【独占】「強化助成金だけに頼れない」協会運営の実態と東京五輪

2020/8/6
延期された「東京2020」はちょうど1年後に開催予定だが、新型コロナウイルスへの対策だけでなく、増大するコストなど問題は山積している。
しかし、大変なのはこうした運営サイドだけではない。参加するアスリートを束ねる国内競技連盟(NF)も厳しい運営に直面している。具体的にどんな問題に直面し、どう乗り越えようとしているのか。
2017年の会長就任以来、収益アップや観客増に成功し、注目を集める日本フェンシング協会の太田雄貴会長に訊いた。
太田雄貴(おおた・ゆうき)国際フェンシング連盟副会長、公益社団法人 日本フェンシング協会会長。1985年生まれ。2008年北京五輪で日本人フェンシング選手として史上初の銀メダルを獲得(フルーレ個人)。12年ロンドン五輪のフルーレ団体で銀メダル、15年世界選手権で同個人金メダル。16年に現役引退し、翌年8月、日本フェンシング協会会長就任。現在は国際フェンシング連盟副会長、日本オリンピック委員 オリンピック・ムーブメント専門部会副部長なども務める。

メダリストがUber Eatsで働く状況

──コロナ禍でフェンシング界は強化、運営面でどんな影響を受けていますか。
太田雄貴(以下、太田) 選手や現場は大混乱です。本来行われていたはずの2020年夏(オリンピック)で一区切りをつけようとした選手も当然いました。コーチたちも然りです。
関係しているすべての人たちの人生の予定が大きく狂ってしまいました。
試合ができないことはもとより、練習もできません。スポーツ選手から練習を取り上げるのは、企業人から仕事を取り上げるようなものです。限られた場所やリソースの中で、「ステイホーム(STAY HOME)」しつつ、発信やトレーニングをして、最低限の体調維持をする状況だったと思います。
フェンシング協会の運営について言うと、スポンサー各社との契約は4月から翌年3月の期間で結んでいます。
コロナの影響を大きく受けない会社さんもありましたが、大きな影響を受けた会社さんも当然あります。そういった会社さんとは、「複数年で物事を見ながらやっていきましょう」と話しました。
事業面では、全日本フェンシング選手権(2020年9月26日決勝開催)を柱にしていこうとしていたなか、その前提が崩壊してしまいました(※1)。
※1 観戦体験の向上を謳い、「集客」力に注力し成功を収めてきた
昨年は渋谷公会堂(LINE CUBE SHIBUYA)で2daysを成功させて、これからブラッシュアップして収益性の高いものにしていけば、選手たちの強化費に回していけるというメドが立ってきた最中でのことです。
コロナ禍はスポーツ業界にとって、マネタイズが非常に難しいという気がしていますね。
──全日本選手権で収益を増やすことが難しくなった一方、オリンピックの延期で強化費など出ていくお金は増えていますか。
太田 出ていくお金(固定費)は人件費です。コーチたちの人件費がすごく高止まりしています。
JOC(日本オリンピック委員会)や公的機関からの助成金、いわゆる「強化助成金」と呼ばれるものはオリンピック(の2020年7月開催)を前提に進められていましたコロナショックで大きいのは、オリンピックが延期されたことで強化助成金も縮小していることです。
すなわちJOCの強化助成金だけに頼れないというか、それ以外のお金もさらにアドオンで持ってこないといけません。
──そうしたなか、ロンドン五輪に出場し銀メダルを獲得した(男子フルーレ団体)三宅諒選手が競技費用を捻出するためUber Eatsで働いたことが話題になりました。「週刊新潮」(2020年6月11日号)によると「昨年7月の世界選手権後、日本代表選手の遠征費用が全額自腹に」という報道がありましたが、本当の話ですか。
太田 報道については少し語弊がありますが、選手たちに協会の財政状況を事前にしっかり開示すべきでした。我々としてもかなり反省しています(後に公開されたフェンシング協会の財政状況はこちら)。
そもそも、北京オリンピック(2008年)のときは男女フルーレのたった2種目に(強化費の)予算をすべて注ぎ込んで、残りの4種目は「泣いてください」という状況でした。僕が会長になる前の話ですが、それからの10年間で、協会の方針として全6種目を強化するように変わっていきました。
強化費を6種目に対して使うので、結果を出している種目と出していない種目では、強化費の当て方が変わってくることも大きなポイントでした。
さらに4人の外国人コーチを雇用し、その人件費を先に投資していて、選手たちの遠征費に回り切らない部分もありました。
コーチへの投資には、2019年の世界選手権でメダルを獲るとJOCから強化助成金がさらに増額される、という背景がありました。
言ってしまえば、「(同年の世界選手権で)選手がメダルを獲れなかったから、強化助成金を取れなかった」という言い方もできてしまいます。当然、メダルを獲れる前提で進めていた強化本部にも責任はあります。
ただし誰かが無駄金を使ったとか、無駄に遠征に行きすぎたということではありません。
オリンピックの選考は「前半戦がほぼすべて」と言っていいくらい、(2019年)4~7月の4カ月で出場選手の構成がだいたい決まってきます。そう考えると、以降の遠征に関して協会としてやれることは当然やるけれども、より勝てる確率の高い種目や選手に予算が優先的に回っていきます。
(三宅選手と同じ)男子フルーレでも、ランキング上位の選手には遠征費が回っているという状況もあります。
──フェンシングの日本代表選手にとって、遠征費を一部でも自己負担するのは普通の話なのですか。
太田 考え方次第です。
今、フェンシングでは1種目あたり12人の日本代表選手が海外遠征に行けます。12人にプラスしてコーチを3人連れていくと、合計15人です。これが年間8試合。さらにアジア選手権、世界選手権があるので、下手をすればサッカーの日本代表より遠征数が多くなります。
これが6種目あるので、72人にコーチをプラスした合計90人が世界中を遠征すると、遠征費だけで3億円を超えてきます。
そこを、例えば各種目で2~4人しか日本代表として認めなければ、予算は圧縮できます。一方で、自腹でも遠征に行きたいという選手たちがいます。島国に生まれ育った選手は、外国人と剣を合わせる機会がないからです。
ここを協会としてどう考えていくか。
協会の財源は決まっています。例えば、「各種目、2人ずつしか遠征に行かせてあげられない。この2人以外は自己負担になるけど、それでも遠征に行きますか」ということが事前にわかっていれば、選手たちもその上で自分のスポンサーさんや所属先さんと、遠征にどれだけ行くかを協議できたと思います。
この事前説明を協会が尽くせていませんでした。選手たちからすると、「この遠征はタダで行けたのに、この遠征はめちゃめちゃ高かった」という不確定要素が、心理的な負担になってしまったと思います。
──日本のフェンシングの競技人口は6000人で、日本代表は72人います。比較的高確率で日本代表に選ばれる状況のなか、強化や運営について「今のやり方を変えていかないといけない」と話していましたが、具体的にはどのようなイメージですか。