【前田鎌利】自己を内観して「前後裁断」で今を生きる

2020/8/1
NewsPicksアカデミアは、京都発の文化・アートの新サービス「THE KYOTO」と連携し、「THE KYOTO ACADEMIA」という新プロジェクトを始動。記事、イベントなどを通し、「with/ポストコロナ時代」を⾒据えた「豊かさの再定義」を進めていく予定だ。

今回は、書家であり、プレゼンテーションクリエイターの前田鎌利氏と同じく書家の川尾朋子氏、そして、壬生寺副住職の松浦俊昭氏、NewsPicksの佐々木紀彦氏を交え、「これからの時代の心のキーワード」について語り合った。(全3回、聞き手:THE KYOTO 編集長・各務亮)

withコロナ時代のキーワード

ーー前田さん、川尾さんに、「これからの時代の心のキーワード」を墨書にしたためていただきました。そのお気持ちをお聞かせください。
前田 「前後際断」です。禅の言葉で「過去を憂えず、未来も心配せず、いまに集中し、楽しみながら生きてゆく」ことを意味します。
前田鎌利(まえだ・かまり)/書家、プレゼンテーションクリエイター
東京学芸大学卒業後、ボーダフォン、ソフトバンクで勤務。孫正義社長に直接プレゼンして幾多の事業提案を承認されたほか、プレゼン資料作成も担当。2013年12月にソフトバンクを退社、独立。数多くの企業や団体において、プレゼンテーション講師を歴任。また、5歳より書に携わり書家としてライブパフォーマンスや個展の開催、番組タイトル、企業・商品等のロゴの揮毫を行う。
川尾 「想」です。日本人は「察する」ことが得意です。
「想(おもう)」、いま自分にできることは何か、想像を巡らすことをキーワードにしました。
前田 「おもう」ですか。実は、プレゼンテーションなどで私はよく「念」の文字を使い、「おもう」を表現します。
「念」は、上の部分がふたで、「信念」のように、耐える強い気持ちを表す文字です。
言葉のセレクトは書家にとって最も大切な部分なので、漢字は違いますが、シンクロしますね。
もう少し「おもう」についてお聞かせいただければ。
川尾 刻々と変わっていく社会のなかで、未来って本当に想像ですよね。
ただ、言えることは、いま、人と人との距離をどう取ればいいか、誰もが逡巡することがあると思います。
川尾朋子(かわお・ともこ)/書家
同志社女子大学卒。6歳より書を学び、国内外で受賞多数。6歳より書を学び、国内外で多数受賞。2004年より祥洲氏に師事。古典を敬い、現代の書作品を発表。文字を書く際の筆の軌跡に着目した「呼応」シリーズや、自身を文字の一部にした「人文字」シリーズなどを発表し、新たな書の表現を探り続けている。RUGBYWORLDCUP2019 Official Movie出演、NHK大河ドラマ八重の桜OP映像など。四国大学特認教授(写真:本人提供)。
自分と相手との「距離」。人それぞれ違っていますが、その距離の違いを互いにどのように捉え、伝えたら双方が傷つけ合わずにいられるか。
そういう現代社会における新たなリテラシーみたいなものが必要になってきているように思います。
リアルに一緒にいなくても共感できるような心をみんなが持つことが大事かなと。自我を押し通すのではなく、寄り添っていく感じでしょうか。
佐々木 思いやる意味の「想」なんですね。
SNSの炎上が原因でさまざまな問題が生じているいまだからこそ、自分からはるか遠い所にいる人に対する想像力が、個人だけでなく企業や組織リーダーにも必要な時代だと私も感じています。
佐々木 紀彦/(ささき・のりひこ)/NewsPicks Studios CEO・NewsPicks NewSchool校長
1979年福岡県生まれ。慶應義塾大学総合政策学部卒業、スタンフォード大学大学院で修士号取得(国際政治経済専攻)。東洋経済新報社で自動車、IT業界などを担当。2012年11月、「東洋経済オンライン」編集長に就任。2014年7月にNewsPicksへ移籍。2018年より現職。最新著書に『日本3.0』。ほかに『米国製エリートは本当にすごいのか?』『5年後、メディアは稼げるか』、共著に『ポスト平成のキャリア戦略』の著作がある
一方、相手を思いやるばかりではがんじがらめになってしまう気もします。
前田さんの「前後際断」は、ある意味で鈍感さも大切とおっしゃっていると仮定すると、二つの相反する感性をうまく組み合わせないといけないですが、どうすればよいでしょうか。
前田 はい。自分を内観することで、しっかりとした軸を持つことが重要です。
何が好きで、何が嫌いか、大切にするものは何かです。
私は、習慣として、いま一番伝えたい人や言葉を1日1回は考えるようにしています。
けれど簡単には絞れません。多数を考えるのは比較的楽なんですが、絞ることが難しい。
結構しんどいことですが、毎日やっていると、軸みたいなものができてきたりします。
私たち書家は書という、やりたいことをやれていること自体が一つの軸にもなります。
プレゼンテーション同様、それは伝える「ツール」ではありますが、私は書を通じて、周りに左右されない自分の尺度を持てるようになりました。

