【木下斉】都市と地方を行き来する、働き方の「ニューノーマル」

2020/8/11
 新型コロナウイルスの影響により、さまざまな業界、職種でリモートワークの導入が加速した。一定の手応えを感じた企業も多く、アフターコロナの世界でも、リモートワークはますます定着していくと考えられる。

 そんな多様な働き方が実現されつつある時代の選択肢として、いま再び注目されているのが「地方」の暮らしだ。それも、完全な移住だけでなく「お試し移住」や「二拠点生活」など、エリアを広げて個人のワーク・ライフスタイルを検討する人が増えている。彼らはどんなキャリアパスを描き、地方へ出ていくのか。

 地方創生・地方移住に詳しい木下斉氏と、自身がUターンした経験をもとに北九州市の移住者誘致に取り組む菊池勇太氏の対談を通して、この先のニューノーマルになるかもしれない「地方」との付き合い方を考える。

コロナは「地方」の価値を高めたか

木下 1980年後半に政府が行なった「ふるさと創生」に始まり、歴史を振り返ると、地方に視線が集まったことが何度かありました。
木下斉(きのした・ひとし)エリア・イノベーション・アライアンス代表理事
1982年東京生まれ。早稲田大学高等学院在学中の2000年に全国商店街合同出資会社の社長に就任。以来、日本各地での事業開発や政策提言による地域活性化を目指す取り組みを展開。著書に『稼ぐまちが地方を変える』(NHK出版新書)、『地方創生大全』(東洋経済新報社)、『凡人のための地域再生入門』(ダイヤモンド社)など。
 大きな要因としては、1990年代後半から2000年くらいまでの就職氷河期や、2011年の東日本大震災。
 人口が密集した都市部の経済や社会インフラが機能しなくなると、漠然とした不安が広まり、地方の暮らしに目が向けられる。
 5年ほど前からテクノロジーを活用した新たな地方創生の流れも見えてきたところで、今回のコロナ禍に襲われた。多くの人が地方に関心を持つのも当然だと思います。
東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)在住の20代〜50代1万名へのアンケート調査によると、地方出身者の6割、東京圏出身者でも5割弱が「地方暮らしに関心あり」と答えた。
菊池 都市部の人はなんとか「密」な状況を避けようとしていますが、僕がいる北九州市の門司港地区では、密なんてほとんどありません。
 スーパーやドラッグストアでは一時期マスクを求める行列ができていましたが、混乱が収まれば元通りで、昼間も犬とおばあちゃんがちょっと出歩いているくらい(笑)。
 中心地の小倉になると、さすがに少しは人が増えますが。
菊池勇太(きくち・ゆうた)合同会社ポルト 代表/合同会社阿蘇人 副代表
1989年北九州市生まれ。マーケティングリサーチ会社を経て、2018年に地元門司港にUターンし、合同会社ポルトを設立。ゲストハウス「PORTO」を皮切りに、飲食店やメディア運営も行っている。今年から北九州市のオンライン移住相談員となり、移住促進を含めて北九州市の魅力を発信している。
 北九州市は1963年に5つの市が合併して人口約100万人の政令指定都市になりました。
 市街がうまく分散してそれぞれに文化や産業の特色をとどめているから、人口規模のわりに暮らしやすいのだと思います。
木下 僕の周りではこの数ヶ月、金融やコンサルなど仕事に自由がきく人ほど東京から地方へ生活拠点をシフトしています。
 一方、勤務地に縛りのある人は、希望したとしてもまだ移動が難しい。
 前者の働く場所を問わない人たちは、コロナ以前からすでに流動的な働き方になっていました。
 いきなり移住はハードルが高いのですが、都市部の仕事も残しながら、地方にもう一つの拠点を持つという働き方が、コロナをきっかけにやりやすくなったんでしょうね。
菊池 僕が北九州市のオンライン移住相談員に就任したのが5月。何人もの相談に応えてきましたが、かなり具体的に移住後の生活や多拠点生活を検討している人が増えていると感じます。
 「あちこちの地方を見比べたところ北九州市がよさそうなので話を聞いてみたい」というIターンの人もいれば、「地元に戻って起業したい」というUターンの人もいる。
 これまでの北九州市は程よいサイズで住みやすいということで、どちらかというと高齢の方に人気があったのですが、今は若い方からの問い合わせが多いですね。
北九州市の中心地、小倉駅。
木下 リモートワークや働き方改革のおかげで、地方で働くことを体験するための“お試し期間”を作りやすくなったのは、地方にとっても移住を考える人にとっても追い風です。
 かつては東京の人口の多くが地方出身者だったけれど、僕らの世代になると東京生まれの人も相当な数になっています。
 そうすると地方といってもツテがまったくないから、いきなりどこかに移住するのは難しい。
 複業としてなら、週に1〜2回、あるいは月に1〜2回と、自分のペースでその地方の仕事を試せます。そうすることで地縁ができるし、生活してみて気に入れば、「ここで過ごす時間を増やしていこう」と思えます。
菊池 受け入れる地方の側にも変化がありますよね。北九州市もそうですが、地元の企業もどうすれば外から来た人材にうまく活躍してもらえるかを考えるようになっています。
 北九州市には「お試し居住」という制度があって、割安で北九州の暮らしをトライアルすることができます。僕が運営しているゲストハウス「PORTO」でもお試しできるようになりました。
木下 東京への一極集中と高齢化による地方人口の自然減が重なり、人手不足が深刻になっていますからね。
 地域の産業を担う人材をどうするかが死活問題になっているからこそ、都市と地方の「ハイブリッド型」による労働力シェアは重要な切り口と思います。

