“AI Ready”な企業はわずか16%。成功のカギは「多様な専門家集団」

2020/6/29
仕事の効率化や商品・サービスの競争力強化のために、活用され始めたAI(人工知能)。

だが、実証実験(通称、PoC)レベルにとどまり、実用化できていないという声もある。導入したら終わりではなく、テクノロジーを「育てていく」取り組みが必要なAI。有効活用するためにはどうすればいいのか。

10年以上、この分野に取り組むAIのプロで、アクセチュアのAIグループを統括する保科学世マネジング・ディレクターに話を聞いた。

AIプロジェクトで陥りがちな「PoC症候群」

──保科さんは10年以上前からAIに携わっていますが、今の日本企業のAI活用状況をどう見ていますか。
保科 5年ほど前から日本でも本格的にAI技術の活用が始まり、成功している企業と失敗している企業の差が出始めたと感じています。
──成功と失敗を分ける要因は何ですか。
 とても基本的なことですが、AIの有効活用に必要な3要素である「戦略」「データ」「人」が整備されているかどうかです。
 戦略についてですが、革新的なことを起こしてくれそうなニューテクノロジーをとりあえず試してみたい。そんな気持ちで始める企業が多いものの、それはあまり正しいアプローチとは言えません。
 「AIで何ができるのか」を実体験してみることはもちろん大事ですが、「解決すべきビジネス課題」を明確にしていなかったり、その後の本格導入に至るロードマップをあまり考えずに実証実験に入ってしまうと、実用に繋がらない。結果としてよく言われる「PoC(Proof of Concept=実証実験)症候群」となる訳です。
──「PoC症候群」ですか?
保科 AIの効果を確認するための実証実験をしてそれで終わり。本格導入や実用化に至らない状態です。AIを活用したいという手段自体が目的化してしまって、ビジネス上AIで何をしたいのかが明確にできていないのです。
 アクセンチュアが世界12か国の約1500人の経営陣に調査したAIレポート「AI: Built to Scale」では、本格導入に備えた組織ができていると答えた企業は、グローバル全体で16%にとどまっています。
 つまり、多くの企業は、PoCは行うもののそれにとどまり、本格導入できていない。成功する企業は、ビジネス戦略を実行に移すために、AIを使ってどう業務を効率化するかしっかりとビジョンを描いたうえでPoCに取りかかっている。ここが大きく違います。
 しかも、成功企業は、規模は小さくてもPoCを短期間でたくさん回している。私たちがお手伝いするAIプロジェクトも、素早くその技術の有効性を判断するために小規模のPoCを行います。そしてPoCの結果を検証し、そこからどう業務を発展させるのかを描いた上で、プロジェクトを進めます。
 例えば、まずは顧客向けのチャットボット開発から始めつつも、そこがゴールでは無く、複数のコンタクトチャネルをカバーするコンタクトセンター向けに機能を拡大したり、商品の需要予測システムと連動させて自動発注できる仕組みを整えるなど、AIをビジネス全体で活用していく体制を整えていきます。
 なので、私たちはお客様から「ちょっと試したい」という形でお問い合わせいただいた時は、「実現すべきビジネスゴール」「目指すべき業務の姿」を共に考え、そこに至るロードマップを描いた上で、小さなプロジェクトから始め、こまめに効果を確認しながら、ゴールに至るように支援しています。
──「データ」と「人」についても教えてください。
 データ量が多ければAIの精度も高まると思い、やみくもにデータを集めてしまう企業があります。加えて、社内のデータだけで完結しようとするケースも耳にします。
 しかし、データも戦略的に活用しなければなりません。成功している企業は、「こういう目的だから、このデータが必要」という青写真を描いた上で、有効活用できそうなデータを社内外から探し、適宜組み合わせています。
 そして、人。AIプロジェクトには多様なスキルを持った人材でチームを組むと良いでしょう。データサイエンティストにデータエンジニア、ソフトウェアエンジニア、導き出したデータを分析してビジネスに活用するビジネスデザイナーも必要です。
 AIと一言でいっても、プロジェクトを推進するうえでは、こうしたさまざまなスキルを持った人材が揃っているチームが望ましいです。

AIに全てを担わせない設計思想

──この3要素が揃っていることを前提とした上で、保科さんがAIプロジェクトで大事にしていることを教えてください。
 技術的な観点とは異なる角度でお話をすると「人とAIの協働」です。
 アクセンチュアが毎年発行するグローバル調査リポート「Accenture Technology Vision」の2020年版で示した2020年の5つのテクノロジートレンドの1つとして「AI and Me」があります。
 これは、AIがますます社会や暮らし、そしてビジネスに浸透していき、人とコラボレーションする場面が増えていくことを指しています。
 仮に人間に代わってあらゆる作業をAIができるようになったとしますよね。そんな世界になっても、人がやるべきこと、人にやってもらいたいことはたくさんあると思うんです。
 たとえば、営業において長い信頼関係を築くためには、ビジネスパートナーの考えを理解し、共感するといった要素も重要なのではないでしょうか。こういった事は、AIには難しいでしょう。
 人のおもてなしが重要なサービス業も「人の共感」は大事ですよね。
 あるいは、AIに重要な判断を任せる場合は、どこまでAIに判断を任せて良いのか、そのルールについては人間がしっかり決めなければならない。
 率直に言えば、我々はAIによる自動化が可能な領域でも人が「やるべき」ことは何なのかを考え、人と機械の適材適所を強く意識しながらプロジェクトを推進しています。
 テクノロジーが進化して、人と同じことができるようになっても、全てがテクノロジーに置き換えることが正解だとは思っていません。
 私たちのAIプロジェクトでは、お客様と話し合いを重ねながら人とAIの役割分担を決めます。こうすることで、人がやりがいのある仕事に集中でき、また、お客様が描くビジネスゴールに近づくことができるのです。

