公的統計データなどを基に語られる“事実”は、うのみにしてよいのか? 一般に“常識“と思われていることは、本当に正しいのか? 気鋭のデータサイエンティストがそうした視点で統計データを分析・検証する。結論として示される数字だけではなく、その数字がどのように算出されたかに目を向けて、真実を明らかにしていく。

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 2020年7月16日(くしくも筆者の誕生日)に、東京の新型コロナウイルスの新規感染者数は286人と過去最多を記録しました。全国では622人を記録しましたが、この数は4月11日の720人、4月10日の644人に次ぐ人数です。東京都ではその後、17日には293人と過去最多を更新し、18日も290人となりました。

 この1~2週間、気がついたら「緊急事態宣言解除後過去最多」が繰り返され、あれよあれよという間に新規感染者が増加。新型コロナウイルスの恐ろしさを感じます。

JX通信社「<a href="https://newsdigest.jp/pages/coronavirus/" target="_blank" class="textColRed">新型コロナウイルス 日本国内の最新感染状況マップ・感染者数</a>」
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 ちなみに7月1日時点の累計感染者数は1万8840人ですが、その後15日間で感染者は4763人増えています。逆に7月1日を起点に過去に遡ると、新規感染者が4763人分増えるのに60日余りを要しています(累計感染者数が1万3982人となった4月28日まで遡ります)。7月に入ってからの感染者増の速さがよく分かります。

 これが第2波と言えるのか、そうでないのかは新型コロナウイルス感染症対策分科会が判断を下すとして、日本では収束したかと思われた新型コロナウイルスの感染が再び拡大しているのは間違いないでしょう。改めて事実関係を整理し、4月と7月で何が違って、何が同じなのかを見比べてみたいと思います。

 ただし、新型コロナウイルスの情報を網羅的に整理、把握できているのは、個人はもちろん、報道機関でもかなり少ないのが現状です。その理由は2つあります。

 1つ目。初期から、厚生労働省の発表は岩手県を除く全国46都道府県が発表するデータに対してタイムラグが発生しており、正確性を担保するには各都道府県のWEBサイトを1つ1つ確認しないといけないからです。しかも感染者が初めて確認された20年1月15日から既に半年以上が経過し、チェックすべき情報は膨大で、かなりのリソースを投入しなければ「正確」なデータは手に入りません。

 2つ目。新型コロナウイルスは、陰性になった後に再び陽性と診断される患者の数が一定数います。いわゆる「再陽性」を新規感染者としてカウントするのと、カウントしないのとではデータがぶれてきます。前者は「延べ感染者数」となります。問題は、この再陽性者を別々にカウントするか、同一の感染者とするかは各自治体によって異なることです。このため、実態を把握するには、相当の手間がかかります。場合によっては自治体に電話しなければ詳細が分からない場合もあります。

 私の所属するJX通信社では、かなり早い時期から正確な都道府県単位の感染者数と、感染が報告された場所の情報を収集してきました(情報はWebのNewsDigestや、アプリ版NewsDigestで確認できます)。そこで今回は、この情報を基に事実関係を整理したいと思います。

感染者の傾向に違いはあるか?

 今や「夜の街クラスター」という言葉が定着しつつありますが、そこで注目されたのは7月の感染者の年齢層が20~30代と低いことでした。4月と7月で感染者の年代に違いはあるのでしょうか。調べてみました。

 4月の1カ月間で新規感染者数が400人を超えた東京都、大阪府、神奈川県、埼玉県、千葉県、福岡県、北海道、兵庫県を対象に年代別内訳を見てみました。ただし各都道府県の発表のうち年代非公表のデータは除外しました。

4月に発表された感染者数の年代別内訳
4月に発表された感染者数の年代別内訳
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 4月の段階ではどの都道府県でもだいたい半分が50代以上だと分かります。20代以下はおよそ15〜20%で、4月における感染拡大は中高年~高齢者が相対的に多かったと分かります。

 続いて同じ都道府県で7月1~16日の16日間に発表された新規感染者数の年代別内訳を見てみましょう。4月と同じく、各都道府県の発表のうち年代非公表のデータについては除外しました。

7月に発表された感染者数の年代別内訳
7月に発表された感染者数の年代別内訳
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 福岡県、兵庫県、北海道のデータは感染者が100人未満なので参考値として見るべきかもしれませんが、残りの都府県は200人を超えており、意味あるデータと見なしてよいでしょう。

 ご覧の通り、今度はほぼ半分が20代以下だと分かります。50代以上はおよそ15~20%で、7月半ばまでの感染拡大は若者が中心だと判断できます。

 「若年層は無症状の場合が多いから大丈夫」といった発言も耳にしますが、若年層を中心とした感染が高齢層にまで拡大したらどうなるかについて、考えを深めてほしいと思います。

 新型コロナウイルスに感染した人のうち、中高年~高齢者の致死率は50代が0.8%、60代が3.7%、70代が12.7%、80代が22.9%と分かっています(7月16日時点)。

新型コロナウイルスによる感染者数、死亡者数、致死率
新型コロナウイルスによる感染者数、死亡者数、致死率
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 7月7日に発覚した新宿シアターモリエールの舞台「THE★JINRO イケメン人狼アイドルは誰だ!!」で発生したクラスターが60人近くまで増えているように、たった1人が感染するだけで爆発的に広がる可能性を秘めているのが新型コロナウイルスです。もし20代の無症状感染者の職場が介護施設だったら? 医療施設だったら?

