【パリ再起動】一夜で生まれたPopUp自転車レーンがまちを救う

2020/7/1
新型コロナウイルスを契機に、世界では新しいモビリティサービスが次々と生まれ、国家レベルの「グリーン・リカバリー(緑の復興)」による交通投資が数兆円規模で始まっている。この間、アジャイルかつレジリエントな移動サービスとして、MaaS(Mobility as a Service)の価値が一層高まり、官民あげて移動の回復に取り組んでいる。

本連載では、ロックダウン中に生まれ、ロックダウン後からさらに加速する世界のモビリティ革命、モビリティ再起動の最新動向を、モビリティ・デザイナーで工学(博士)の牧村和彦が毎週、お届けする。

イダルゴ女性市長の仰天復興プラン

ロックダウン解除後のパリはこれまで我々が知っているパリのイメージを根底から覆す、クリーンな新しいまちに生まれ変わりつつある。
5月11日の解除日から電動キックボード、自転車シェアリング、カーシェアリング等の新しいモビリティサービスが本格的に再稼働。地下鉄などの密集を緩和するため、バスの増便、自転車レーンの拡充(市内新設50km)、歩行者空間の拡充などの復興プランが次々に実施されている。
解除後最初の週末には、自転車シェアリングの利用が10万回を超えた。
マルチモーダルアプリCitymapperのロックダウン解除後初日の様子(左:電動キックボード、中:自転車シェアリング、右:カーシェアリング)
大胆な計画をわずか数日で実行したのがパリ市で初の女性市長アンヌ・イダルゴ氏だ。6月30日には再選、今回のパンデミックへの迅速な対応が市民に評価された証左だ。
2014年の市長就任直後から、地球温暖化の解決のため、パリ大改造をかかげ、人間中心のまちづくりを提案。セーヌ川沿いの自動車道を歩行者天国にし、幹線道路の1車線を自転車レーンに変更するなど、次々と街路の改変を手がけてきたことでも有名だ。
電動自転車に乗るパリ市長のアンヌ・イダルゴ氏(Photo:Getty Images)

一晩で生まれた30kmの自転車レーン

5月11日には、移動を回復するための復興計画を市が提案、翌日には、サン・ミシェル大通りの一部を自転車レーンに変更し、5月13日にはなんと一晩で地下鉄と平行する道路の1車線を車道と分離した30kmの自転車レーンが登場した。翌朝には自転車で通勤するイダルゴ市長がマスコミの取材を受ける様子が全世界に放映され、大きな話題となった。
欧米では、このような暫定的に手軽にできる自転車レーンのことを、「PopUp(ポップアップ)自転車レーン」と呼ぶ。まるで絵本から飛び出したかのような、パンがトースターから飛び出すような、そんなイメージだ。パリに続けとばかりに、フランス全土に拡大、お隣のドイツやイタリア、英国など、次々にPopUp自転車レーンが広がっている。
ロックダウンから数週間が経ち、今やパリはオランダと見間違えるほど、自転車や電動キックボードが行き交うまちに変身した。
1日に1万台を超える通行量の区間も出現し、最近は朝夕のピーク時は自動車よりも自転車が多い道路もあるそうだ。
ロックダウン後の自動車利用を徹底的に抑え込み、そのために自動車需要が回復する直前の空いている時期に、一気に政策を実行した。市民の選択肢を増やすことで二次感染のリスク低減や移動の回復を狙ったと言えるだろう。
昨年夏に生まれたセーヌ川沿いの自転車レーン。以前は自動車が行き交う幹線道路だった

MaaSアプリが移動を後押し

パリでは、ロックダウン中も地下鉄やバスは5割ほどの減便で運行を続けており、交通手段を検索できるマルチモーダルアプリが、日々変化する交通事情を反映してサービスを続けた。
日本で初めての本格的なマルチモーダルアプリとして福岡や水俣で運用している「マイルート」は減便などの状況を反映しサービスを継続してきたそうだ。しかし、残念ながら日本では、多くのナビアプリが外出自粛期間中の減便や運休などに十分対応できなかった。
パリではCitymapperが人気のマルチモーダルアプリの一つだ。Citymapperが人々の移動量を指標化したレポートを無償で提供し、地域の政策判断などでも重要な役割を果たしてきた。
先に述べた電動キックボードや自転車シェアリング、カーシェアリングに加えて、電動バイクシェアリングやUber等の配車サービス、既存の地下鉄や近郊鉄道、路線バスの全てを網羅したCitymapperがマルチモーダルアプリの代表選手だ。パンデミックにおいては、1つの移動手段のサービスが休止や低下したものの、他の移動手段による移動経路が提供されるなど、市民の移動を止めないレジリエント(強靱)なサービスとしてマルチモーダルの評価が大きく高まった。
Beyond コロナ時代においては、多様な価値観に訴求する様々なモビリティ・サービスとこれらを統合した強靱なMaaSを備えた都市が、都市間競争に勝ち残っていく、スマートで持続可能な都市の必須要件になるのではないだろうか。