2020/7/28

【波紋】エアビーアンドビーが「大量解雇」で失ったもの

The New York Times
自動Pickロボット

従業員の4分の1を解雇

5月5日、サンフランシスコにある自宅アパートで2カ月近くにわたって一人きりで仕事をしてきたAirbnb(エアビーアンドビー)のブライアン・チェスキーCEO(38)は、ビデオカメラに向かって涙を流した。
この日は火曜日だったが、誰もが曜日感覚を失っていたので、そんなことは重要ではなかった。
チェスキーはウェブカメラの向こうにいる何千人もの従業員に向けて、準備した原稿を読み上げた。新型コロナウイルスによって旅行業界が大打撃を受け、Airbnbも例外ではなかったと。そのため、各部署を縮小し、従業員を解雇せざるを得ないのだと。
「皆さんを心から愛している」とチェスキーは涙声で語った。「僕らにとって大切なのはお互いの信頼関係であり、その中心にあるのが愛だ」。
それから数時間のうちに、Airbnbの労働力の4分の1に相当する1900人の従業員が解雇を告げられた。
自宅にてリモート勤務中のブライアン・チェスキーCEO(Jessica Chou/The New York Times)

エアビーも「普通の企業」だった

シリコンバレーでは、Airbnbが今回取ったような措置をめぐる議論が高まっている。
従業員を「家族」と位置付けてきた企業が、実はほかの多くの企業と同様、資本主義的な不安(つまり“生き残り”に関する不安)を抱えた普通の企業であったと表明すれば、一体どうなるのかという議論だ。
マットレスからデータウェアハウスソフトまで、あらゆるモノやサービスを販売する各種スタートアップは、長らく「世界をよりよい場所にしよう」式の企業理念を掲げて、従業員のモチベーションを高めてきた。
だが、新型コロナウイルスの影響による景気低迷が長引くなか、そうしたはかない理念の多くが予算削減や解雇、厳しい決算といった現実に屈している。
その結果、「コミットメント(大義のための献身的な取り組み)」文化を掲げてきた企業から、成功の原動力が奪われてしまう可能性が極めて高いと、ペンシルベニア大学ウォートン校(経営大学院)のイーサン・モリック教授は指摘する。
「(そうした企業では)“家族”の一員として扱われることが、労働の対価の一部でした」とモリックは言う。「しかし、“家族”の部分が失われた今となっては、ある意味、契約内容が変わってしまった。仕事が単なる仕事になってしまったのです」
(Yuriko Nakao/Getty Images)

成功を導いた「理想主義」

多くの意味で、Airbnbはコミットメント文化を掲げた企業の理想形だった。
チェスキーとネイサン・ブレチャージク、ジョー・ゲビアが2008年に創業したAirbnbは、住宅オーナーが持ち家を旅行者に貸し出すのを手助けするオンライン・プラットフォームとして急成長を遂げた。
同社は、同じシェアリングエコノミー業界でも、熾烈な競争を生み出したウーバーや、パーティー文化や創業者の私的金融取引などが原因で破綻したウィーワークとは対極にある企業としての評判を確立し、評価額310億ドルを達成した。
彼らが掲げたのは、ひたむきな理想主義だ。
ニューヨーク州北部出身で元デザイナーのチェスキーは、信頼性や「本物」であることについて、よく語っていた。短期主義で動く市場原理よりも、物事の本質や人を重視する会社をつくりたいというのが、彼の口ぐせだった。
ゲビアはTEDで信頼を築くためのデザインについてプレゼンテーションを行ったこともある。かつてAirbnbで最高倫理責任者を務めたロブ・チェスナットは、『インテンショナル・インテグリティ(Intentional Integrity=意図的な誠実さ)』という本を執筆した。
Airbnbの創業者たち。左からネイサン・ブレチャージク、ジョー・ゲビア、ブライアン・チェスキー。2011年撮影(Jim Wilson/The New York Times)

