2020/7/30

【ブレークスルー】哺乳類の「人工冬眠」に成功した

NewsPicks 編集委員 / 科学ジャーナリスト
これまでSFの世界にしかなかった「人工冬眠」。人類は、この技術の実現に向けた最初の一歩を踏み出したのかもしれない。
筑波大学と理化学研究所の共同研究チームが6月、自然界では冬眠しないマウスの脳内の神経細胞を刺激し、数日間にわたり「冬眠状態」にさせることに成功したとする論文を、英国の科学誌ネイチャーで発表したのだ。
マウスで刺激したのと同じ細胞群は、人の脳にもあるという。このことは、将来、人でも人工冬眠を起こせる可能性を示唆している。
国際的にも注目を浴びる共同研究は、2人の研究者の出会いから始まった。
睡眠研究で実績のある筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構の櫻井武教授(神経科学)と、冬眠研究をするために臨床現場から研究の世界に飛び込んだ、理研の砂川玄志郎研究員だ。
両者がNewsPicks編集部の取材に応じ、研究の経緯と今後の展望をつぶさに語った。

体温の「セットポイント」が下がった

まずは次の画像を見てほしい。左は正常時、右は人工的に「冬眠状態」にしたマウスだ。正常時の体温は約37度だが、右のマウスは20度台まで下がっているのが分かる。
正常時のマウス(左)と「冬眠状態」のマウス (提供:筑波大学)
恒温動物である哺乳類は、外気温に関係なく、常に体温をほぼ一定に保っている。
ところが、このマウスでは、「セットポイント」と呼ばれる体温の設定温度が、9度ほど下がったことが確認できたという。
その証拠に、外気温を上げ下げしても体温は低いまま保たれた。気温をモニターし、自力で新たなセットポイントに調節しているということだ。
そればかりではない。呼吸は浅くなり、酸素の消費量は正常時の5分の1から8分の1程度に、心拍数は4分の1以下に下がった。脳波を計るとほぼフラットで、体もほとんど動かず、近くにエサを置いても食べなかった。排泄もほとんどない。
この状態は24時間以上続き、体温は1週間ほどかけて徐々に元の37度前後に戻った。
体温のセットポイントが下がり、代謝が大幅に低下した状態が24時間以上続いた後、自発的に通常の状態に戻る──。
哺乳類でこれらの特徴に当てはまる現象といえば、冬眠しかない。