【最先端】ニューノーマルに注目「貼れるディスプレイ」の本気度

2020/8/25
新型コロナウイルスによって人々の生活は一変し、「あたりまえ」の生活が変わりつつある。
例えば「接触」は忌避される傾向にある。
でも、それでは日常は回らない。そんなときはテクノロジーの出番である。
大日本印刷(以下、DNP)はそのテクノロジーで「未来のあたりまえ」を自らつくり出そうとしている。伸縮エレクトロニクスはその一つだ。
果たしてその技術とは?

伸縮エレクトロニクスの技術とは?

──「非接触」が一つのキーワードとなる「withコロナ」において、DNPが独自の印刷技術を応用して開発した「伸縮エレクトロニクス」は、「触れずとも見える」ものとして注目が集まっています。
前田博己(以下、前田) はい。「伸縮エレクトロニクス」で、伸び縮みするシート状のディスプレイを作りました。とても薄く、皮膚に貼りつけて使えて、メッセージや動画を映し出すことができる。
これを使えば、例えば離れていてもその人の情報(バイタルデータなど)を目視できますし、情報伝達のツールとして「がんばれ!」といったメッセージを送ることができます。
“遠隔コミュニケーション”の需要が非常に大きいwithコロナ時代におけるニーズに合うと思っています。
──これまでこうした商品は「ウェアラブルデバイス」として時計などが代表的でした。
前田 その点で、肌に直接貼れる、薄いという特徴が大きく違います。時計のように、ときに重たく邪魔に感じるようなこともありません。
鈴木啓太(以下、鈴木) (手に取って)すごいですね、これ。
──伸縮エレクトロニクスはセンサーを搭載することで、バイタルデータを取得することもできるそうですね。サッカーではリアルタイムのデータが取得できるグローバル・ポジショニング・システム、いわゆるGPS(全地球測位システム)デバイスが有名です。鈴木さんは身体的に邪魔だなと感じることはありましたか。
鈴木 今は改良されつつあると思いますが、私が現役の頃はボールが当たったり、人と接触したりすると取れてしまうということがありました。
こうしたデジタルウェアラブルデバイスは、近年スポーツ界においてもすごく活用されてきています。トラッキングデータがリアルタイムで取れるので、スポーツ界とも非常に相性がいい気がします。
前田 そうなんです。この製品を作るときにもっとも意識したことがあります。それは電子回路基板をいかにいろんな曲面に自由に貼り付けることができるか。
今、世の中にある電子回路基板は硬い板状か、曲げることまではできるフィルム状のもので、身体にピッタリと貼ることはできません。それこそ、接触などの衝撃に弱い。直接身体に貼ることができる伸縮性を持つことで、その点はある程度クリアできています。
鈴木 貼ってみてもいいですか。
前田 どうぞ。貼っていることが負担にならず、着け心地がいいこと、そして我々がもともと持っている印刷技術を応用して、壊れにくくすることを意識しています。いかに折れないか工夫して作り、実現できたと自負しています。
──技術的に言うと、アコーディオンのように「電極が折り畳まれている」と聞きました。
鈴木 折り畳むとは?
前田 伸縮性を担保しようとしても、もとが金属の電極なので、細かく畳むと折れ曲がってプツッと切れてしまいます。でも、マイルドな曲がり方であれば切れない。この緩やかな形でキレイに畳むという技術は、我々の特許なんです(※)。
※DNPが独自開発した伸縮性ハイブリッド電子実装技術。アコーディオンのようにゴム基板上で電極が折り畳まれて格納される。
鈴木 すごい。確かに、折り曲げても光ったままですね。
前田 これまでも似たような、伸び縮みしたり皮膚に貼れたりするディスプレイの研究例はありました。でも、クシャクシャになったときにすぐ切れてしまうものばかりで、現実的に使えるものがなかった。すぐに壊れてしまっては製品にならないですから。
そこで東京大学の染谷隆夫先生と共同研究を始めるにあたって、「壊れないようにするにはどうすればいいか」というお題でディスカッションを重ねて、今の形に行き着いた。
こう言うと簡単ですが、実際にうまくいくまで、何クッションもあったわけなんですが……。
鈴木 構想から完成するまで、どのくらいの時間がかかったんですか?
前田 基本的なところは1、2カ月でできました。
鈴木 えっ! そんなに短いんですか?
前田 アイデアが出たら動き出すのは早いんです。
鈴木 DNPさんがもともと持っている技術が多岐にわたるからできるんでしょうね。
前田 それはあると思います。とはいえ、本当に実用に耐えられるのかといった実験には時間がかかりましたね。これ、百万回繰り返し伸ばしても劣化しないんです。
鈴木 百万回!? どのくらい伸びるんですか?
前田 45パーセント伸縮させても大丈夫です。人の身体に貼れて、実用化に必要な百万回の伸び縮みに耐えられるという前提で考えると、30%の伸縮性があればいいということもわかっています。あとこれ、洗濯もできます。
鈴木 ドラえもんのような世界ですね。
前田 商品として使えなければ意味がないですから、そこはこだわりました。貼れるし、伸縮しても壊れないけど、数回しか使えないのでは意味がありませんから。
先ほどお話が出たように、コロナ禍によって世界の在り方が変わりました。
触れたくても触れられない、行きたくても行けないというシチュエーションで、離れていながらも、近くにいて触れているようなヴァーチャル感覚を持てるという需要は大きくなる。
これまではそのために煩雑な機械を身に着けなければいけませんでしたが、伸縮エレクトロニクスは簡便なウェアの装着でそれを可能にします。一見なんの変哲もないように見えますが(笑)、「最先端のエレクトロニクス」が詰まっているんです。

