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「書類などで見せかけていたほどには、実際には仕事をしていない人間がいることに、なんとなく気づいてしまった。逆もまた然りだ」
「監督的な立場のミドルマネジメント層については、本当に彼らの存在が必要なのか、疑わしく思うようになっている」

ここに尽きると思う。
リモートを反対するひと、否定的材料を集めてくる人こそ、
リモートにより淘汰されるように仕事しかしいない人、
リモートにより淘汰されるジョブマネでない監視役しか果たしていない人であるある話し。
生存本能としてのカウンターパンチとして受け止めてます。
テクノロジーは、まるでそこにいるか
の様に働くには、程遠いレベルだと思います。

そして、その状態では、テクノロジーよりも
マネージメント教育の方が余程大切
という事だと思います。

一つ言える事は、良く分からない時は、
大きく振ってみる事が有効だと言う事です。

マツダの人見さんが、圧縮比を思っ切り振ったら
皆んな信じていたノッキングが起こらなかった様に、
振らないと分からない事は有ると思います。

今回リモートに振って分かった事が沢山あります。
それを活かせるかが、成否を分けると思います。
「すべての従業員が100%自立して、100%自らの責任で行動するような、新しいワークカルチャーを創出しなければなりません。人ではなく、仕事のみをマネジメントするのです」
これがリモートワークの成功に欠かせない無二の条件であるように感じます。互いの職務領域がはっきりしていて、それぞれが自らの職務に関する技術能力を備え、管理監督されなくても最高のパフォーマンスを発揮すべく自律的に努力してくれるでしょうから、仕事のみをマネジメントしていれば足りるわけ。
潜在能力重視で与えられた仕事に最適のスキルを必ずしも持たず、職務領域が曖昧なまま互いにカバーしあって働く年功序列終身雇用の会社はこれとは真逆の性質を有しています。その文化を変えぬまま流行りに乗ってリモートワークを進めたら「無残に失敗した教訓」をかみしめる結果に終わりそう。
そこを変えることが出来るなら、様々なツールが発達したいま、オフィスに集まるのは「廊下やカフェテリアでの雑談、新しい人々との出会い、予定外のチーム会議などから生まれる」創造的なアイデアのための「最良の意思決定や気づき」を求める時くらいに絞り込めるような気がします (^^)v
いろいろ考えさせてくれる記事と思いました。個人的にはYahooにしてもベストバイにしても「リモート」が失敗したのか、ほかが失敗したから「リモート」もできなくなったのかよくわかりません。Yahooの凋落は言うまでもありませんし、ベストバイの当時はAmazonと強烈な競争で大変だったでしょうし(現在は復活、唯一生き残っているといってもいい)、本社の「成果主義」がうまくいかなかったのでは?まさか、オフィスでは信頼がいらないなんて思っている人はいないと思いますし。

日本で一時期はやった「成果主義」もそうですが、目的と手段という視点で何が本当の問題だったかをより深く考えないといけないなあと思います。もしかしたら「オフィスvsリモート」という、問いの立て方自体が間違っているのかもしれません。
確かに今まで失敗事例はたくさんあるでしょう。記事にあるIBMの例は私も驚いたことを覚えています。そもそも国土が広いアメリカでは、ホームオフィスで働く社員が多い。以前あるIT企業と共同プロジェクトを起こしたときに、メンバーに東京に集まってもらいミーティングを行った。先方の10名弱のアメリカ人は、集まった際に自己紹介をしあっていた。そう、彼らはいつもホームオフィスで仕事をしていて、実際会ったのが初めてだったのだ。それも、東京で。IBMがそのような国土が広いアメリカならではの働き方を止めたのには驚いた。自らリモートワーク用のソリューションを販売しているのにも拘らずだ。

そのような失敗事例が積み重なることによって出来上がるのが「学習」。それが「認知バイアス」になってそこから逃れられなくなる。それが正に人間というもの。だからこそ「学習棄却」が大切だといわれる。

