「ありがとう」を手書きにするだけで、言葉の存在感は変わる

2020/8/2
NewsPicksアカデミアは、京都発の文化・アートの新サービス「THE KYOTO」と連携し、「THE KYOTO ACADEMIA」という新プロジェクトを始動。記事、イベントなどを通し、「with/ポストコロナ時代」を⾒据えた「豊かさの再定義」を進めていく予定だ。

今回は、書家であり、プレゼンテーションクリエイターの前田鎌利氏と同じく書家の川尾朋子氏、そして、壬生寺副住職の松浦俊昭氏、NewsPicksの佐々木紀彦氏を交え、「これからの時代の心のキーワード」について語り合った。(全3回、聞き手:THE KYOTO 編集長・各務亮)
【前田鎌利】自己を内観して「前後裁断」で今を生きる
手間をかけるから伝わることがある
ーー「書」をしたためていただいている間、周囲のざわつきをよそに、集中されていたようにお見受けしました。
前田 墨をすったり、筆を持つ所作が、さっき松浦さんがおっしゃった「間」に通じるんだと思います。
書道って始めるまでが相当手間がかかるんですよね、川尾さん。
川尾 確かに。書くまでが本当に大変なんです(笑)。
前田 一連の準備、手間暇が鍵だと思っています。
面倒だからこそ思いを込められる。
前田鎌利(まえだ・かまり)/書家、プレゼンテーションクリエイター
例えば、手紙って面倒じゃないですか。けれど、手間と時間をかけ一生懸命書かれたものは、字の上手下手など関係なく、通じるものがあるだろうと。
川尾 そうですね。私はとても緊張するタイプで、書に向かう際は、どこに行っても必ず一定の時間をかけ、同じ呼吸法で順序立てて行います。
アトリエでも同様です。自然と「間」を意識しているのかもしれません。
川尾朋子(かわお・ともこ)/書家(写真:本人提供)
ーーお三方がおっしゃられる「間」のようなものは、佐々木さんも意識されていらっしゃいますか。
佐々木 人が何か言いたそうなときって表情に出たり、ちょっと呼吸が変わったりしますよね。
まさしく「想う」といいますか、相手の心を読んで、一番ほしい質問を、一番ほしいタイミングで投げ掛けるということを意識しています。
それが僕のなかでの「間」ですかね。
笑いは全て「間」から来ると言われる芸人の方もいらっしゃいますし、ジャパネットたかたの高田前社長はそれを世阿弥から学んだそうです。
佐々木 紀彦/(ささき・のりひこ)/NewsPicks Studios CEO・NewsPicks NewSchool校長
ただ、最近多いテレワークではその「間」が分からなくなって会話が盛り上がりに欠けてしまうことがありますね。
しぐさや息遣いを直接感じ取れる方がずっと「間」が取りやすい。その違いを含めて、明確に言語化・理論化したいですね。
700年前から伝わる「間」の重要性
松浦 私も感じます。檀家さんなどとのご相談事では、ご自分の中にすでに答えが出ている方とまったくない方に大きく二通りのパターンに分かれますが、それを聞き出していくにあたって「間」は本当に大切です。
鎌倉時代から約700年間口伝で伝えられてきた壬生狂言は、無言劇つまりパントマイムなんです。
松浦俊昭(まつうら・しゅんしょう)/壬生寺副住職
相手の所作に「間」を挟まないと舞台芸として成り立たない。
「間」を持つというのは、突き詰めれば相手をおもんぱかることであり、いかに素早く相手の気持ちを感じ取るかでしょう。
ーー「書の今後の可能性」について最近なされている活動含めお考えをお聞かせください。
川尾 2019年からHITOMOJI PROJECT -woman-を始めました。
世界各国の女性にインタビューして、その人のいまを写す一文字を表現します。既に7カ国を訪ねました。
例えばオランダの15歳の女の子は5カ国語堪能で、環境問題にも意識が高く、将来の夢はパイロット。
