【楠木建×明石ガクト】「文化がモノを言う」時代の競争戦略

2020/7/16
新・電子書籍レーベル「NewsPicks Select」。その第一弾を飾るのが、明石ガクト氏の『動画の世紀 The STORY MAKERS』だ。明石氏がバイブルとする『ストーリーとしての競争戦略』の著者である楠木建氏と、クリエイティブをテーマに語った。
【楠木建×明石ガクト】ストーリーとしてのワンメディア戦略
エルメスの競争戦略
楠木 戦略や競争優位を作ることは、4人のアスリートが100メートルずつを走ってバトンをつなぐ400メートルリレーのようなところがあります。
第3、第4走者が走る頃になるとブランドが確立し、「ワンメディアにしかできない」という独自性が広く認知されるようになりますが、それは後の話で、第1、第2走者が肝心なのです。
ワンメディアも、いきなり今の成功を手にしたわけではありません。戦略を評価するときには時間的な奥行きが大切だと考えています。
楠木建(くすのき・けん)/ 一橋大学大学院国際企業戦略研究科教授
1964年東京都生まれ。89年一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋ビジネススクール教授。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書に『ストーリーとしての競争戦略 優れた戦略の条件』『戦略読書日記』など。
明石 わかりやすい例だと、世界最高のブランドの1つであるエルメスが日本で漫画を出しました。
とても面白い本で、少女コミックの絵柄でエルメスの創業期からどうやって世界的なブランドになっていくのかのストーリーを追っていて、同社のストーリーとしての競争戦略がすべてわかるので、ぜひ読んでみてください 。
エルメスは馬具メーカーから始まりました。馬車の時代から自動車の時代に変わる時、これから馬具が要らなくなったらどうするか。
それまで貴族たちはシルクや布製のパックを使っていたのですが、自動車の時代になると遠距離旅行用のトランクに硬い革製の製品を入れた方がいいと彼らは考えました。
その際、エルメスの当主が「他の革職人だと縫製が雑になるが、うちの職人たちは皮に良い感じでステッチを通すのがどこよりもうまい。だから、あえてステッチ表に見せるような製品を作ったら、それが美しいと評判になる」と考えて、それまで馬具で培ってきた制作能力を旅行用鞄という新しいジャンルに注ぎ込んだのです。
他のメーカーがそういうものを作る前からエルメスは手がけていたから、同社は結果的にブランドになりました。
(写真:iStock/Freedoo)
僕らも同様で、約3000社の映像会社のほとんどがテレビ産業を支え、動画に今のような盛り上がりがなかった2014年から、テレビの仕事は一切やらずに映像の会社をやるというのはほぼ無謀でした。
僕は2018年に『動画2.0』という本を出し、「映像と動画の違い」はこうだと同書に全部書いたのですが、それをテレビ業界の多くの人たちが読んで下さったんですね。
彼らに本を読んだ感想を話してもらう機会があったのですが、偉い役職についている方ほど「自分たちには無理だということがよくわかった」というんですよね。
まさにマイケル・デルの言うところの「バスケットボールと野球の違い」というわけです。
また本を出したことによって『動画2.0』に関する知識や概念が大きく広がりましたが、それをこなせるプレーヤーは、ワンメディアを始めごく一部しかいません。
そこに一気に人が集まってきたことによって裾野が広がり、山の頂点が高くなりました。
楠木 従来の競争の考え方だと、「ワンメディアにやられた」という話になるのですが、先の渋谷のコギャルのファッションリーダーのように、ワンメディアは自分たちの考えに沿って粛々と行動しているだけ。相手の殲滅を目的とするような競争行動を取っていませんね。
それが本当に強いということだと思います 。
『動画2.0』時代の環境決定者になる
明石 むしろ僕が『動画2.0』を書く際に最も意識したのは、同書がこれから社会に出てクリエイティブ産業に関わっていく若い世代に読まれることです。
自分自身の原体験として、僕は2006年頃に就職するにあたり、映像業界に行くのかどうか非常に悩みました。
これからテレビはどんどんシュリンクしていくらしい。
そこで働いている先輩たちは学生の頃にはあんなにキラキラしていたのに、今は皆が徹夜の連続などで疲弊しきっている。
自分はあの環境で本当に働くのか?どうしたらいいのだろう?と思ったのです。
そんな時にちょうど出てきたのがYouTubeです。
(写真:iStock/Anatoliy Sizov)
そこに自分で作った動画などをアップするようになれば、電波とは異なる新しいディストリビューションの力がこの業界に生まれるのではないかと思ったのです。
今、クリエイティブ産業に携わりたいと言う若い世代に、テレビの映像とYouTubeなどの動画のどちらをよく見ているのかと聞くと、後者になってきています。
これから業界を支えていく彼らにとってバイブルになるような本。「これを読んで僕は動画の仕事を始めた」と彼らが言うような本をここで作れたら勝ちではないかと思いました。
いわゆる環境決定者になれますからね。
明石ガクト(あかし・がくと)
ワンメディア代表取締役。1982年静岡生まれ、2006年上智大学卒業。2014年6月、ミレニアル世代をターゲットにした新しい動画表現を追求するべくONE MEDIAを創業。著書に『動画2.0』『動画の世紀』。
実際、「この本を読んで、YouTuber になりました、TikTokerになりました」という話が、出版1年後あたりから結構出てきましたが、彼らときちんとアライアンスを組み、新しい環境を築いていくルールメーカーのような存在になることが、これからの僕らの戦略です。
ABEMAのように、映像と動画を混在させていくスタイルを取るところもありますが、僕らのフィールドとはまた違います。
われわれ自身が競争優位性を保つためにも、常にブランドを作り続け、維持し続ける。そういうフェーズにまで到達したと思いますね。
「3S」を制する者が動画を制す
楠木 面白いですね。戦略のストーリーの起点に明確なコンセプトの定義があって、しかもそれが「映像」ではなくて「動画」だという点が核心だと思います。
「映像と動画の違い」についてもう少しお話しいただけますか?
