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性別や顔写真が、組織の採用にとって意味があるのかに尽きると思います。

職務遂行に性別が影響しないオフィスワーカーなどの採用であれば、採用時に性別を把握する必要性も低いと考えられます。採用時点で仕事に関係のない情報も含めて把握しようとしすぎているのかもしれません。
健康診断や必要な配慮などのために最低限把握しなければならない場合も考えられますが、採用後に必要に応じて申告を求めることもできます。

メンバーシップ度合いが強いと何でも相互に把握しようとすることがありましたが、カルチャーや価値観が唯一ではなくなった状況で強いメンバーシップを求めるとかえって窮屈になってしまいます。
名前や面接で結局把握できるとの意見もありますが、業務遂行への影響が低そうであれば、人権尊重の姿勢でやってみることが大切です。
個人的には、賛否どちらもない。各会社・各個人の自由だと思う。

昔、会社でダイバーシティのワークショップに参加した。演劇みたいなのをトレーナーの方がやって、参加者はそれを見たり聞いたりする。たまに質問があって、例えばこの人が話しているのは男性についてだと思うか女性についてだと思うか、とか、あとはあえてその無意識の性別認知が多くの人にある中で逆の性別の人がその発言をした時に違和感を感じたかとか。
個人的には、それが差別意識はないものの無意識的に思考が形成されていると気づかされた。無意識ゆえにそれが個人の主観では差別だと思っていなくても、判断の違いが生まれる。意識的なのはもちろん、無意識的にも、結果として判断に影響を与えている側面は誰しもあると思っている。そして、そういうのをなくしていくという観点では、「アリ」だとも思う。

一方で、違いは個性そのもの。性別や年齢という同じ属性をもつ人が大量にいる特性もあれば、そうではないものもあり、それらを組み合わせて各個人の個性となる。
そして違いがあるという事実は事実。その違いと向き合って、うまく付き合うことが個人的には重要だと思っている。ただうまく付き合うのは上記の無意識もあるし、人によって捉え方・判断が違うので難しい。
なくすことで、あえて意識的になってしまう側面もあるかもしれないし。

だから賛否どちらもなく、個社・個人が自由にするのが良いと思う。
月面着陸した時にアームストロング船長が発した言葉

「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」

的に言えば

「これは一人の企業にとっては小さな一歩だが、ダイバシティ&インクルージョンにとっては偉大な飛躍である」

というくらい意味があると思います。

※個人的な見解であり、所属する会社、組織とは全く関係ありません
ジェンダー問題には興味深い事象があり、日本でも最早無視できなくなってきています。

「差別はあるのか?」
人によって回答は180度異なります。

それは、ジェンダーは一人ひとりに「個人的体験」のある問題であり、人は、現実・統計的実態よりも個人的体験に引き寄せて問題を捉える傾向があるからです。
一方で、他者を理解しようとする関心は個人的体験に比べて疎かになりがちです。


①かつての日本
マジョリティは、自分が圧倒的力を持つマジョリティであった頃は、ジェンダー問題の解決にも「友好的・総論賛成」。
これは「ジェンダー問題が解決するはずがない(自分の優位性は揺らがない)」と読んでいるからではなく、個人的体験の絡まない「世の中の問題」のため、正しそうなものには賛成するためです。


②「〇〇の方が得している」
人は誰しも公平性に敏感。ジェンダー問題是正のための積極的措置が導入され始めると、突然ジェンダー問題が「自分事」になります。
大学受験や就職活動で「〇〇は女性に甘く点つけるんだって」など真偽の定かでない噂が回り、心が波立った経験は無いでしょうか?※
こうして、マジョリティとマイノリティはどちらも、自分を「弱者」と定義するようになり、弱者のポジションを主張し合うようになります。

※尚、「心が波立った」のは、不公平さを感じた男性だけではありません。
・女性は自分の努力能力を根拠なく否定されることに憤慨し、
・または容姿など「女性に向けられる評価」への劣等感を不必要に感じ、
・女性/男性と自らを単純には定義しない人は、存在が無視されることへの疎外感を新たにします。


③「生きづらい、息苦しい世の中」
「他者優遇(自分の目から見て)」への嫌悪感を持ちながらもそれを表明できない社会への不満は、「ポリティカル・コレクトネスの行き過ぎ」として、次第に社会的うねりを持ち始めます。
そこには、マジョリティの横暴が存在するのではありません。
自身は「弱者(犠牲者)であること」、「あくまで公平性を求める、正しくて真っ当な主張をしていること」というのが、自己認識であり、社会的ポジショニングとなります。


もしも皆さん(あらゆる性別の方)にとって、①〜③の中に頷くものがあった場合には、もしかしたら、ジェンダー問題の捉え方において、他者への理解・関心が不足しているかもしれません。
男女雇用機会均等法により、25年前に新卒で就職活動する際に、資料請求のハガキに性別欄がなくなっていました。たまたま兄と同じタイミングで就職活動をしていたのですが、兄の名前は、女性にも使われる名前で、同じ企業に資料請求しても、兄には返信がないものが多かったです。

兄がOB訪問のつもりで先輩社員の話を聞くと、いつも女性で、OG訪問になっていました。何人もそれが続くので、兄が聞いてみると、やはり女性だと思っていたとのこと。そういえば、兄の高校は、男女が一緒になった名簿だったので、成人式前は晴れ着のDMばっかり届いていましたね。これからも分かるように、性別欄がなくなれば、名前で判断しますよ、企業は。

多くの方が指摘されているように、履歴書に性別欄があることが問題なんじゃないでしょう??
いい動き。加えて年齢欄も不要だと思います。バイアスにつながるので。
そして、初めて書く履歴書に性別欄がなかったという世代が生まれ、世代交代していくなかで、性別を書かないことが当たり前、となる…と妄想します。
社会のダイバーシティのために、ジェンダーを前提にした区別は果たして必要なのか?を改めて考える必要があるし、必要だと思う自分の思考の裏側に何があるのかを見つめることも必要だなと思いました。
KDDI株式会社(ケイディーディーアイ、英:KDDI CORPORATION)は、日本の電気通信事業者。 日経平均株価及びTOPIX Core30の構成銘柄の一つである。 ウィキペディア
時価総額
6.32 兆円

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コクヨ株式会社は、文房具やオフィス家具、事務機器を製造・販売する会社。 ウィキペディア
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