【直撃】日立人事トップが語る、新時代の昇進と降格の条件

2020/7/1
にわかに注目が集まる「ジョブ型」雇用。
これまで日本企業で主流の「メンバーシップ」型雇用では、仕事の範囲や責任があいまいで、昇進も給与も年功序列的な要素が残っていた。
ジョブ型雇用では、ポジションごとに必要な経験やスキルが明確に定められる。その仕事ができるのは、その要件を満たす人だけーー。
それなりに頑張ってさえいれば、いつかは出世するという世界ではない。
在宅勤務が広がり、会社にいる時間の長さではなく、成果で評価される流れが加速すれば、ジョブ型はいっそう広まりそうだ。
一方で、ジョブ型雇用が、日本の文化にはマッチしないという声も根強く残る。従業員が決められた職務以外はしなくなり、チームワークが損なわれるというのだ。
そんな中、日立製作所が2021年度にジョブ型雇用の全面採用に踏み切る。
かつて展開的な「ニッポンのカイシャ」とされていた日立だが、実は10年以上もの月日をかけ、ジョブ型雇用へのシフトを進めてきた。
そこで、日立のジョブ型改革のキーパーソンであるCHRO(最高人事責任者)、中畑英信代表執行役専務に直撃取材した。
日立が取り組むジョブ型雇用の全貌を明かしつつ、ジョブ型で給与や昇進はどう決まるか、ジョブ型の懸念点はないのか、さらには会社と社員の関係はどう変わるのか、迫った。

なぜ今、「ジョブ型」なのか

──ジョブ型雇用が注目されている半面、ジョブ型という言葉が一人歩きしている印象もあります。日立自身は、グローバル化がジョブ型にシフトするきっかけだったそうですね。
中畑 私は、日本のマーケットで頑張れる、あるいはものづくりで勝ち続けられる会社にとって、「本当にジョブ型雇用は必要ですか」と、いつも言っています。
かつての日立もそうでした。高度経済成長期の国内マーケットで成長し、(国営の)電力会社や通信会社、鉄道会社から言われたことをきちっと守り、いい製品を納めればよかったんです。
そうした時代は、メンバーシップ型の組織運営でいいのですよ。
私が入社したころ(1983年)は、日立も男性中心の職場でしたし、長時間の残業もありました。でも、事業が伸びていたので給料も上がり、不満はあまり起きませんでした。
ところが、(バブル崩壊後の)1990年代になると売上高が伸びなくなり、赤字も出すようになり、給料も上がらない事態に陥りました。
今でも、ものづくりで勝ち続けている日本企業があります。でも、日立はものづくりだけで勝つのは難しいのが現状です。
しかも、今の日立の戦場はグローバルです。実際、日立はグローバル全体で従業員が30万人いますが、日本は16万人で、残り半分近い14万人は海外にいます。
そうなると、同じ場所、同じ時間で働けません。外国人がわざわざ日本に来て、何十年と働き続けられるとは限りませんし、育児の問題もあります。これは男女関係ありません。
取材は6月にオンラインで行った(中畑氏の写真は日立提供)
介護の問題もあります。いくら優秀で猛烈に働く人でも、いずれ介護が必要な時期は来ます。その時に家で働く環境がないと、介護のために会社を辞めざるを得ない人が生まれてしまいます。
男性中心で、皆が同じ場所で一緒に働くメンバーシップ型は、グローバルでは通用しないのです。多様な人材が場所や時間にとらわれず、一緒に働いてアウトプットを出す環境が求められます。
──コロナを機に在宅勤務が進みました。中畑さん自身、多様な人材が時間や場所に縛られないで働ける環境が、日立がグローバルリーダーを目指すうえで不可欠と考えているそうですね。その点、リモートワークの定着には、ジョブ型が前提だと言われています。
今はそんな力はありませんが、いずれはマイクロソフトのような巨人とも戦っていかなくてはなりません。
しかも、お客さん側のビジネスも変わり、もはやどっちの方向に行けばいいのか、お客さん自身もわからなくなっています。
かつてのように、「私たちの製品には、こういう優れた機能があります」のようなビジネスは通用しません。「お客さんの課題、社会の課題は一体何なのか」の視点からビジネスを考えないといけません。
日立は、お客さんと一緒に課題について考える力を高め、コーディネート力やサービス力で勝つ会社に変わらなくてはなりません。
ですから、いろんな見方をする必要があります。国籍も、性別も、年齢も、多様な人材がいて、違う見方をしている人材が揃っていることが重要です。