南アフリカの少女は、いまだ残る黒人居住地区タウンシップに住みながらも会社を立ち上げ、母親への親孝行をしたいと語ってくれました。
彼女たちの瞬間(いま)を一文字に閉じ込め、刻む。表意文字である漢字の特長を生かしながら、書き直しの利かない表現と、その国の女性が置かれた状況をも発信できればと思っています。
(写真:川尾氏提供)
最初に手掛けた文字は「生」で、お釈迦様の涅槃(ねはん)のポーズで私が入り込みました。
私たちは常に死と隣り合わせで生きているという私なりの死生観を込めています。
前田 私は年末になると、書道教室の生徒さんに、3カ月ごとに一文字の漢字を当てはめてもらうようにしています。
そうすると、その子の1年間のエピソードがおおよそ理解できる。書はそういうツールとしても便利ですね。
ただ、昨今では筆で字を書くこと自体、敷居が高くなっていますので、ペンでもいいので、文字を書くことがもっと日常的になればいいですね。
例えば、おかずを買って帰宅したら、食卓の横に「麻婆豆腐」としゃれっ気で添えるだけでおいしそうに見えませんか。
あるいは、出張から戻ったときに「お土産です」と一筆箋があると、誰が買って来てくれたかすぐに分かります。
シチュエーションは探せばもっとありそうです。
川尾 そうですね。「ありがとう」だけでも手書きにするとか。
人が書いた文字を見ると、その人の顔が思い浮かびますよね。言葉の存在感が増すというか。
ペンで書いたものを写真で送ったり、手書きツールやお絵描きアプリみたいなもので文字を送るだけでも喜ばれるのではないでしょうか。
自分の「書」に自信を持つために
前田 習字を習わせる親御さんの多くは、美文字の習得を目標とされています。
しかし、新宿中村屋の屋号を揮毫(きごう)された書家、中村不折が中国古典を基にした「龍眠帖」はユニークな書体に満ちています。
絵画ではゴッホやラッセンなど個性豊かなタッチですが、書は美しい字体のみが求められる風潮から、達筆な手紙への返信は気後れしてしまいます。
書は3千年以上の歴史があります。
だからこそ、実にさまざまな模範があります。長い歴史を振り返えれば、個々人が独自の字体で書くことは駄目ではないとの裏付けを確認できる。
そうすればツールとしての書に自信が持てるのではないでしょうか。
ーー面白い人たちの表現、言葉をいまにとどめるという意味では佐々木さんのお仕事も共通するかと想像しますが。
佐々木 そうですね。今日ずっとお話を伺っていて、手間暇をかけたものとか、個人の色があるものみたいな分野はビジネスの世界ではどんどん失われていっているなと考えていました。
どうしても生産性とか、コスパとか、横文字ばかりの表現とか…。ビジネス一辺倒の生活をしていたら、彩りのある語彙や表現が乏しくなっていきますね。
しかし、コロナショックが起きて、これまでだったらビジネスパーソンは、職場と家庭での語彙で過ごしていましたが、リモートワークが増えたこともあり、新たな第三の語彙と言いますか、そこを育む時間と空間が生まれたように思うんです。
それを強みに変えて、自分の語彙というか、使う言葉を見直していくと、生活とか心が変わっていく-結果ビジネスにも生かしていけるのだろうなと思います。
働き方改革などが叫ばれて久しいですが、コロナ禍は個人のみならず組織のありようも考える契機となっていますね。
前田 そうですね。ただ、リモートワークが増えると、互いにプロセスを見る情報量が減るので、仮に部下が頑張って仕事をしていても、単なる結果しか見えなくなってしまうことも生じるかもしれません。
だからこそ、KPI(業績評価指標)も今後は内容を変化させていかねばなりません。
個々の軸・目的をどう組織のKPIに組み込んでいくか、そのあり方も問われているように思いますね。
*明日に続く
(構成:佐藤寛之、写真:伊藤信)
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