もちろんリモートワークには様々な課題もデメリットもある。ホワイトボードディスカッションがやりにくいなどもその典型。しかし、皆さんも思い知ったはずだ。メリットもたくさんあるということに。それに、仕事の種類によっては全く問題ない場合もあるでしょう。要は選択肢が増えたということ。そして、BCP上企業にとって具備しなければならないツールだということが明らかになったわけです。今後もコンビネーションが当たり前になるでしょう。

働かない人はリモートワークだろうがオフィスワークだろうが一定割合で存在する。上司の仕事は「監視」することではない。部下のキャリアプランに共感し、自己実現に力を貸すことだ。機会を与えることだ。それができれば、必ず「win-win」の関係が構築できる。権利を主張する前に、チームのためにという意志が働くはずだ。

上司は部下の「当事者意識」や、「執着心」「責任感」「チャレンジ精神」などに働きかけよう。魂を揺さぶろう。それができれば、「オフィスvs.リモート」の議論は意味をなさなくなるでしょう。
グローバルに展開している企業は、リモートでプロジェクトを推進しています。それでうまくいっている。リモートはダメだというのは、プロジェクトや業務の進め方の問題ではないでしょうか。

ムードでリモートワークにしたところは、個人の意思が希薄で、厳しい現実と向き合うことになります。
過去に失敗事例が沢山あるから挑戦を止めたほうが良いという考え方はあまり好きではないですね。目先の業績だけを追えば、たしかに出社する事も選択肢の一つな気がしますが、事業の持続性を考えるとリモートワークが不可欠です。企業文化や従業員の質による部分も大きいので、出社とリモートのどちらを選択するかに不正解は無いと思います。自社に合っている方を選択すれば良いだけで、強いて不正解を挙げるとすれば安直に競合他社の真似をすることでしょうか。

大事な事は、緊急時にスムーズにリモートワークに切り替えられる準備かと思います。ツールを揃え、制度を整え、文化を構築しておく。特に文化は一朝一夕では構築できないので、日頃から注力する必要があります。
この記事の締めくくりの「ワクチンが完成したら、どの会社も我先にとオフィスに戻るでしょうね」というリチャード・ラーマー氏の引用が印象的。
今回の緊急対応で、世界中の企業や組織がリモートワークを一斉に始め、採取の1ヶ月くらいは暗中模索から一気に「リモートワーク賛美」の世論が形成され、それが一巡した今は、リモートワークの足らざるところが1つ1つ顕在化している「落胆」のフェーズに入ってきていると思う。Zoomは意外と使えたが、総合点で見れば、オフサイトであれオンサイトであれ、人が直接あって議論をぶつけ、人を動かす熱量を盛り込むテクノロジーには程遠い。
リモートワークは、今の技術と人類の進化の段階を前提にすれば、明らかに万能ではなく、不十分な枠組みだと断じざるを得ない。
定型的な作業に近い仕事をこなしたり、細かな調整ににはリモートワークは向くかも知れないが、「文化を創造する」ような組織における取り組みには全く不向きだというのが現時点での私の見解です。
だから、その状態が変わらない限り、ワクチンが完成したら、大半の人々はオフィスに戻る、よってオフィスは進化することはあってもなくならない、というのが結論です。
個人的にはリモートワークの推進により大都市のオフィスビルがスッカスカになるというのは、短期的には想像しにくい。
しかしながら、在宅よりもイケてる快適なオフィスの需要がより高まり、設備や立地などの面でオフィスが今まで以上に淘汰されることは間違いないと思う。
トライアンドエラーを繰り返しながら、新しい概念が社会に馴染んでいく様子を見ているよう。

幸福を左右するのは自己決定感だという話があるけれど、大切なのは「選択肢」があること。
オフィスで働くことの効能もあるから、テレワークしか選べないとそれはそれで不都合も出てくるはず。

これまでは、ほぼ全社オフィスワークのみだったわけで、選択肢を増やす努力に多くの企業が取り組んでるところですね。
社会としては選択肢が増えた方がよいでしょう。

「大勢の従業員は、通勤時間が数秒間に短縮されたのと引き換えに、残りの仕事人生をZoomやSlackに縛り付けられて過ごすことになるだろう」