具現化する「経営ダッシュボード」

──最近ではAIビジネスを手がける企業が複数登場しています。AI専業のスタートアップもいれば大手のITベンダーもいる。その中で、アクセンチュアのアドバンテージはどこにあるのでしょうか。
 今、AI関連サービスを提供する企業が多くあり、それぞれに特徴があります。新しい技術も次々と登場する中、企業側が各サービスや最新技術を正確に理解して、何を使うかを決めるのは至難の業です。
 アクセンチュアは中立なコンサルティングファーム/ITサービス企業という立場上、特定のAI技術を売りたい訳ではなく、世界中のAIベンダーとつながりつつ、適材適所で最も良い技術を組み合わせて活用することに注力しています。この前、一体何社のAIベンダーとお付き合いしているかと思って数えたら、200社を超えていました。
 私たちは常に魅力的なテクノロジーを持つ企業を世界中で探し、活用し、その知見を蓄積しています。そのナレッジを基に、お客様起点で、世界中の最良の技術を組み合わせてソリューションをつくることができるのは、私たちのアドバンテージです。
 それに加えて、このコンセプトを具現化するインフラとして、私たちは「AI HUBプラットフォーム」というAI活用基盤を開発しました。これはお客様が実現したいことに合わせて複数のAIを選び、それらを組み合わせて、素早くオリジナルのAI環境を構築するもので、我々の強力な武器となっています。
──最近力を入れているAIプロジェクトを教えてください。
 「AI経営ダッシュボード」ですね。文字通り、複数のデータを集めてそれをAIが分析し、経営の意思決定をサポートするシステムを開発しました。
 経営ダッシュボードは以前から存在する概念ですが、AIを活用することで、単なるデータの可視化を超え、経営判断を強力にサポートできる環境が整いつつあります。
 経営上のリスクを事前に察知してそのアラートとともに対策方法をアドバイスしたり、ある商品の販売戦略を考える際、たとえばAIが3つの選択肢を提示してそれぞれの売り上げ予測と必要となるコストを算出したり、経営者の要望に応じてカスタマイズできます。
 生産計画の例で言えば、在庫を抱えるリスクがあっても売り逃しを防ぐ攻めのシナリオか、在庫リスク優先する守りのシナリオかを、それぞれ選択した場合のシミュレーション結果を比べて経営者が選択しやすいように明示します。
 このように、さまざまな観点で経営者の意思決定を支援する仕組みの活用が始まっています。
iStock/metamorworks

より経営に近い存在に

──アクセンチュアは新CEOが着任して組織を再編しました。保科さんが統括するAIグループに影響はありましたか。
 ご指摘の通り、アクセンチュアは4つのグループに組織を再編しました。それが「ストラテジー&コンサルティング」「インタラクティブ」「テクノロジー」「オペレーションズ」です。
 その中で、私たちは「テクノロジー」ではなく「ストラテジー&コンサルティング」の傘下にいます。
 我々は、アクセンチュアのコンサルタント全員が、AIやデータサイエンスというものを理解し、活用できるように知識やアセットを提供し、また我々自身もプロジェクトにも参画し、アクセンチュアのプロジェクトのAI化を強力に推進しています。また、先程お話したように、これまで以上に、経営層に近いサービス作りに力を入れています。
──AI人材は今、どこも人手不足で保科さんのチームも仲間を集めていると聞いています。
 お客様からの相談が多く、多くのプロジェクトが動いていますのでおっしゃる通りメンバーが足りていません。
 データサイエンティストやAIのアルゴリズム開発者などAIテクノロジーに明るいスペシャリストも歓迎していますし、加えて「ストラテジー&コンサルティング」という枠組みで考えた場合に、あるべき業種・業務の姿を想像し、それを我々と共に創造できるビジネスデザイナーも歓迎しています。
 AIの知識や経験を持った人、特定の業界や業務に詳しい人がチームを組み、ただそこで単に異なるケイパビリティの人がチームを組むのでは無く、コラボーションしながら新たなビジネスアイデアを楽しんで生み出せるような人材を探しています。
 単にアルゴリズムをつくるのではなくAIを活用した新たなビジネスを提案できる人をもっと集めたい。そう思っています。業務に詳しい人はAIの知識が身につきますし、AIに詳しい人が業務適用について学ぶことができる。
 そういった環境での人材育成に力を入れています。実際にAIグループでは、コンサル業界出身の方だけでなく、事業会社やITサービス企業出身の方も多数活躍しています。
 冒頭、お話したように、多くの企業は今、AIで成功するか失敗するかの分岐点にさしかかっています。だからこそ、私たちのような外部パートナーに頼るところが大きい。そういう意味ではAIビジネスは今が最高に楽しい時期かもしれません。
 データやアルゴリズムの力で世の中を変えていきたいと考える方にとって、アクセンチュアはその格好の場です。物理化学の研究の世界からアクセンチュアに入り、面白くなかったら3年以内に辞めようと思っていた私が、もう20年も居続けているのですから。
(取材・編集・構成:木村剛士 デザイン:國弘朋佳)