地方の仕事は、つくるもの

菊池 東京でしか暮らしたことがないという人にとって一番気がかりなのは、はたして地方でちゃんと生計を立てられるのかということ。移住希望者の相談を受けていると、このことをよく聞かれます。
 僕自身もUターンで北九州に戻ってきたのですが、そのとき魅力に感じたのは、街自体にある程度の規模があり、多様な産業が受け皿としてあったこと。
 たとえば僕はもともとマーケティングが専門ですが、そのスキルを必要としてくれる企業があったから、これまでの仕事のキャリアを生かし、発展させられた。
 僕が北九州でやっていけるのも、自分の市場価値を認めてくれる企業がすでにあったからです。
北九州市の創業支援の中核施設「COMPASS小倉」。スタートアップをはじめ、多くの企業や個人が利用している。
木下 地方に最も欠けているのは、やはり人材に対する投資と受け皿ですね。
 特にマーケティングや企画ができる人材は、東京などの大都市圏に偏っています。かつそのような人材を普通に専任で雇うという地方企業もそもそも少ない。
 そうすると、地方の特産品を使った商品や、生活を支える保険などのサービスも、その地方のことをよく知らない東京の企業やコンサルタントに任せっきりになってしまう。
 たとえ二拠点であっても、その土地で生活する人の視点で商品やサービスを作れるようになれば、地元の付加価値を高める方法がたくさん出てきます。
 たとえば北海道の余市町は、ここ十数年で変化がありました。もともと、いかにも北海道っぽい大規模農業で、ぶどうをたくさん作って出荷してきた。
 だけどそれだけでは付加価値が高まらず、生産者の所得も上がらなかったんです。
菊池 一次産業ではよく聞く話ですね。余市町はどうやって変わったんですか?
木下 国内外でワイン醸造を学んだ方々が余市に入植したことで、小規模でクオリティの高いワイナリーが集積したんです。
 それから、町としてもワイナリーや高級食用ぶどう生産への産業転換を目指そうとしています。
今の町長は僕と同年代ですが、ボルドー騎士団の「シュヴァリエ」を持つ屈指のワインラバーなので、今後も面白い政策が期待できるでしょう。
※国際的な知名度を誇るワインソサエティ(騎士団)で認められた鑑定士に付与される称号。
 北海道は「広い土地を生かす」農業が中心でしたが、今後は「規模を抑えながら、付加価値を高める」モデルに転換しようとしています。
 そのために、地元の力と町外でさまざまな教育や経験を積んだ人材を組み合わせる必要がある。
 どんな業種でも、地元の産業を正しく評価し、内外に提案できる人がいれば変化が生まれますから。
鮮度の高い魚を筆頭に、さまざまな資源を有する北九州市。
菊池 そういうスキルを持つ人が地方で働くメリットとして、トライ&エラーを繰り返す余地があることが挙げられます。
 都市部の大企業だと、受け持つ仕事が細分化されていて、数年間ずっと末端の仕事をやり続けるようなことがざらにある。
 プロジェクト全体を管轄するようなポジションは順番待ちになっていて、時間がかかりすぎるんです。
 一方、地方では人材が足りていないから引く手数多です。
 商品開発にしても「企画からブランディングまで全部やって」という話が多い。人が足りないということは、個人の裁量が増えることでもあります。
木下 これまで地方の中小企業は人材採用に苦戦していましたが、ここ数年で副業解禁が徐々に進み、状況が変わりました。
 僕の仲間は熱海でまちづくりに取り組んでいますが、「東京の仕事もしながらでいいから、熱海の仕事も手伝って」と呼びかけたところ、第一線で活躍している人たちが「やってみたい」「関わってみたい」と集まってきた。
 「こんなキャリアの人が、5万円や10万円で本当に来てくれるんですか」と、地元の人たちが驚いているそうです。
 さらに彼らが具体的成果を次々と出し、既存社員のモチベーションも高くなっているようで、「人材のミックス」の持つ価値の高さは計り知れません。
 コロナ禍での調査を見ても、副業希望者が増加しています。
 しかしまだ東京の企業側の解禁、そして地方側企業の受け入れ双方が進んでいません。いよいよこれから、というところでしょう。
菊池 都市部と比べると報酬が安かったり、誰もが知るブランドの仕事ではなかったりするから、箔がつくような実績にはならないかもしれない。
 でも、自分の仕事が市場に投下されるまでのスピードは速くなるし、反応がダイレクトに返ってくる。
 ここにやりがいを感じる人も多いと思いますし、そういった人にこそ北九州市をおすすめしたいですね。

