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大学教育をどうするべきか。日本の大学の学びのあり方についてはこれまでも多くの賛否両論があった。しかしコロナ禍でオンライン授業に切り替えざるを得なくなり、実質的な転換が迫られている。
一方的な講義で90分画面を見つめるのは学生にとっても苦痛だろう。私だったら寝てしまう。
講義というのは本質的にはそのライブ感や、双方向的やり取りがいつでも発生しうる(=話者に自分も見られている)という、ある程度の「緊張感」によって成り立つものなのだ。
だからこそオンラインの授業は、双方向インタラクションだとうまくいくし、そうでないと相当難しいというのが実感である。したがって少人数のゼミや演習の授業などは良い感じで進行する。これはオンラインでも自分の「参加」が学生にも意識されているからだ。
そうするとこれまで一方的な講義形式で行われてきた授業のやり方を変えざるを得なくなる。特に大人数になると多くの工夫が求められ、大学教員たちは授業準備のために普段の数倍の労力を使って疲弊したという感想を漏らしている。
アメリカの大学ではよく学生が勉強するといわれている。コロナ以前の話にはなるが、大教室での授業は「ライブ」として存在する一方で、その授業の前後には少人数グループに分けての予習や復習にあたるセッションが設けられることがある。ここでは大学院生のティーチング・アシスタント(TA)が活躍する。彼らもそこで教育の現場の実質的な経験を積むことになる。また、学生は講義を一方的なものとは受け取らず、常にアウトプットを求められていることを自覚していく。
しかしこれと同じことを求められても困るという大学は多数であろう。TAを担当できる大学院生がいない大学も多いし、負担が増加すれば教員個人のパフォーマンスも低下する。このあたりのバランスをどのように確保するのかが、大学マネジメントでも問われているのではないだろうか。