イノベーションのきっかけと可能性が拡がるサービス展開

──鈴木さんが取り組んでいる腸内フローラの研究(※)も、これまでクローズアップされていなかった“アスリートの便”に着目されたことがポイントでした。
※鈴木さんは理想の腸内フローラを研究する会社「AuB」を設立。27競技500人以上のアスリートから得た1000検体以上のデータを元に29種類の菌を独自配合し、“アスリート菌”ミックスというサプリメントを開発した。
鈴木 僕が研究している分野は、身体のコンディションと密接に結びついています。アスリートの日常は、練習して疲労を回復させての繰り返しですが、その中で「食事」が身になる選手と、ならない選手がいるんですね。
同じものを食べているのに、人によって吸収量が違うのはなんでだろう? と。この「なんで?」という思いがきっかけで、アスリートの便を調べてみたいと思って起業しました。
その理由が腸内細菌にあると最近の研究で分かってきて、これはアスリート以外の人にも役立つのではないか、と。
DNPさんは、そもそも、伸縮エレクトロニクスに搭載されている技術をどのようなきっかけで思いついたんですか?
前田 我々も、そもそも「なんで?」というところからスタートしました。本当だったらこういう形にしたいのに、そうならなくて、どうして壊れてしまうのか?
世の中にあるものは、どこが具合が悪いのか。そういう部分を直していったという感じですね。
鈴木 そうですよね。「なんで?」ってイノベーションにおいてすごく重要だと思います。そこから突き詰めていくと、発見が生まれる。
僕らは今、サプリメントも販売しています。「伸縮エレクトロニクス」はどんなサービスに使われていく予定ですか?
前田 まず、人の身体の動きを細かくモニタリングすることに使えるのではないかと考えています。
今、世の中にあるウェアラブルデバイスは、センサーが1個だけしかないんですね。でも、この伸縮エレクトロニクスは、細かな電極パターンの回路を工夫し、小さなセンサーをたくさん詰め込めるようにもできるので、身体の細かい動きを拾うことができるんです。
例えば、ヘルスケアの分野では心拍や体温、酸素飽和度を同時にセンシングするデバイスが作れるようになります。
スポーツ分野では、身体の動きや力の入り方をデータ化して蓄積することで、理想の動きに近づくトレーニングの効果を向上させることができます。また、不適切な動作が原因となる身体の故障を未然に防ぐことができるかもしれません。
伸縮エレクトロニクスなら、人の動きから得られるデータをネットで飛ばしてクラウド化して、そのデータをスマートフォンと連動させることも技術的には可能です。
スマートフォンではなく、シンプルなアイコンを身体や衣服の表面に表示させることもできます。
鈴木 サッカーでも使えそうですね。
前田 例えば、ゴールを決めた選手のコスチュームを光り輝かせるなんていかがでしょうか?
鈴木 なるほど! 今ふと思いついたんですが、マラソン選手とかが、スポンサー広告スペースとして着けたりするのも面白いなと思いました。
皮膚と同一化できるのがいいですし、発色がすごくキレイですし。
前田 そういうご意見は本当に貴重です。ここで使っているLEDは自ら発光する点が特徴なんですが、ゆえに色をつけたりもできるんです。服に貼ってもキレイに光ります。時間ごとに違うコンテンツを流したりすることもできます。
鈴木 スタジアムにあるLED看板や、人にも応用できそうですね。これは肌じゃなくても車体とかでも大丈夫ですか?
前田 どこでも貼り付けることが可能です。ゼッケン代わりにもなります。厚みはわずか1ミリですから邪魔になりません。
鈴木 可能性が拡がりますよね。
前田 まだまだこれからなんですが……あれもこれもできると思います。
鈴木 あとはコストが気になるな……。
──コラボレーションしようとしていませんか(笑)?
鈴木 はははは。ばれました? すごく可能性があって、いくつか頭に浮かんできています。実際、コスト面ではどうなんですか?
前田 最終的にある程度大量生産できればコストを抑えることができますから、そこを見据えています。耐久性の話題でも触れましたが、「使えるもの」でなければ意味がないと思っています。
鈴木 実用化はいつですか?
前田 試験段階まで来ていて、まもなく始めようというところです。
鈴木 商品化されるのがいまから楽しみですね。

