新着Pick
384Picks
Pick に失敗しました

人気 Picker
難しい話です。
「医師免許」とは、「医療という目的の下に、人の身体にメスを入れ、毒になりうる薬を投与することを”免じて””許される”」資格です。
日本で医師として、国家資格を持って働くには、医師免許の根拠となる医師法に準拠することが求められます。そして今の医師法では、このような手段を用いて「患者の命を集結させる」ことは認められていません。
国から与えられた免許の範疇で働く限り、これは破ってはならない掟です。故にこの件に関して、まずこれらの医師が行った事は正当化できません。どんな理由であろうと法を犯し、裁かれるべき事案です。

しかし、この問題はもっと議論されるべきなのも事実です。
世の中にはさまざまな病気と戦う方がおられます。長寿社会になりありふれてきたがん、他にも神経・リウマチ・血液分野を中心に様々な、長期の闘病を要する疾患があります。
その多くは「原因不明」であり、予防法もありません。本人のみならず、介護する家族への負担も大きく、この様な難病と共に生きるというのは非常に大変なことだと思います。
いつか迫る死期を明瞭に意識しながら、不自由な生活をすることは相当の苦しみでしょう。

もしあなたが、この様な方に対して積極的安楽死=意図的に死期を早める様な行為を行うこと、を良とするのであれば、是非下の問いについて考えてください。

「うつ病の患者の自殺願望に対し、安楽死させることは良いか」

うつ病も疾患です。身体の問題はないですが、精神の、かつ長期の闘病を要する疾患です。
身体疾患での積極的安楽死が許容されるなら、精神疾患は駄目なのでしょうか。

私も答えを持っているわけではありません。しかし、これが認められれば、世の中には多くの安楽死志望者が出るかもしれません。自ら命の終わりを決めやすい社会、とも言えるでしょう。

医療分野において、明確な線引きというのは実に難しいのです。この案件は確かに積極的安楽死が肯定されやすいかもしれませんが、その印象のみで、安楽死全般について考えるのはなかなか難しいと思います。
ALSは、意識はそのままに、全身の筋肉が徐々に動かなくなっていく疾患で、
『閉じ込め症候群』とも呼ばれ、
その苦痛は想像してもしきれないものと思います。

安楽死を望む患者さんがいはることも事実ですが、
その是非やほう助の是非については簡単に議論できることではありません。

また、この件については、主治医でもなく、全く別の地域の医者が、ということで、詳細の続報を待ちたいと思います。
この事件で「患者の気持ちに寄り添った医師の使命感」などと安易に繋げる意見が出ることを懸念します。
現時点の報道の限りでは、オランダやベルギーなど安楽死が認められている国であっても刑事責任を問われるケースです。
最後は自分で息も出来なくなるALSは、徐々に動かなくなる恐怖と絶望は、想像を絶するとアメリカのALS患者の会のセミナーで聞きました。

今回の事件は、この2人の医師が主治医ではないこと、ご本人の病状が死に迫ってはいなかったこと、一方で、ご本人の明確な依頼があったとのこと。

以前、NHKでドキュメンタリー番組をやっていたスイスでの安楽死を選んだ女性のことを思い出しました。

http://www.saitamakinen-h.or.jp/news_head/nhk%E3%82%B9%E3%83%9A%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%81%AF%E8%A1%9D%E6%92%83%E3%81%A7%E3%81%97%E3%81%9F/

健康寿命と平均寿命に10年近く差がある日本にとっては、高齢化社会のコストは身近な問題です。
単に、この医師を裁くのではなく、私達は社会問題を提起されたものと受け止めています。
本当に辛くて難しい問題だと思います。
ALSという身体的ロックがかかれど意識も意思も明確にある病気の特性を考えると堪らない。
難病に罹患された方の尊厳死はよく取り上げられるが、
一方で罹患されてもなお、新薬開発を期待し希望をつないでいる方、仕事を通じて社会課題に取り組まれいているかたも多い現実もある。
難しくとも治ると可能性にかけたい、病気に人生を支配されたくないという難病罹患者の意思も尊重する社会でありたい。
ALSの患者さんが抱える苦悩は想像を絶するものがありますが、一方で今回の件を安楽死の議論へつなげるのはどうかと思います。

記事にあるように「患者に死期が迫っていないうえ、SNSで依頼を受けた医師が苦痛の緩和を尽くしたともみられず、海外の一部の国が厳しい条件を設けたうえで認めている『安楽死』とも大きくかけ離れた行為だ。」というのがもっともな意見だと感じます。
中山七里著「ドクターデスの遺産」のような事件で、大変驚きました。

東海大学病院事件で裁判所が示した

死期が迫っていること、
耐え難い苦痛があること、
治療を尽くしていること、
患者本人の明確な意思表示があること、

の4つの要件を充たすようなケースは現実的には滅多にないでしょう。

そもそも「耐えがたい苦痛」に苦しんでいる患者の意思表示が明確だったと判断するのはいささか矛盾があります。

通常は、「耐えがたい苦痛」のため、正常な判断ができなかったと認定しますから。

人間には「自己決定権」があります(憲法上には明記されていませんが)。

どのような職業に就くかとか誰と結婚するか・・・その他、他者に迷惑をかけない限り、自分自身のことを自分で決定する権利です。

その証左として、自殺は犯罪とされていません。
(他人の自殺に関与すれば犯罪になりますが・・・)

個人的には積極的安楽死も制度化して認めるべきだと思いますが、本件は主治医でも何でもない「安楽死請負人」のような所業です。

しかし、よく薬物が見つかりましたね~。
変死として司法解剖に回されたのでしょうか?

日本では解剖を行うケースた他の先進国に比べてきわめて少ないので、本件は氷山の一角かもしれません。
今まで請け負った案件が「病死」で処理されたので、安心していた???
自分が難病にかかったり、生きていることが苦痛で死にたいのにもかかわらず自分の主治医が自殺を認めてくれず、絶望の中で生き続けなければならないという状況だとしたら、この2人の医師は天使のように思えたでしょう。他人事でなく自分の身にふりかかったことを想像したとき、皆さんはどう判断するでしょう。法律を守るという理由だけで、絶望の真っ暗闇の中で生きていく方がいいと思えますか?その絶望から救ってくれた人を罰したいと思いますか?
殺害?救済だったかもしれないじゃない。
医者の仕事ってなんなんでしょう?ただ単に「呼吸と心臓が動いている状態を維持」することじゃないよね?いい加減、尊厳死や安楽死について真剣に考えるべきだと思う。
昔読んだブラックジャックに出てくるドクター・キリコを思い出しました。難しい問題です。患者さんの苦しみはどれほどのものだったでしょう。一定の条件の下での安楽死は認めてもいいのではないかと僕は思います。

ところでこの記事が素晴らしい。ただ事件について書くだけではなく、病気のこと、過去の判例、介護の問題、海外の例などを丁寧に紹介して、読者に深く考える機会を与えている。さすがNHK。
日本放送協会(にっぽんほうそうきょうかい、英称:Japan Broadcasting Corporation)は、日本の公共放送を担う事業者。よく誤解されるが国営放送ではない。日本の放送法(昭和25年法律第132号)に基づいて設立された放送事業を行う特殊法人。総務省(旧・郵政省)が所管する外郭団体である。 ウィキペディア