくフットワークが軽い益子さんはまさに支えでした。我々ファンドも黒字化の達成と、日産自動車との提携まで漕ぎつけて三菱グループに大政奉還しましたが、その後はご存知の通りです。あの時日産自動車と組んでおいたのは本当によかったし、それに理解を示してくれた商事と益子さんには感謝しています(重工は反対してました)。
長い間本当にお疲れ様でございました。
一度だけ直接お目にかかったことがあります。インターネット業界のちょっとしたことに興味を持たれて、ご自身でパッと渋谷に足を運んでいただけた。

気さくに色々話を聞いていただいた思い出があります。自動車OEMの方々は人として魅力的な方が多いですが、益子会長は特に暖かいお人柄だったという印象です。これから多方面でのご活躍を期待しています!
三菱商事ご出身で、三菱自動車に移られてからは、ダイムラーショック、日産・ルノー連合等、三菱自動車の幾度もの経営危機からの経営再建を支えられてきた益子会長の辞任。一つの時代の終わりを感じるニュースでした。
新体制のもと日本の中堅自動車メーカーがどのように変革していくのか、興味深いところです。
益子会長とは二十数年来お世話になった。お疲れ様、ご苦労様とお声をかけたい。この状態で三菱自動車を離れるにはなんとも心残りなことだろう。まだ先が全然見えていない。大きな混乱が再び訪れそうか。。
コメント欄が興味深いです。。
私は益子さんにお目にかかったことがないので、ご本人についてコメントし得ませんが、一般的に、長くトップにい続けるというのは、ファウンダーやファウンダー一族なら格別、会社の長期的な成長の観点で疑問があります。
時代の変化は早い。エンドユーザーの価値観も多様化し、生活スタイルや顧客体験はどんどん変わります。
長きに渡ってリーダーシップを発揮し、会社を成長し続けさせられる経営者もいるので一概には言えませんが、一般的に長いと組織が硬直化したりマンネリ化したりします。
そういえば、ゴーンさんも長かったですね…
失礼ながら、一貫して存在感をほとんど感じなかった方です。

追記
プロピッカーと野良ピッカーで、見事に意見が分かれていますね…私は傍から見ていた感想ですが、直に接すると違うものなのでしょうか?
タグラインをDrive Your Ambitionに変えて、再生しようとしていた矢先のゴーン問題と新型コロナ。日産グループ入りしたこと自体は悪い選択ではなかったと思いますが、商品に興味のないゴーンさんの下ではアジア圏の商用車会社としてしか扱われなかったように思います。

三菱のエンジニアは大手の自動車会社よりも一人が担当する業務領域が広く、現場で何とかやってしまう力があります。
パジェロの生産中止は本当にもったいないと思いますが、新体制で三菱ブランドを再興してほしいです。
ザ・三菱商事ってイメージでしたね。
長い間お疲れ様でした。

ところで、三菱商事は特別顧問を廃止してるはずですが、三菱自動車は残すんですかね。
https://r.nikkei.com/article/DGXMZO29626390Q8A420C1MM0000?s=4
三菱自動車工業が大変な状況の中、精神的にも実務的にも同社の支柱である益子さんの任期途中での退任は業績回復にとっても辛いことです。加藤孝雄社長以下社員全員の奮起が望まれます。
カリスマ性はあるが、自動車メーカーのトップとしては、適していなかった。クルマへの愛がなさすぎる。
三菱自動車工業株式会社(みつびしじどうしゃこうぎょう、略称:三菱自動車(みつびしじどうしゃ)・三菱自工(みつびしじこう)、英語: Mitsubishi Motors Corporation、略称:MMC)は、日本の自動車メーカーである。1970年に三菱重工業から独立した。2003年にはトラック・バス部門を分社化(三菱ふそうトラック・バス)。 ウィキペディア
時価総額
3,174 億円

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