お釈迦様も実践した「想う」

川尾 私は軸って正直ないんですけどね(笑)。
ただ、書家とは、いまこの瞬間を文字に残していく仕事でありながらも、「筆・墨・硯・紙」の文房四宝(ぶんぼうしほう)で構成される書が何千年も残っていることから考えても、「いま」をいかに生きるかが重要だと私も思います。
ーー松浦さんはお二人の書と、込められた思いをどのように感じられたでしょうか。
松浦 僧侶は、お釈迦様の教えをお伝えする伝道師と考えています。
お二人の書は、いずれも現状の世相についてリアルに感じられたことを文字にされていますから、その思いを私なりにお伝えするのが役割ですね。
松浦俊昭(まつうら・しゅんしょう)/壬生寺副住職。
壬生狂言・新撰組ゆかりの寺である壬生寺の副住職として、法話公演等を通じて、”京都をつなぐ無形文化遺産”に選定されている京都の伝統行事「地蔵盆」や風習、文化などを、信仰に関わらず多くの方に広めているほか、壬生寺における庭園や文化財の定期公開において、創意工夫を凝らした取組をしている。奈良・唐招提寺執事。平成洛陽三十三所観音霊場会事務局長。壬生狂言の伝承者の一人。
お二人に共通する「おもう」ですが、「想」は、分解すると「相手の心」となります。
「思考」の「思」は「田んぼに心」と書く。自分のことにしか意識が向いていません。
いま必要なのは「想」であり、相手のことをおもんぱかる気持ちではないかと。コロナ禍が広がる状況だからこそ、他人をどのように理解するかが求められています。
お釈迦様は2500年もの間、人を想うことが大事だと説き続けてこられました。
仏教の中でも一貫してぶれない教えです。前田さんがおっしゃった「信“念”」にも通ずるでしょう。
いまの状況が、社会全体において自他のバランスをあらためて考え直すきっかけになればと思います。
ーー「おもう」、非常に大切なキーワードですが、現代社会ではとかく犠牲になりがちです。その点はどのように捉えたらよいでしょうか。
松浦 修行の一つ、「六波羅蜜」に「怒り」の抑制があります。怒りを覚えたときは、一呼吸置いてみることです。
つまり「間」、結果としての心の余裕です。
現代社会は、便利に過ぎます。故に思いどおりにならないとすぐにストレス(苦しみ)を抱えてしまいます。
社会が進歩すればするほどこの課題は増幅する。
本当に怒らなければいけないことなのか。もしかしたら自身も少しは悪かったかもしれないという気持ちを持てるか。
「人生は苦しみそのもの」
お釈迦さまの言葉をいかに解釈するかがいま問われていると思います。
※明日に続く
(構成:佐藤寛之、写真:伊藤信)
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