昇進のニューノーマル

──ジョブ型雇用では、ポジションごとに「ジョブディスクリプション」と呼ばれる職務記述書を用意し、必要な経験とスキルを文書で明確にする必要があります。
今は上級管理職に相当するグレードでジョブディスクリプションを入れています。
CHROのような「CxO(CFOやCTOのような組織の責任者)」から事業部長くらいまでのポジションでは、細かくジョブディスクリプションを作り込んでいます。
ただ、これを全体の職種に広げるとなると、膨大な作業が必要です。ですから、マネジャー以下では簡易型を作っています。
職務ごとにひな型を作っておき、事業ごとに環境が異なる点を考慮して、少しだけ変える形にしようと思っています。
──CHROのジョブディスクリプションはどんな内容なのですか。米国も東海岸も西海岸でも、一番採用が難しいのがCHROと言われているだけに、従来の人事部長との違いを含めて関心があります。
まず日立のCHROには、英語は必須です。報酬や福利厚生の仕組みを作るCOE(Center of Expertise)や、LTI(中長期インセンティブ報酬)などの知識も当然求められます。組織設計や人材評価というスキルも必要です。
あとは、「海外」と「事業」の経験も必要です。私の場合は4年間、事業企画を担当してきました。
CHROのようなCxOは、経営者です。CFO(最高財務責任者)であれば、経営者であるとともに、財務担当です。CHROは経営者ではあり、人事担当という位置づけです。
マイクロソフトのホーガンさん(Kathleen Hogan)など、海外でもCHROは事業出身の人が多いですね。
昔は、「経営は経営、人事は人事」の考えで何とかなりました。でも、今は新しいビジネスをどのように作り、必要な人材をどう配置していくかを考える必要があります。
だから、サービス事業のまとめ役などの事業経験が、CHROにとっても不可欠になってきているのでしょう。それが、CHROといわゆる人事部長との違いです。
──人材を適材適所にマッチングするためには、ジョブディスクリプションを導入すると同時に、社員が自分のスキルや経験などのプロフィールを書き込む必要があります。ところが2年前、中西宏明会長をインタビューした時、「みんな書かないんだよね」と嘆いていました。
社内でビジネスユニットごとに人事が入り込んで推奨活動したことで、今は日立単体で90%の社員が書き込んでいます。
転職する人はリンクトインなどのサイトに経歴を書いて、自身の「棚卸し」をしますよね。
日立では、(人材マネジメントシステムの)「ワークデイ」に、自身のジョブディスクリプションを書き込んでもらっています。
これをすると、自分が過去にどんなことをやってきたのかを振り返ることになります。
ご承知の通り、日本人は自分の経歴を書いたことがない人が多くいます。特に日立みたいな会社では、書かなくても異動があるし、昇進もできましたから。
だから、「何が自分の強みなのだろうか」、「あの経験は役に立ったな」などと振り返ること自体、とても有意義なことだと思いますね。
(会社任せではなく)社員が一人称として、キャリアを考えるようになりますから。
こうして、過去の経験と将来やりたいことを書いてもらい、希望するオープンポジションがあれば、手を挙げてもらいます。
そのポジションの資格を満たした候補者が10人いたとしたら、その中からスキルや経験を考慮して、最も最適な人材を選びます。
海外ではオープンポジション(必要な人材を社内公募する制度)は当たり前です。
アメリカの拠点からインドの拠点に行きたいと思えば、手を挙げられるのですが、日本ではそれができません。まずは、それをできるようにしたい。
──言い換えると、「手を挙げない」限り、昇進しない時代が訪れるということですか。
私はいろんなところで、「いずれは自分から手を挙げない限りは昇格できませんよ」と、社員に働きかけています。
今までは、CHROに就きたいという人がいても、必要な経験とスキルが明確でなかったから、「順繰り」のような形で人事が決まるのが実態でした。
ジョブ型では、こうした年功序列型の昇進はなくなります。
ひたすら頑張り、あとは待っていれば、上司が「君は頑張ってきたからな」などと言って、課長に昇進するような人事はなくなります。
──同時に要件を満たさない管理職は「降格」するのですか。
ある人が、そのポジションに必要な経験とスキルを持ち合わせていないというケースは、今後は多いにあり得ることです。
ただ、これまでは会社側から、「部長になってください」と辞令を出して部長に任命したのも事実です。それについては、部長に任命した会社側の責任でもあります。
今後は、その人が就いているポジションに必要なスキルと経験を本人に伝えます。
そのうえで、足りないスキルを身に付ける「リカレント教育」の機会を会社が提供します。当社では、日立アカデミーがそれを担っています。
1年なのか2年になるのかはわかりませんが、猶予期間を設けます。その間、本人が努力して必要な要件を満たせば、そのポジションに残れます。そこまでやる気がない人は、他のポジションに行くことになるでしょう。
──ただ、ジョブ型が定着すれば、他社でも通用する人材が増えるだけに、人材流出の懸念はありませんか。
当然、転職は増えます。ジョブ型雇用は責任や権限、処遇が明確なので、他社もジョブ型雇用を導入すれば、転職しやすくなります。
ただ、私は無理にそうした人を引き留めるつもりはありません。「会社と社員は対等な関係」だと思っているからです。
どれだけ日立という会社で働きたいと思ってもらえるかは、会社側が努力すべきことです。
だから、引き付けるものがない会社からは、どんどん人がいなくなると思いますよ。「このままだとこの会社は危ないな」と思われるような、経営戦略が不在の会社は特に。