明石 あえて言うと、原則論としては映像と動画にはそれほど大きな違いはありません。ですが、エッセンスとして特に異なる点を定義しています。
まず1つは、動画はテレビではなくスマートフォンで見るものです。
実際、動画は約9割がスマートフォンで視聴されており、今は動画へのコンタクトの方法が昔とは大きく違っています。
2つ目が情報を得るスピードです。
スマートフォンは画面のサイズがテレビの約10分の1で、画面を見る距離もテレビの10分の1近くになります。
今日こうした距離感の近いスマートフォンで情報を収集するのはみんな早いじゃないですか。その一方で、遠いところにある映像はゆっくり見る感じがします。
このようにメディアとそれを見る人との関係性が大きく異なるので、スマートフォン向けに動画を作る場合は、「速度感」をきわめて早くしなければいけません。
【明石ガクト×三浦崇宏】なぜ今、ストーリーが大事なのか?
3つ目がサイレンスです。
今でこそワイヤレスイヤホンがありますが、当時はなかったので、みんなスマートフォンをほとんど音なしで見ていました。音声がオフでも対応できるクリエイティブをあえて動画と言っています。
このように、スマートフォン、スピード、サイレンスの「3S」を兼ね備えているのが動画だと僕は定義しています。
楠木 明石さんのコンセプトが優れているのは、第1に人間についての洞察が深いところです。
制作物のスペックを云々する前に、制作物を使う側に立って距離が近いとか遠いとか、スピードがどうかとか、観る側が何を感じるのかという洞察からコンセプトが組み立てられています。
2つ目は、価値中立的な言葉で表現しているということです。
「スピード」という話にしても、単にスピードが速ければいいということではない。テレビとスマートフォンでは距離感が違うので、情報と人の関わり方が違ってくる。その意味でスピードと言っているわけです。
スポーツ競技のような「より速く、より遠くへ」ではなく、ニュートラルな言葉で定義されているところがいいですね 。
明石 そのスピードというところで行くと、僕は『動画2.0』の中で「インフォメーション・パー・タイム」という指標を作りました。
これは時間あたりの情報量を表す目安で、数式は示していますが、どのぐらいの数値が適切かというところまでは書いていません。
このさじ加減は、自分たちで研究していかないとわからないので、そこが難しいところです 。
楠木 明石さんたちの成功を見れば、従来のテレビで見るような映像よりも「インフォメーション・パー・タイム」の値が大きいことはみんな分かってくる。この先の競争についてはどうお考えですか。
明石 いずれ競合先も「インフォメーション・パー・タイム」や「さじ加減」などを調整し、いい感じの模倣を行うようになります。
でもその時には、僕らはすでに違うレイヤーで戦っているはずです。
今最も、重要に考えている4つ目のSが実はありまして……それはまさにストーリーのSです。このことについて、新刊の『動画の世紀』で発表しようかと考えています。
自分の戦うステージを更新し続けることが、競合先に戦略のストーリーを追わせないことにつながっていくと思います。
クリエイティブのルールが変わる
楠木 いまの明石さんのお話のポイントは、今動いているストーリーの延長線上に次のレイヤーが生まれているのであって、完全に新しいものへとストーリーを書き換えているわけではないということですね。
前のレイヤーがなければ次のレイヤーも成立しないのであって、成功している会社がさらに進化していくのはそういうことだと思います。
「フェーズが大きく変わったのでピボット(方向転換、路線変更)すべきだ」と言う人たちがいますが、そういう人はもともとたいした戦略をもっていないことが多い(笑)。
昔のマニュアルトランスミッションの車のように、1速、2速、3速、4速とシフトをアップしていくようなイメージでレイヤーが上がり、戦略が進化していくものです。車がまったく動いていないところに戻っては元も子もない。
確かに、業界の構造が大きく変わることもありますが、それが今までのストーリーとつながっているかどうかで、スタートダッシュのスピードがまったく違います。
明石 そう思います。いきなりギアを6速に入れようとする人が結構多いですよね。
そういうことで言うと、僕らがギアを1つ上げて行くタイミングには、社会情勢などの外的要因の変化、あるいは自分たちの経験値が上がったなどの要素があります。
最近では新型コロナウイルス感染症が蔓延し、「ウィズコロナ」とか「アフターコロナ」など、さまざまなことが言われていますが、ここにきてクリエイティブを作るルールが大きく変わりました。
