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米国で進む天然ガス包囲網

6月4日、米国マサチューセッツ州のマウラ・ヒーリー司法長官は、公共事業省に対し、同州が2050年までにゼロエミッションを達成するために天然ガス産業の段階的廃止のありかたについて調査するよう要請した。これにより、マサチューセッツ州はカリフォルニア州、ニューヨーク州に続く、州レベルで天然ガス利用の段階的廃止のプロセスに入った3つ目の州となった。

「2050年ゼロエミッション」というターゲット自体は、既に今年1月にチャーリー・ベイカー州知事が表明している。このターゲットは法的拘束力を持っている。

当然のことながら、ゼロエミッションを達成するためには、発電を再生可能エネルギーに切り替えるだけでなく、暖房や調理等に使われているガスも電気に切り替える必要がある。今回の司法長官の要請は、事業に大きな影響が出るガス事業者の将来について詳細な検討を求めるものとなっている。

要請は2つのフェーズに分かれている。第1フェーズは、炭素制約のある社会における将来のガス需要予測と経済分析、および事業計画をガス会社に対して提出を求めるもので、その為に必要な規制や法改正に関する意見も含まれている。第2フェーズは、消費者保護に焦点をあてたもので、ガス利用の段階的な廃止に向けて低所得者の負担軽減措置を検討するものとしている。

このように、州レベルでガス事業の段階的廃止に向けた具体的な施策が検討されているということは、日本のエネルギー業界の感覚からするとあたかも自治体がガス使用を禁止しようとしている様に見えるので驚くかもしれない。しかも米国は、トランプ大統領の宣言どおり11月9日にパリ協定を正式に離脱する予定で、さらにベイカー州知事は共和党なのである。

日本は、政府として2050年に8割減という目標はあるが、現在は再エネの主力電源化や石炭火力規制の話はあるが、ガスに関しては電力・ガスの自由化による競争のなかでオール電化やガスの有効利用が図られるという段階である。仮に都道府県がガス事業の廃業を前提とした政策を検討すれば大混乱が起きるだろう。

これは日本と米国のエネルギー政策の扱いの違いでもある。実は米国ではエネルギー政策の主な権限は連邦政府にはなく、州政府が持っている。

冒頭でも述べたように、米国では環境派・再生可能エネルギー推進派の多い一部の州で、天然ガス利用の段階的廃止に向けた具体的な政策が進行している。カリフォルニア州では既に州内の31の都市(人口カバー率約9.4%)が天然ガスを使用する新規建築の禁止を決定した。さらに数十都市が追従する計画である。

実は米国は排出量削減大国

米国はトランプ大統領の言動の影響で、気候変動政策に消極的だと思われがちだが、実は世界最大のCO2削減国である。BP統計によると、2007年から2017年までの10年間の米国のCO2削減量は8億4670万トン/年で、2位の英国の5倍以上と断トツ。さらにこの量はドイツ1国の排出量よりも多い。また、世界全体の削減量の約半分を占めていて、皮肉なことに米国のおかげで、排出量の抑制がなされているといってもよい。

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各国のCO2削減量(百万トン/年、BP統計2019より筆者作成)

ただし、この変化は米国の「努力」によるものでも意図的なものでもない。「シェール革命」によって天然ガス価格が下落したことで、石炭火力発電が天然ガス火力との価格競争で勝てなくなり、その結果石炭消費量が半減したことでもたらされたものである。

しかし、そうした「環境によくてコストが安い天然ガス」というイメージにも陰りが見え始めている。近年米国では、天然ガスの生産に伴うメタンガス(温室効果がCO2の25倍と言われている)の大気への漏洩のため、従来考えられていたよりも温暖化問題に貢献していない可能性があるとする研究が数多くなされている。ガス業界は、漏洩対策を施すことで防ぐことができるとしているが、2018年のオハイオ州のガス田事故のように、突発的な事故でメタンガスが大量に放出されてしまうリスクは残る。

また、ロッキーマウンテン研究所のレポートによると、太陽光・風力・電力貯蔵設備の組み合わせによる電力コストは著しく減少しており、既に新設のガス火力発電所とコスト競争できる水準にあると指摘している。そして2035年には殆どの既設のガス火力発電所のコストを下回る。さらに、ガス火力発電所が閉鎖していくと、ガスパイプラインの利用率が低下し、ガス価格はエリアによって30%〜140%の上昇するとの試算も出している。

インフラ事業は規模の経済があるため、拡大期はコストがどんどん下がっていくが、一度縮小期に入ると負のスパイラルになり、思ったより速く転換が進む可能性がある。

シェールガス革命を殆ど単独で推進してきたマーセラス(を含むアパラチアエリア)のシェールガス生産量は、コロナ禍で需要が落ち込む前の2019年11月をピークに減少し始めていた(図)。安い天然ガス価格が長期にわたった上に、生産性向上が頭打ち傾向で、経済性が悪化していたからだ。

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米国シェールガス生産量の推移(EIAデータから筆者作成)

このように、米国では一部地域の気候変動政策による締め付け、再生可能エネルギーのコスト低下に加え、シェールガスの生産量の減少と、天然ガス事業を取り巻く状況が急激に悪化している。これは、コロナ禍に隠れて静かに進行する「シェールガス革命の終わりの始まり」なのかも知れない。

(EPレポートより許可を得て、加筆修正して転載)

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