[香港/シンガポール 27日 ロイター] - 日本やオーストラリアなどアジア太平洋地域の国々は、中国による香港国家安全維持法(国安法)施行で香港から逃げ出す金融機関を呼び込もうと誘致策を準備している。しかし金融業界の専門家によると、こうした国の一部は高い税率や労働コスト、肥大化した官僚制度、文化の違いが誘致の障害となっており、最も有力なのは香港と類似点の多いシンガポールだという。もっともシンガポール自体は誘致にそれほど熱心ではない。

金融機関の多くがアジア太平洋地域の拠点を置く香港では、7月1日の国安法施行を受けて、企業の間で香港での経営を見直す動きが広がっている。香港の金融当局は先週、国安法を懸念する複数の機関から接触があったと明らかにし、同法が経営に影響を与えることはないと説明した。

しかしアジア太平洋地域の金融センターの座を巡って争うライバルたちは、国安法を巡る懸念が追い風になると期待している。

オーストラリアのアンドルー・ブラッグ上院議員は今月、財務省に書簡を送り、「香港の混乱で、オーストラリアとシドニーがより強力な金融センターとなるチャンスが生まれた」と指摘。政策の変更を促した。

日本も当局者が香港からの事業誘致に言及。今月に入って国際的な金融センター化に向けて有能な人材を誘致する方針を打ち出した。与党が公表した香港の金融人材受け入れ策には、就労ビザ制度の見直しや投資管理業務のライセンス承認手続きの簡素化などが含まれている。

規模の小さい他の金融センターも誘致に取り組んでいる。韓国の釜山は金融機関向けに税制上の優遇措置を設け、無料でオフィスを提供する。台湾の規制当局トップはロイターの取材に、法の支配や民主主義的な価値観が誘致につながると期待を示した。

<高いハードル>

しかし金融業界の専門家は、実体を伴わない改革では誘致は困難だと指摘する。香港の法律事務所メイヤー・ブラウンのパートナー、スティーブン・トラン氏は「率直に言って、東京は香港に取って代わるのはもちろん、香港からかなりのシェアを奪うのも難しいだろう」と話した。

以前東京で4年間暮らした経験を持つトラン氏によると、日本は税制や巨大な官僚制度、重い労働コスト、英語を流ちょうに話せる人の少なさなどの要因がネックとなっており、金融機関が東京にアジア太平洋地域の拠点を置くのは難しいという。

香港の法人税率は16.5%と、日本やオーストラリアの半分強で、アジア太平洋地域では最も低い部類に属する。

年長のスタッフに香港でのライフスタイルを変えるよう説得するのも厄介なようだ。サンタフェ・リロケーションの在東京マネジャー、ジェレミー・ラフリン氏は「通常、日本に居を移すと、香港に移る場合よりもはるかに手間が掛かる」と述べた。

言葉や文化の違い、不十分な金融インフラといった点が障害となって、韓国と台湾の取り組みも実を結ぶことはなさそうだ。

オーストラリアは文化の面では問題が少ない。しかしオーストラリアの機関投資家業界団体、金融サービス協議会(FSC)のサリー・ローン最高責任者は、香港の金融機関を誘致するには税制や規制を改革し、資金運用業界の体制を他のアジア諸国と肩を並べるようにする必要があると述べた。

<シンガポールか、香港にとどまるか>

これまでのところ香港からの大規模な金融機関の流出は起きていない。扱いが難しい問題であり、多くが中国本土での事業拡大を望んでいることから、金融機関は香港脱出という緊急対応策の検討に慎重だ。

法律専門家やアドバイザーによると、金融機関が香港から流出した場合に最も恩恵を受けるのはシンガポールとなる公算が大きい。法人税率が17%と低く、企業に優しい環境が整い、既に金融センターとしての立場を確立しているためだ。

リスクコンサルタント会社コントロール・リスクスの在シンガポールアナリスト、ジェーソン・サリム氏は「人材を獲得しようと誰もが競っているが、人口や経済的な側面、事業のしやすさなどの点から、香港に最も近いのはシンガポールだ」と述べた。

(Alun John記者、Scott Murdoch記者、Anshuman Daga記者)