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わたしも個人的にはGoToキャンペーンには疑義を感じなくもない。しかしなぜいきなり「自分の行動」をすっ飛ばして反対署名だのツイートでのハッシュタグだのにひょいひょいと乗っかるひとびとが多いのか?

GoToキャンペーンへの反対の本質は「旅行によって感染拡大を防ぐ」ということだ。いっぽうでキャンペーンで旅行を「強制」されてるわけじゃないのだから旅行に行く行かないは個々人の意思と判断でもある。

いつも言っていることだがこの世の中を少しでも良くしたければ「いま自分ができること」を粛々と行なうことしかない。大所高所のご高説で政府を政治家を企業を叱ることでないのだ。ましてやこんな署名運動に参加して「何かをやった気になる」ことでもなければどこぞのニュースメディアで「そうだそうだ」と言うことでもない。

この問題について「いま自分ができること」をやる。それはたとえば自分が旅行を控える。それができるか?ということだ。そして家族や友人や同僚に旅行を控えるように言う。それができるか?ということだ。

自分の親に言えるか?身近の親しい友達に言えるか?世話になっている会社の先輩にそれが言えるか?

GoToキャンペーンがあろうとなかろうと出張や旅行に行くひとは行く。GoToキャンペーンは「手段」に過ぎぬ。もしもGoToキャンペーン反対者が本気で心から旅行による感染拡大を懸念するのならばキャンペーンがあろうがなかろうが「いまこの時期の旅行はやめよ」と言わねばならぬ。言えるか?

地方の首長も同じだ。地方の医療体制を案じるならばキャンペーンという手段に異を唱えるのではなく「キャンペーンにかかわらず東京人はいまはうちの地元に物見遊山に来るな」と言わねばならぬ。青森のむつ市長にはむつ市民のためにそれを言う勇気はあるか?江戸の仇は長崎ならぬむつ市ではなく江戸で討て。

自分ではできもせぬことの怯惰と惰弱の言い訳にこういう署名運動やらハッシュタグに乗っかるひとびとを見るにつけ役人も反対運動の首謀者もきっとにんまりしていることだろうといつも思う。