コケても起き上がれる足場をつくる

木下 地方で仕事をするにあたって重要なのは、いかにバランスよく、自律的に仕事をコントロールするかですね。
 ちゃんと結果が出れば自治体や企業も重要なプロジェクトだと認識しますから、まずはスモールスタートで少しずつ変えていくしかない。
 今まで東京でもらっていた給料と同額を、地方の企業でいきなり得ようとしても、非現実的なのは確かです。
 加えて、環境の変化や地方企業とマッチするかという問題もあります。地方の中小企業になればなるほど、社長のパーソナリティも濃かったりしますから。
 なので「今の仕事を捨てて、いきなり地方に転職」というスタイルはあまりおすすめできません。
 たしかに「都市か地方か」と、二者択一の考えになるのは仕方ない面もありますが、今後は“一本足打法”だと、片足が崩れた瞬間に生活全部が破綻します。
 せっかく副業やテレワークが広まっているんですから、一人ひとりが仕事を選び、組み合わせることで生活を設計する術を身につけた方がいい。
 その点、菊池さんは北九州市の仕事だけでなく、マーケティングなどのソフト事業やお店も経営しているマルチワーカーですよね。
菊池 ええ。北九州市の仕事だけでなく、マーケティングの仕事と、門司港でゲストハウスと飲食店3軒を経営しています。
菊池さんが運営するゲストハウス「PORTO」の様子。
 正直、店舗を経営するのは大変です。企業を相手にするソフトの仕事の方が、よっぽど利益は出る。
 でも、面白いからやっているのと、こういったところから地域経済を回していかないといけないという使命感もあります。
木下 菊池さんは、ビジネスの立地としての北九州市をどう見ていますか?
菊池 いろいろな仕事を組み合わせて生活基盤を作るとなると、北九州市は立地的も産業のバランスも恵まれていると思います。
 北九州市には、近隣を合わせて200万人以上の商圏があります。コロナの影響で外から人やお金が入ってこなくなっても、内需でなんとか耐えていける場所です。
 それに、製造業という基幹産業があり、1次2次3次と産業のバランスが取れているので、異なる領域を複業でつないだり、農業の6次化を市内で完結させたりすることもできます。
関門海峡に臨む、北九州の工業地帯。
 市内にさまざまな産業があり、どこもソフト人材が足りていない。
 これは、自分自身でキャリアパスを設計し、必要なスキルを身につけるためのチャンスと余地があるということです。
木下 今までは技術的にも社会や企業風土の面でもリモート環境が整っていなかったから、「東京か地方か」とか「この会社かあの会社か」という選択を迫られた。
 でも本当は、異なる分野がクロスオーバーするところに生まれる価値があって、そんな“のりしろ”のような部分に気づいた人が、既存の産業やビジネスを更新し始めているんですよね。
 私も仕事でよく北九州市の小倉に行きますが、北九州市は新幹線、空港も充実していて、過去の産業集積もある土地だと感じます。
 いきなり山奥を選ぶよりも、多くの人にとって“のりしろ”を見つけやすい地域と言えるでしょう。
 北九州に限らず、実際に地方で活躍している人たちを見ると、東京の会社か地方の会社か、といった基準で仕事を選ぶのではなく、自分のスキルを生かしながら楽しんでやれそうか、みたいなことを考えていますよね。
菊池 そのとおりだと思います。付け加えると、僕が地元に戻ったのは、メシがうまいとか人との距離が心地いいとか、そういう生活面の要因も大きいんです。
小倉にある旦過市場は、「北九州の台所」として賑わう。
 漁港も農地もあるから、500円の定食のレベルが異常に高い。
 もともとよそ者が集まってできた工業地帯という側面もあるので、移住者やよそから来た起業家にも抵抗がなく、めちゃくちゃ歓迎される。
 僕は日中、あまり街を出歩かないようにしているんです。いろんな人に話しかけられて、アポに間に合わなくなるから(笑)。
木下 「ここに住んでみたい」「ここで働いてみたい」と思えるのって、経済や仕事だけじゃなくて、住んでいる人たちのコミュニティや文化、自然環境など、生活に根ざしたやわらかい部分だったりもしますからね。
 一方、地元の人たちだけで「どうすれば都会の人が来てくれるだろう」と話し合っても、やっぱりいい案は出てこない。
 だから菊池さんみたいに内も外も知っていて、あまりカタくない感じの人がアンバサダーになるのはいいやり方だと思います。都市の人も何より相談しやすいし、不安に思っていることもよくわかるでしょうから。
 場所に縛られる必要は、これからますます減っていくでしょう。今だからこそできるやり方で、自分の生き方や働き方を探す人たちが増えてくれるといいですね。
(編集:高橋智香、宇野浩志 執筆:唐仁原俊博 デザイン:國弘朋佳)