“掛け合わせ”で生まれるイノベーションマインド

──この伸縮エレクトロニクスの技術ひとつとっても、“印刷”で培ったDNPの技術があらゆるところで応用されているんですね。
鈴木 そこも聞きたかったんです。今回、対談のお話をいただいたとき、「えっ、どうしてDNPさんが作ったの!?」 と驚きましたから。このような素晴らしい技術を印刷会社さんが開発されているとは、世間の人たちは思わないですよね。
前田  いつもみなさんから、「なんで印刷会社がこんなことを!」と思われるんですが(笑)、「伸縮エレクトロニクス」にはDNPが持つ印刷と情報の技術がふんだんに使われています。
もともと本の印刷では、印刷するための版(ハンコのようなもの)をつくる「製版」という工程があります。ここでは、金属や樹脂の基板に非常に微細な加工をしていく技術が必要でした。
この技術を応用・発展させて、DNPでは、電子回路の製造に使う部品などを以前から提供しています。
当初はガラス上に電子部品を作っていましたが、素材をガラスからフィルムに移行させて、フィルム上に電子回路を作ろうということになりました。あまり細かくは言えないのですが、印刷技術の応用で、特別な層の構造を作ることができるんです。
「印刷ってなんだろう」と考えたとき、紙の上に情報を載せるという意味では、我々は情報加工の会社とも言えます。例えば、人の身体から取れたデータをビジネスに活かすというのも、これからの印刷会社が達成できるところなんじゃないかなと思っています。
鈴木 思ってもいないところから新しい技術が出てくるというのが面白いですよね。
今は生活していくうえで、モノがあふれている時代じゃないですか。だからこそ世の中で新たに出てくる課題に対して、そういった「すでにある技術」を活かすことでイノベーションが生まれてくるんでしょうね。
──印刷と情報の強みがタネになっている。それを新しい未来のテクノロジーにつなげていく。「未来のあたりまえをつくる。」はDNPのブランドステートメントですが、それこそが目指しているところでもありますか?
前田 その通りです。我々が持っている技術が、社内と社外との技術の“掛け合わせ”によって姿形を変えながら、このように新たな技術へとつながっているんです。
鈴木 スポーツの世界もそうです。根本的なところで言えば、元々スポーツは健康になるためとか地域の人が楽しむためのものなんです。僕たちアスリートの場合、自分のためだけにやってきている。オリンピックに行きたいとかプロ選手になりたいとか。
でも、最初のタネというのは、お父さんとかお母さん、コーチたちに「すごい!」と喜んでもらえたところなんです。
それからお金を稼げると分かってプロを目指したり、自分を応援してくれる人に対してプレーしたりして、最終的には自分が積み重ねてきた資産を活かして、世の中の人たちにどのように貢献できるんだろうと考えるようになっていくんです。
前田 なるほど。
鈴木 そういうふうにして、共存共栄してイノベーションを起こしていく。だからスポーツは、日本では企業スポーツからプロスポーツへと移行してきた。
ここからさらに高みに行くためには、プロのアスリートたちや、そうやって頑張ってきた人たちがどれだけ世の中に貢献できるかにかかっていると思うんです。
僭越ながら、印刷会社さんもきっとそうなんじゃないかと。印刷というものが拡がったけど、さらに次のステップとして「人の役に立つものはなんだろう?」と考えた結果として、こういう新しい技術になって現れたわけですよね?