具体的には、誰もいないがらんとしたオフィスに1人で座り、まったく違う場所にいる先生との対談を「Zoom」で行っているわけですが、これはきわめて新しい試みで、従来のテレビの対談番組では成立しません。
また、僕らも動画撮影の際、コロナ対応はどうしているのか、たとえばスタジオの換気タイミングや、スタッフのマスク着用、事前検温など、新しい撮影ルールを作りとその運用にとても気を遣っています。
人々の健康にも配慮しながらクリエイティブ、コンテンツ、メディアを作っていくというフェーズに切り替わったなと考えています。
ここに対応できないクリエイティブ制作の現場が必ず出てくると僕は思いますね。
悲しいことですが、日本全国のライブハウスやリアルなイベントなどが自粛をせざるを得ない状況が続いており、そこに何らかのブレークスルーが求められています。
「みんなで同じものを見て熱狂したい」という人々の欲求はなくなってはいないので、そこに対応する新しいコンテンツを生み出し、今のような環境激変期の中で次のブルーオーシャンを作り出せるかどうかが問われていると思いますね。
楠木 この対談も今「Zoom」を使って行っているわけですが、明石さんが言っていることは、こういうテクノロジーやメディアを自分たちで作るということではないですよね。
明石 僕が興味のあるのはそこではありません。
僕自身は世の中のテクノロジーが進化し情報発信やモノづくりの方法が変わっていく中で、それをいかに活用し、違うもの作っていくかということが好きなのです。
起業する際、自分はベースになるテクノロジーを作りたいのか、それとも世界中で誰かが生み出したテクノロイジーを利用し、その上に新しいコンテンツを作ってきたいのかを、まず決めた方がいいですね。そのほうが迷いが少なくなるのではないかと思います 。
楠木 種目が違いますからね。
みながオーガニックに変われる組織
楠木 競争環境は変わっていくものですし、戦略も進化していくものですが、「ここは絶対に変わらない」という軸足がなければ変化することもできないと思います。
明石 だから僕としては、それをビジュアル・ストーリーテリングという言葉で表現しています。
近い将来、動画という言葉が当たり前になったその時には、きっとまた新しいビジュアル表現が生まれているはずです。
それはVRなのかARなのか、はたまた僕らが想像もしていないような新しい視覚的な表現なのか。
多分どこかで芽吹いているはずですが、僕は写真や映像、動画から綿々とつながっているビジュアル表現の中のナラティブなものをきちんと伝え、そこをしっかりとハックしていくところからぶらさずに会社をやっていこうと思っています。
楠木 明石さんの会社はR&Dからやる人たちを自前で持っていますが、彼らはだいたい辞めずに変化についてきていますか?
明石 ついてきていますね
楠木 新しいレイヤーに上がると多くの人が辞めていくところもありますね。
そのレイヤーにフィットした人をその都度採らなければいけないというのは、実は戦略的な一貫性のなさの現れなんだろうと思っています。
皆がオーガニックに変わっていけるということは、新しいレイヤーがこれまでの戦略の延長戦上にきちんとあることの証明です。
エルメスのように馬具からバッグへと、昔と現在とではやっていることがまったく違っても、今まで積み重ねてきたものが自然な形で生きているはずです 。
明石 まさにそこが重要だと思います。
結局、人間のビジュアルは地続きで徐々に変化していくものです。
僕は37歳ですが、幼い頃は録画媒体もアナログなVHSで、ラッピングを重ねてノイズだらけというところから、徐々にハイビジョンの画質、4Kの画質に進化しており、僕たちはその中でクリエイティブを制作してきました。
そういう流れがあるので、「これから視覚的な情報はこうなっていくだろう」と想像がつき、「ならば4Kネイティブのこの世代にはこういうことをすればいいのではないか」というストーリーが描け、その結果、当社のコアコンピタンスが非常に強化されているわけです。
結局のところ、情報がスピーディーに流通し、誰にでも模倣が可能な社会になればなるほど、文化の価値が相対的に高まっていくのだと思います。
楠木 結局は、他社ができない・やらないことをやる、というところに帰結する。
「動画のクリエイティブ」といった新しい業界でも、戦略と競争優位の基盤となるロジックは変わりません。
ストーリーとしての競争戦略の事例の一つとして、明石さんのお話からは僕としても学ぶところが多々ありました。ありがとうございました。
(写真:遠藤素子、デザイン:九喜洋介)