【核心】「夢」という宗教は、なぜ廃れないのか

2020/6/27
「夢を持つこと」を無自覚に若者に強要し、彼らを生きづらさへと追い込む「ドリーム・ハラスメント」。
その戦慄の実態を告発した『ドリーム・ハラスメント』(イースト・プレス)の著者である高部大問氏が、「夢に支配されない生き方」を提言する本連載。第2話では、現在の教育界に巣くう「夢の呪縛」を、より深く掘り下げていく。
【新】「ドリーム・ハラスメント」が若者を潰す
誰が「夢」を提唱したのか?
──そもそも「夢」という言葉が、「睡眠時の幻覚体験」という元の意味を超えて、「将来実現させたいこと」という意味で使われるようになったのはいつからなのか。高部さんは、そのルーツも調査されたのですよね。
高部 教育関係者のあいだで、頻繁に引き合いに出されるのは「吉田松陰」の言葉です。
幕末の教育者である松陰は、こんな言葉を残したと言われています。「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。ゆえに、夢なき者に成功なし」。
──まさしくドリーム・ハラスメントですね。
ある高校の先生との雑談時に教えていただいたのですが、聞けば多くの先生方がお好きなフレーズだそうです。
私自身は初めて耳にしたので、本当かなと思ってネットで調べてみると、確かに松陰の言葉としてあちこちに出てきます。でも、私はなかなか納得しないタチなので、松陰神社に問い合わせたところ、「よくぞ聞いてくれました」と(笑)。
どうやら、吉田松陰が「夢なき者に成功なし」と言ったというソースはないらしいのです。
にもかかわらず、教育者には松陰のファンが多いので、この言葉はあちこちで引用されました。そのうちに、「夢」という言葉にどんどん箔がついていったのかもしれません。「あの吉田松陰も夢を持てと言っていたのだから」と。
吉田松陰像(提供:アフロ)
夢ほど便利な「ツール」はない