「エアファム」の崩壊

風通しがよく、植物で埋め尽くされたサンフランシスコのAirbnb本社も、ポジティブな雰囲気にあふれていた。
従業員たちはお祝い事があると人間トンネルを作って互いにサプライズを仕掛け合ったり、実際にAirbnbに掲載されている部屋のようなデザインになっている会議室で犬と一緒のパーティーを開催したりした。
誕生日には、社内のアカペラグループ「エアビーアンドビーツ(Airbnbeats)」が歌ってくれる。採用面接では共感性の有無をチェックされ、採用が決まった新入社員は「ここはあなたの場所だ」と言われ、「ホーム(我が家)」への歓迎を受ける。
だから、新型コロナウイルスの感染が急拡大した3月、「エアファム(エアビーアンドビーのファミリー)」が壊れたのは痛手だった。
年内の新規株式公開を目指していたAirbnbは、突如として膨大な数の予約キャンセルに直面し、収益は消えてなくなった。その数週間後、チェスキーは従業員の解雇と同社の目標の規模縮小を発表した。
「悪い方向に転ぶ可能性があった全てのものが、実際に悪い方向に転んだ」と、彼はあるインタビューで語った。「まるで全てのものが一度に機能しなくなったみたいだった」。
「家族的」なムードにあふれていたAirbnbの本社(Jason Henry/The New York Times)

幻滅する元従業員たち

はた目には、Airbnbのコミットメント文化は完全無欠なものに見えた。
同社のブログに掲載されたチェスキーによる解雇通告は100万回以上閲覧され、思いやりと共感に満ちた言葉であり「リーダーシップの手本」だと称賛された。
後に行われた人員削減に関する質疑応答セッションの中で、チェスキーをはじめとする共同創業者たちは、解雇した従業員たちをスタンディング・オベーションでねぎらった。セッション画面は、視聴していた人々が投稿した拍手やハートの絵文字で埋め尽くされた。
だが12人を超える現役および元従業員(その多くは会社の非難禁止条項に署名していることを理由に匿名を希望した)はインタビューの中で、慎重につくり上げられた会社の理想主義が壊れたことに幻滅したと語った。
オレゴン州ポートランドのカスタマーサポート部門で約2年間働いたカスピアン・クラーク(38)は、Airbnbのミッションを全面的に支持していたため、解雇された時には自分が否定されたようでとても悲しかったと語った。
「今回のことで、ひどく裏切られた思いをしている人は大勢います」とクラークは言った。「Airbnbに、私が信じていた文化が残されることを心から願っています」
同社の広報担当は、今は「全ての人にとってつらい時期です」と語り、こう続けた。「Airbnbで働く5000人を超える人々は、とてつもない意欲と熱意を持っています。それは彼らが、当社のミッションを信じているからです」

キャンセル対策でトラブルも

Airbnbの登録物件は2009年の2500件から、2020年には700万件に増加した。
同社はアンドリーセン・ホロウィッツ、ファウンダーズ・ファンド、セコイア・キャピタルをはじめとするトップのベンチャー企業から資金を調達。2012年に20億ドルを超えた評価額は、2017年には310億ドルに急騰した。2020年の新規株式公開(IPO)で、同社の幹部や投資家、従業員たちはリッチになるはずだった。
そこにウイルスがやってきた。3月に旅行業界が停止状態になると、Airbnbは2020年の収益見通しを、2019年の総売上高48億ドルの半分以下に引き下げた。IPOの申請は延期となった。
代わりにチェスキーは、コロナ禍で事業を運営するにあたっての原則を改めてリストアップした。決断力を持ち、「歴史の正しい側に」浮上するといった原則だ。
失敗もあった。ゲストがパンデミックの影響で旅行計画の変更を余儀なくされたために、返金不可の予約をキャンセルしたいと言ってきたことを受けて、Airbnbはポリシーを変更して返金を行った。
だが、レンタル売り上げに収入を頼っていた物件のオーナーたちは、これに激怒した。最終的にチェスキーは、決定事項の伝達方法に問題があったと謝罪するはめになった。
(Mike Cohen/The New York Times)

解雇手当は手厚かったが…

Airbnbはただちにマーケティング費用8億ドルの節減を決定。ボーナスを減額し、幹部の給与を6カ月にわたって50%削減することを決定した。フルタイム勤務をしていたフリーランスのスタッフ約490人との契約も打ち切った。
新型コロナウイルスの影響で予約のキャンセルが殺到し、コールセンターも閉鎖されるなか、Airbnbは採用担当者(採用活動も停止した)を含む全従業員に、顧客のサポートに回るよう指示した。一連の処理には何週間もの時間がかかった。
4月には緊急資金援助で10億ドルを調達。さらに10億ドルの借り入れを行った。
そして5月5日の解雇だ。衝撃を和らげるために、Airbnbの解雇手当には給与3カ月分と1年分の医療補助が含まれた。他の多くのスタートアップよりも手厚い条件だ。
チェスキーはこれ以降、Airbnbが中核事業であるホームレンタルにこれまで以上に重点を置く「2度目の創業」に言及している。
今後は海外旅行の予約をする顧客が以前よりも少なくなり、混雑した都市にあまり密集しなくなり、国内旅行や長期滞在が増えるだろうと彼は言う。
現在は、人里離れたロケーションや長期滞在向けの物件に力を入れて、業績の回復に努めている(Friso Gentsch/picture alliance via Getty Images)