 20代だから大丈夫、という論理は通用しません。何歳だろうと感染拡大を防ぐ必要があるのです。

クラスターの傾向に違いはあるか?

 20代以下の感染者数が多いことについては「どうせ夜の街クラスターなんだろ?」と思われている方もいらっしゃるでしょうが、確かにそうした一面はあるものの、高校や市役所、病院と既にクラスターは「夜の街」にとどまりません。そうした先入観は「自分は夜の街に行っていないから平気だ」というバイアスを生みます。

 JX通信社は、国や自治体、企業からの自主的な感染者の発表情報を、公益の観点から集約・整理してNewsDigestアプリで公開しています。ちなみに「ネット上の噂」が流れたり、「先行報道」がなされたりしていても、公式の発表がされない限りは集計していないので、かなり正確だと感じています。

NewsDigestアプリ「コロナ・防災」より(7月16日時点)
NewsDigestアプリ「コロナ・防災」より(7月16日時点)
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 登録している施設数は2496、報告された感染者数は7217人を数えます(7月16日時点)。全感染者数の約30%をカバーしていることになります。一般に発表される感染者数は「感染経路不明者」も含まれています。それ以外の経路判明者のうち、発生場所が公開されている感染者の割合は50%程度だと考えています。

 2496施設のうち、複数人の感染者が公表されているのは568施設です。その内訳を4月の1カ月間と7月1~16日までの間に感染が発表された施設で調べてみました。傾向に違いはあるのでしょうか。

施設別感染件数(4月)
内訳 件数
職場(オフィス、事業所、工場など) 120
医療施設(病院など) 117
福祉施設(老人ホーム、障害者支援施設など) 44
公共施設(市役所、警察署など) 26
商業施設(スーパー、百貨店、大型施設など) 23
飲食施設(居酒屋、キャバクラ、ホストクラブなど) 13
児童施設(保育園、幼稚園など) 9
教育施設(小・中学校、高校、大学など) 8
その他 3

 医療施設、福祉施設では100人を超えるクラスターが発生して騒然としましたが、日本全体を見渡してみると発生場所として職場(オフィス、事業所、工場)の件数が最も多いと分かりました。

 飲食店や商業施設への休業要請があったこともあり、これらの施設での新型コロナ対策は注目され、いろいろ報道もされていますが、振り返って職場での対策はどうだったでしょうか。テレワークは人の移動を減らすので、新型コロナ対策としての効果はあったでしょう。

 しかし、通常通りに出社したり、テレワーク下でもやむなく出社せざるを得なかったりした場合、職場内での感染対策は万全でしょうか。仮に「マスクをしている」としても、オフィス内の換気は万全か、キーボードやマウス、電話の受話器、共用で利用するコピー機、そして多くの人が触れるドアノブなどの消毒は十分でしょうか。他の施設と比べて予防が万全かどうかは、読者の皆さんが十分に気づいているかと思います。

注目されてこなかったもう1つの感染場所「職場」

 続いて7月1~16日の16日間で感染発表があった施設の内訳を見てみましょう。

施設別感染件数(7月1~16日)
内訳 件数
職場(オフィス、事業所、工場など) 16
医療施設(病院など) 13
福祉施設(老人ホーム、障害者支援施設など) 1
公共施設(市役所、警察署など) 3
商業施設(スーパー、百貨店、大型施設など) 9
飲食施設(居酒屋、キャバクラ、ホストクラブなど) 6
児童施設(保育園、幼稚園など) 4
教育施設(小・中学校、高校、大学など) 11
その他 1

 いわゆる「夜の街クラスター」の多くは施設を特定した発表がされていないので、それらとは比較できません。ただ、複数人の感染が公表されている施設では、4月と同じく、職場の件数が最も多いと分かりました。また、4月に比べて教育施設の数が相対的に多くなっているのが気になります。

 発表されていない「見えない施設」として、“夜の街”の店が多いのは事実です。しかし公表されている「見えている施設」として、引き続き職場の件数が多いことは、これまで注目されてきたでしょうか?

 緊急事態宣言が解除され、夜の街クラスターが注目を集める中、混み合った電車で通勤し、換気のよくないオフィスの中でマスクもせず仕事をして、手をこまめに除菌することなく1日8時間しっかりと働いたとすれば、「そりゃ、複数人の感染者が出てもおかしくないですよね」と思います。

 いま一度、皆さんに問いたいと思います。テレワークという手段が既に十分発達し、WEB会議が浸透している中、出社しなくても業務が回るのであれば、出社は本当に必要でしょうか。それとも、1日1回オフィスに隠されたスイッチを押さなければならない罰ゲームでも課されているのでしょうか。

 もちろんテレワークになじまない職種や業務もあるでしょう。しかしテレワークでも業務が回るのに、緊急事態宣言の解除後に、もとの業務体制に戻したり、もとの状態に近づけたりした職場も少なくないはずです。とはいえ、飲食店などがやっているほど新型コロナへの対策に気を配ってきたでしょうか。職場ではマスクをするだけで大丈夫なのでしょうか。

 今後の感染拡大を防ぐには、職場環境にも目を向ける必要がありそうです。

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