【パリ再起動】1兆6300億円の大規模予算。「モビリティ法」の意義は

2020/7/8

日常を取り戻しつつあるパリ

ロックダウンが解除されて1カ月を過ぎたパリは、徐々に日常を取り戻しつつある。
MaaS事業者Here社の報告では市内の自動車交通量はロックダウン後に倍増、Apple社のデータからも、人々の移動量がロックダウン解除前まで回復しつつあることがうかがえる。
自動車だけではなく、公共交通機関の利用も回復している。他国では公共交通機関利用の回復が停滞している中で、これは特徴的な傾向だ。
フランスでは、公共交通機関利用時にはマスク着用を義務化(罰則あり)し、バスの増便、バス停留所などでの消毒液用装置の設置など、安全対策を徹底してきたことが功を奏しているのであろう。

「グリーン・リカバリー」がカギ

一方でフランスの航空産業は、大きなダメージを受けている。エールフランスは鉄道代替手段のある区間での短距離便の廃止を条件に、フランス政府から70億ユーロ(約8400億円)の融資を受けることになった。
欧州では、Withコロナ時代における復興思想として、「グリーン・リカバリー」が重要なキーワードだ。
この言葉には、パンデミックの経験を契機に温室効果ガスの削減に貢献する投資や事業を加速していくという強力なメッセージが込められている。今後、フランスでは新幹線(フランスではTGVと呼ぶ)が都市間移動の主役となっていくのは確実だろう。

路上駐車スペースが飲食崩壊を救う

パリは、6月2日から屋外に限って飲食を解禁したことで、さらに移動量が増加しているようだ。6月15日からは屋内での飲食も可能となり、全面解禁となっている。
飲食できる空間が屋外に限定された期間があったわけだが、市が認めたエリアでは、路上駐車スペースでのレストラン運営を可能にした。これまで道路にあふれていた駐車車両のための空間を、飲食崩壊を抑止するために利用するという発想だ。
3密を避け、店舗の目の前の公共空間である道路を憩いの空間とし、人々が安心して外出できる環境を行政が先導した形だ。
パリ市長アンヌ・イダルゴ氏のツイート

昨年末にモビリティ法が可決

皆さんは、フランス国民議会が昨年11月にモビリティ法(LOM:loi d’orientation des mobilités)を可決したことをご承知だろうか。
この法律により、今後5年間で134億ユーロ(約1兆6300億円)という大規模な予算を投資し、国家を挙げて地球温暖化への対応、新しい交通産業の育成・競争力の確保の観点から、地域の交通サービスの向上を推進していく。
この法律には、既存の公共交通機関に加えて新しいモビリティサービスのオープンデータを義務化し、MaaSの全国展開を推進していく内容も盛り込まれている。
既にフランスでは、駅と駅を結ぶという伝統的な鉄道事業からドア・ツー・ドアの移動サービスへの移行が加速している。
フランス国鉄(SNCF)では2019年秋から鉄道と配車サービス(Uber(ウーバー)およびBlaBlaCar(ブラブラカー))を一括で予約決済できるサービスを始めた。
今後、都市間の自動運転サービスが登場する可能性は高く、既存路線との競合が予想される鉄道事業者の危機意識は高く、モビリティ法がこれらの政策を加速していくだろう。

地方に権限と財源

モビリティ法では、
1)日常の交通手段に対して多くの投資を行う
2)新しいモビリティサービスを促進し、全てのフランス国民の移動を可能に
3)環境に優しい交通への移行を推進する
という3本の柱が謳われている。
MaaSや新しいモビリティサービスに関する具体的な政策も目白押しだ。フランスでは、ゾーン運賃制が一般的であり、鉄道やバスのオープンデータも進んでいる。
交通産業のデジタリゼーションを加速させ、従来の鉄道やトラム、バスに加えて、Uberのようなオンデマンド交通、シェアリングサービス、自動運転バス、共助型のモビリティサービスなど、新しいモビリティサービスの実施を地域主導で推進していこうとしている。
通勤手当として所得税控除の対象となる交通手段もこれら新しいモビリティサービスまで拡充していく方針だ。
具体的な数値目標も示されており、2050年に陸上交通のカーボンニュートラルを実現、2030年までに温室効果ガスの排出量を37.5%削減、2040年までに化石燃料自動車の販売を禁止するとした。
電気自動車(EV)の充電スポットを2022年までに5倍に増加、バイオガス車両の開発、EVや水素自動車などをタクシーや公共の車両に普及させていく内容も盛り込まれている。
このように、モビリティ法は、フランス国民の移動を保証し、地方が主導で計画から実行までを担える権限と財源が与えられている。自動運転バスをはじめとした新しいモビリティサービスの導入を促進、既存の交通手段と新しいモビリティサービスを統合したMaaSにより、温暖化対策をさらに加速していくという包括的な交通パッケージとなっている。
日本では、MaaS先進国としてフィンランド等北欧のイメージが強いかもしれないが、今後フランスの動向からも目が離せない。