2020/7/26

【言葉に学ぶ】名経営者たちが「利益」より大切にするもの

一橋大学ビジネススクール客員教授
教養を身につけたいけれども、忙しすぎて学ぶ時間が取れない。一方で、日々のニュースだけでは、体系的な知識を得られない──。

そんなビジネスパーソンに向けて、NewsPicks編集部が月ごとにテーマを設定し、専門家による解説をお届けする新企画「プロピッカー新書」。毎週末に記事を掲載し、計4本で「新書1冊分の知識」が身につくはずだ。

今月のテーマは「SDGs」。一橋大学大学院特任教授の名和高司氏が講師役を務める。ファーストリテイリング、味の素などの社外取締役としても活躍する現役経営者の考察をお届けする。

「搾取ビジネス」はこりごり

かつての若者は、一攫千金を夢見て起業したり、高所得企業に勤めて富を築くことを目指したりしました。
しかし最近では、クールとされる若者ほど富を築くことではなく社会貢献を志す傾向があります。
私が講義を受け持つ一橋大学ビジネススクール国際企業戦略研究科は学生の8割以上が外国人で、様々な国からMBAを取得しに留学に来ています。そして、彼ら彼女らの多くが進路を検討する際に、「社会貢献」を軸にして考えています。
一昔前は、ビジネススクールに来る学生の目的といえば、良くも悪くも「お金儲け」でした。その時代に、私がCSV(Creating Shared Value)の講座を持っていても、受講者は集まらなかったでしょう。
ところが、今のミレニアル世代には、CSVが刺さるようです。
簡単におさらいすると、CSVは社会価値と経済価値を両立する経営戦略です。社会のサステナビリティだけを重視するでもなく、従来の資本主義に基づいた企業利益だけを優先するでもない。
その2つを両立したサステナブルな企業経営のあり方を模索するものです。
前回は、CSV発祥の地である欧州における取り組みを紹介しました。ネスレやユニリーバなど、先端企業はすでに社会価値を生みながら儲けることを意識しています。
ただ、そうした取り組みに対して、「マーケットが停滞している欧州だから持続可能性に目を向けているだけではないか」と疑問を抱かれた方がいるかもしれません。
もちろん、欧州企業にそうした要素があることは否定できません。ただし、CSVの潮流は欧州のみならず、成長著しい新興国でも確実に広まりつつあります。
ミレニアル世代における社会貢献意識の高まりは世界共通で、優秀な学生ほどその傾向が強いように感じます。
中国、インド、スリランカ、フィリピン、マレーシア、ミャンマー…。私の講座を受けるのは、新興国からの留学生がほとんどです。そして彼らは、こう言います。
「ウォール・ストリートではなく自分の国に帰って、社会のためになる仕事をしたい。人から何かを搾取するような会社には勤めたくない」と。
(写真:Spencer Platt /Gettyimages)

世界の課題が「自分ごと」に

なぜそうした現象が起きているのか。利己よりも利他の精神を抱く世代が登場したのか。それはおそらく、インターネットの登場と無関係ではありません。
YouTubeなどの動画やSNSを通して世界とつながることで、世界で今何が起きているかを、すぐに知ることができるようになりました。
それも動画を通して、リアルに伝わってきます。例えば、中国にいながら東日本大震災の動画をみて津波の恐ろしさを実感したり、欧州からアフリカの貧困地域に住む人たちの生活を把握できたりします。
自分が必ずしもその場にいなくても、世界には困っている人たちが沢山いることを知れるようになった。その結果、そうした人たちを助けようと考える若者が増えたのだと推察できます。
そうなると、企業も対応しなければ、優秀な学生を確保できません。社会課題をいかに解決するかという視点でビジネスをしないと、企業の繁栄はないということになってしまいます。
つまり、インターネットが普及したことによって、経済成長にかかわらず企業は社会価値を意識せざるを得なくなったのです。
また、CSVは新興国の方が先進国よりも実行しやすいという特徴があります。そもそもCSVは、社会課題を本業で解決することで、社会価値と経済価値の両立を実現するものでした。
そのため、インフラの未整備や低所得など、社会課題が多い新興国の方が取り組みやすいのです。
先進国企業のように重箱の隅をつつくように社会課題を見つけなくても、新興国ではあらゆるところに問題が山積しています。その課題を正しく解決すれば、おのずとCSVにつながります。
では、どんな取り組みをしている企業があるのか。ここから具体例を紹介していきます。

「ラタン・タタ」という男

この言葉は、ある経営者がホールフーズの共同創業者でCEOのジョン・マッキー氏の著書のために書いたものです。
言葉の主は、ラタン・タタ。
インド三大財閥の1つで、世界各国に100を超す傘下企業を擁する巨大グループの名誉会長です。タタ・グループはインドで発電や航空、通信などをコア事業とし、大国の経済成長を支えるインフラ構築を担ってきました。
タタ一族はゾロアスター教を信仰し、勤勉で社会貢献を重視する教えを忠実に守っていると言われています。