2020/8/6

【女帝著者】私が、小池さんを書いた理由

湯浅 大輝
NewsPicks編集部 記者
2020年5月30日、衝撃のノンフィクションが出版された。
平成の30年間、「政界の渡り鳥」として影響力を発揮し続けた、小池百合子氏の半生を描いたノンフィクションだ。
「女帝」は、綿密な取材に基づき、小池氏の学歴詐称疑惑から、彼女が政界の階段を渡っていく過程をドラマチックに描写している。
NewsPicks編集部は、「女帝」著者である、石井妙子氏にインタビューを敢行。
2020年7月5日、東京都知事に再選を果たし、これからも東京都政の舵取りをすることとなった小池氏を、都民はどのようにウォッチすれば良いのか。
そして、“女帝”が台頭した「平成の30年間」とは、いかなる時代だったのか。
作家の石井妙子さん(写真:湯浅大輝)
ノンフィクション刊行後、そして小池都知事再選後の、石井氏へのロングインタビューをお届けしよう。

女性たちの苦難の「歴史の果て」

──「女帝」は20万部を超える売れ行きを見せています。筆を取ろうと思ったきっかけを教えてください。
身もふたもない言い方ですが、出版社からの依頼でした。引き受けるかどうか、実は少し悩んで。
『おそめー伝説の銀座マダム』『原節子の真実』など、女性を主人公にした評伝を手がけていましたが、どちらも取材対象に感情移入して書き上げてきました。
相手に惚れ込んで、書いたのです。
でも、小池百合子という人物には興味も関心もなく、どちらかといえば、違和感を抱いていました。そんな私が彼女の評伝を書き上げられるのか、自信が持てなかった。
彼女の著作を読み、過去の発言に目を通してみたのですが、何か空虚な印象しか残らなかったんですよね。
いくら読んでも、思想、歴史感、政治家としての志、そういったものがあまり見い出せない。そういう点でも、「この人物を書くことに意味があるのか」と悩みました。
しかし見方を変えれば、彼女は、ずっと「目立っている人」でした。
平成の30年間、政権が変わろうとも、彼女は常に政界の中心部分にいました。非常に稀有なことです。なぜ、そんな生き方が可能だったのか。どうして、彼女は女性初の総理候補と言われるまでに上り詰めることができたのか。
その理由を調べて書くことは、決して無意味ではないはずだと思い至りました。
また、ちょうど天皇が生前退位の意志をお示しになった時期でもあり、平成の始まりと同時期に政界入りした小池さんを書くことによって、「平成」という時代を描いてみたいという思いもありました。
(写真:時事通信フォト / 時事)
私は平成元年に20歳になり、「平成」を成人として生きてきました。
自分が生きた時代を、振り返ってみたいと思ったわけです。
現役の政治家を書くのですから、それなりの苦労があるだろうし、時間もかかるだろうと覚悟はしていましたが、調べれば調べるほど、小池さんの「作り話」が見えてきて、それを裏づけていくのは大変な作業でした。
結局、執筆に3年半かかりました。
書き進める中で、暗たんとした気持ちにもなりました。戦後になって日本女性は参政権を得たわけで、長い女性たちの苦難の歴史の果てに、小池氏がいる。女性初の総理候補として。
しかし、それを喜べない。「これでいいのだろうか」という気持ちが、強くなるばかりでした。
私たち女性は、彼女を「私たちの代表」として胸を張って送り出せるのか、送り出していいのか、と思ったんです。

「覚悟」を持って問うた作品

──出てきたのは、衝撃の事実ばかりでした。
彼女ほど自分の私生活や経歴を売り物にしてきた政治家はいません。カイロ大学を首席で卒業した、など、彼女が語る「自分語り」をマスコミは検証せず、そのまま流してきました。
それらを今回、調べてみたところ、いろいろと事実と異なっていると分かった。カイロ時代に小池さんと同居していた女性の貴重な証言も得ることができた。
詳しくは本を読んでいただきたいのですが……。
20万部を超え、社会現象と化した『女帝 小池百合子』
彼女は魅力的な話を作り上げる。それにマスコミが飛びつく。結果、「事実」として世間に流布されていく。そうした構造が浮かび上がりました。
マスコミ業界の中にも、彼女の「作り話」を、すっかり信じてしまっている人がたくさんいます。
また、「作り話」は、一つや二つではないという点に、とても驚きました。
同時に、なぜ、小池さんに空虚さを感じるのか。その理由をつかめたようにも思いました。
この本を世に出す時、発売後の反応はどのようなものになるだろうかと、担当編集者とふたりで、しんみりと語り合ったことを覚えています。彼女の虚構を崩したわけですが、世間は受け入れてくれるだろうか、と。
覚悟を持って書き、世に問うた作品でした。
幸いなことに、出版直後から多くの方が好意的に本書を受け止めてくれました。特に、インターネット上での反応がすごく速かった。
私自身は、ネットにあまり詳しくないのですが、ネットで大いに盛り上がっていると教えられ、驚きました。本当に嬉しかったです。
一方、テレビや新聞は無反応でした。特にテレビは今に至るまで、まったくと言っていいほど取り上げてくれません。新聞はようやく、本書がベストセラーになってから「社会現象」として取り上げるようになりましたが。
改めて、伝えるべきことを新聞、テレビは伝えているのか疑問に思いました。
政権がメディアに介入してくると新聞記者たちはよく批判を口にしますが、私には、彼ら彼女らが勝手に自主規制しているように見えるのです。臆病すぎる。
だからこそ、必要な情報がテレビや新聞では得られないと感じている人たちも一定数いる。そうした方々が、本書を購読してくれたのではないでしょうか。

女帝の台頭を許した「時代背景」