「観葉植物」の予算は削らず

大量解雇の2日後、Airbnbのバーチャル会議ソフト「オーディエンス(Awedience)」の質疑応答セッションには多数の質問が寄せられたと、会議に参加した5名の人物は言う。
複数の従業員から、なぜ解雇ではなく自宅待機やより幅広い給与削減などの措置を取らなかったのかという質問があった。ほかにも、なぜ特定のグループが給与削減の対象に選ばれたのか、なぜ会社はオフィス用観葉植物をレンタルするための予算を削ることができなかったのかという質問があった。
チェスキーは、自宅待機や給与削減による対応は“一時的な措置”にすぎず、現在の不安定すぎる状況を乗り切ることはできなかったと説明。解雇は将来の事業戦略に備えた措置だったと述べた。
広報担当者は、会社が景観の美化やそれに関連したサービスに費やしている予算は、わずかなものにすぎないと反論している。
(Christopher Stark/The New York Times)

軽視された「安全保障チーム」

大量解雇のあおりを受けたひとつの部門が、レンタル物件で銃撃や暴行などが起きた際に対処する安全保障チームだ。
2019年の秋には、カリフォルニア州オリンダの契約物件で、パーティー中に銃撃があり、死者が出る事件が発生。これが全国的なニュースになったことを受け、Airbnbはレンタル物件での無許可のパーティーを禁止し、全ての登録物件について、広告どおりの物件であることを再確認する計画を発表した。
しかし、大量解雇から1週間もたたないうちに、安全保障に関わる事案が立て続けに発生したと、事情に詳しい2名の人物は語る。
彼らによれば、Airbnbは解雇した従業員の一部に、一時的に復職して対処に当たるよう要請。規制対応と給与担当のチームについても一時的な復職を要請したという。
チェスキーは従業員とのQ&Aセッションの中で、Airbnbにとっては安全が最優先事項だという過去の声明を改めて強調した。
しかし、これに対して複数の従業員は「安全が優先されたことなどなかった!」などのメッセージを大量に投稿。従業員が会社に公然と不満をぶつける、異例の事態となった。
2019年の銃撃事件を受けて設けられた「安全保障チーム」も解雇の対象になった(Ray Chavez/MediaNews Group/The Mercury News via Getty Images)

「ハラスメント問題」も浮上

その後、元従業員たちのSlackチャンネルの中では、Airbnbが会社の文化を台無しにしていると嘆く声が複数上がった。
6月には、同社を解雇された従業員が『ワイアード』誌に寄稿。Airbnbはパンデミックのさなか、契約スタッフを「際立って冷淡に」扱っており、同社の態度は「偽善的」だという仲間たちの声を紹介した。
これに対し、Airbnbの広報担当は、契約スタッフは「契約スタッフ以上の存在であり、チームメイトであり友人だった」と述べたうえで、彼らには(契約打ち切りに際して)2週間分の給与とその他の補償も提供したと説明している。
ほかにも複数の問題が浮上した。レイオフが実施されたのち、ある元従業員は、女性従業員専用のチャットの中で、在職中に3回セクハラがあったことを告発した。
チャットの履歴によると、この元従業員は人事にセクハラを報告したものの取り合ってもらえず、複数の同僚にも無視されたという。同僚に相手にされなかったことが「一番つらかった」と、この人物は書いている。
Airbnbは、ハラスメントと差別は容認しないとして、全ての申し立てについて調査を行うと述べた。
(Jessica Chou/The New York Times)

「人がつながる場所」を取り戻せるか

チェスキーは、将来に対する楽観的な見方を失ってはいないと語る。
Airbnbでは、車で行ける距離にある場所への予約は増えているし、新サービスである「バーチャル体験」の導入によっても、回復の兆しはあるという。
チェスキーは7月15日午後のバーチャル会議で、従業員に対し、新規株式公開に向けた作業を再開するつもりだと語った。
彼はこの4カ月について「いくつかの意味で精神的にとてもつらかった」と振り返った。今回の危機で彼は、Airbnbが「人と人がつながる場所」というルーツから逸脱してしまったことを認識しており、その過ちを正していくつもりだという。
チェスキーはこう語った。「自分自身に忠実であること。ほかとは違う特別な存在であること。それだけは、われわれが決してなくしてはならないものだ」。