ジョブ型の「誤解」

──ジョブ型に関する記事が増えてますが、その中には「日本には適さない」との主張も少なくありません。かつての「成果主義」が流行した時と同じように。
「欧米のやり方を入れると、日本の良さが崩れるのでは」といったような質問は、本当にたくさん来ます。
私はその時に、「そもそも日本の良さって、一体なんですか」と返すようにしています。
すると、だいたい挙がるのが「チームワーク」、「忠誠心」、「中長期の人材育成」の3点です。
まずチームワークですが、おそらくジョブ型にすると、担当外の仕事をしなくなると思っているのでしょう。隣で業務に忙殺されている人がいても、「私の業務ではありません」と、無視して帰る人が増え、チームワークが崩れると。
ちなみに私には17人の外国人部下がいますけど、「ジョブディスクリプションで書かれていることしかやりません」なんて言っている人、誰一人としていませんよ。
むしろ、自分から進んで仕事の幅を広げようとします。より成果を出そうとすると、仕事を広げようと思うからです。だから、ジョブ型でもチームワークはできるんです。
それから忠誠心についてですが、毎年、世界30万人の従業員に対して「日立インサイト」という調査をしています。
調査によれば、外国人の方が、日立に対する忠誠心(エンゲージメント)が高いのです。日本人は(満足と不満の)中間評価を選びたがるので、その辺は割り引かなければいけません。
それでも、外国人の方がエンゲージメントが高いのは事実です。
最後に人材育成ですが、ご存知の通り、海外企業の方が教育に投資していますからね。
これは私自身も日立の課題だと思っています。売り上げに占める教育費の比率を比べると、今でも(経営再建中の)ゼネラル・エレクトリック(GE)の方が日立よりも上です。
だから、「ジョブ型雇用に対するステレオタイプは、もうやめましょう」。そう言っています。
──さまざまな部署を経験させる日本型「ジョブローテーション」では、本人でさえ気づかなかった得意分野を発掘することがあります。「キャリアを自ら設計する」ジョブ型では、こうした未知の可能性を発見する機会が失われませんか。
海外企業のCHROと話をしていても感じることなのですが、ジョブ型であっても、すべて自分から手を挙げてキャリアを作るわけではありません。
特に有望な人材にはメンターを付けて、メンターが「そろそろ、こういう経験もするといいよ」などと、アドバイスをしています。
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日立では、将来の経営者候補の中から若手50人を選出して育成する「フューチャー50」という制度があります。こうした人たちのキャリアについては、むしろ会社側が意図的にポジションを回していますね。
例えば、家電事業を手がける日立GLS(グローバルライフソリューションズ)では、46歳の谷口潤を社長に抜擢しました。
日立GLSは売上高5000億円、従業員数1万2000人と、一つの上場企業並みの規模です。そこに46歳で社長に就くことは、今までの日立ではあり得なかったことです。