前田 我々はつねに世の中のニーズに合ったものを作ってきました。ただ、スタンスとして黒子に徹してきたところがある。それをベースにしつつも、今後はもっと能動的に活動を表現していく部分を増やしていってもいいんじゃないか、と考えています。
鈴木 今、社会の中でどんどんハイブリッドな形が生まれてきています。それは求められているからこそ、そういう形になっていく。だから昔スタンダードだったものは、これからスタンダードではなくなる。けれども、タネはスタンダードとしてあり続けるわけじゃないですか。でも変化していく。
僕のサッカーに対する考え方もそうなんです。
日本は島国で、情報が外から入りにくかった。サッカーもそうでした。僕が小さい頃は情報が少なかったので、ディエゴ・マラドーナという選手のビデオテープを買って、擦り切れるまでひとつのプレーを見続けていました。
でも、今はグローバルに情報が取れるようになって、いろんな試合や選手の映像が見られる。情報がたくさんあるからイマジネーションのカタチが変わってきています。
そうしたなかで今後、自分たちの強みを活かしたものとグローバルな情報とを、どうやって掛け合わせることができるんだろうと。
元日本代表監督のイビチャ・オシムさんもそういうことを言っていました。日本人らしさとはなんだ? と。もしかしたら、こういうハイブリッドな技術というのが、日本人らしさなのかもしれないですよね。
この技術はどう活かせるのか──。やはり、そこだけを単独で考えていたら難しいかもしれないので、“掛け合わせ”を考えるのは面白いですよね。
前田 私は有機エレクトロニクスという“夢の領域”で仕事をしてきましたが、それはまだ世の中に実用化できていないんです。
ここからまだ10年以上かかりますが、それが実用化するとすべてのものが印刷の応用で作れる電子デバイスができ上がってくると思います。
鈴木 すべてのものが印刷の応用でできるようになるんですか?
前田 はい。光るものから電極の配線まで、すべて印刷の応用で作れるような世界が十数年後くらいには来るだろうと思っています。今は、そうした未来への、ひとつの通過点にあります。これからもいろんなことができてくるはずですので、どんどん作り上げていきたいと思います。
鈴木 印刷技術というのは本当にすごいですね。
前田 我々の会社には、「P&I」、印刷(Printing)と情報(Information)のいろいろな技術がありますが、印刷の加工技術を大きく括ってパターニング技術(※)と捉えるようにしています。
私はパターニング製品開発の責任者として、アラカルトであらゆる技術を駆使して、こっちとこっちの技術を掛け合わせたらこういうことができるよねといったことをしています。先ほどのお話にもありましたが、まさに掛け合わせでやりましょうという話なんです。
※ここでいうパターニング技術とは、印刷の製版工程で用いられる文字・写真・イラストなどの版画像を作る技術から派生した微細加工技術を指す。
鈴木 僕たちがやっている腸内細菌の研究にしても、結局、そこに血液とか遺伝子とか、いろんなものが掛け合わさってきます。
やはり、ひとつの部署、ひとつの領域だけではイノベーションは起きないんです。だから、コンソーシアムみたいなものを作って、よくアカデミアの人たちと一緒に研究させてもらっています。ひとつのことを突き詰めて何か成果物を出したけど、これってどうやって使うの? みたいなことが結構多い。
社会にきちんと還元できるものにするためには、いろんな英知が横軸・縦軸で必要なんですよね。
前田 尖った技術が埋もれている可能性がありますから。いろんなアイデアの良さが大事だということですね。
(執筆:小須田泰ニ 編集:黒田俊 デザイン:松嶋こよみ 撮影:杉田裕一)