ただ、この時に重要なのは、そういう経験をさせたいという会社の意図だけではなく、本人からの了解も取ることです。
いわゆる「タフ・アサインメント(困難な課題を割り当てること)」は、本人にとって相当な負担になるからです。
プレッシャーという精神的な負担はもちろん、一日中仕事のことを考えるから、家族と過ごす時間の確保が難しくなる場合もあります。「それでもやりますか」といったふうに伝え、あとは本人に決めてもらいます。
もう一つ重要なのが、「ポテンシャル(潜在的な力)」で選んでいる点です。
結果が出ない場合も当然あります。アメリカでは、その時点で辞めてもらうパターンが多いですが、日立の場合は元の本部長のポジションに戻します。
こうして給与が「ポコン」と一気に上がり、また「ポコン」と戻るケースも出てくるでしょう。
──日立では「入社式」を「日立ファーストキャリア・キックオフ・セッション」と改称しました。そこまでして、「就職ではなくて就社」と言われる日本の労働慣習を変えたいと。
やっぱり重要なのは、一人一人の意識と会社の文化なんです。「意識」と「文化」が変わらないと、いくらジョブ型の仕組み作りに力を入れても、うまくはいかないのですよ。
もちろん人間なので、意識や文化は簡単には変わりません。だから、名称を変えてみたり、外国人を経営幹部に入れてみたり、いろんな手を打っていかないといけないのです。
──2021年度入社にジョブ型が一部適応になれば、新卒入社でも最初から給料が違うことになるのですか。
技術系はもともとジョブ型に近い形で採用してきました。2021年度からは、事務系も加わります。
これまでは内定を出した後に、面談を通じて何をしたいのかを聞き、配属先を決める手法を取ってきました。
これからは面接時点で、「人事をやりたい」、「経理をやりたい」などと、手を挙げてもらうようにします。
まだ給与の差はつけません。なぜなら、労働のマーケットがないからです。その点では、中途半端だと認めざるを得ません。本当のジョブ型はこれからです。
ただ、データサイエンティストのようなデジタル人材では人材のマーケットができつつあります。来年度に入ってくるデジタル人材では、新卒でも給与に差が出てくるかと思います。
労働マーケットが存在しないのは、日本くらいですよ。
私が2000年にシンガポールの子会社で勤務していたとき、(年齢や在籍期間に関係なく職務と給与を決める)「グレード制」を導入しました。
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その際、他の265社と給与を比較しました。同じグレードで財務と人事、営業を比べたら、財務の給与が一番高いことがわかりました。これは需要と供給の問題です。
シンガポールには金融機関が多いから財務の需要が多い。一方、人口500万人しかいないこともあり、財務の人材が少ない。完全にマーケットで給与が決まっていました。
労働のマーケット化の波は、いずれ日本にも訪れます。何年後になるかはわかりませんが、絶対に来ると思います。