【新・組織論】麻野耕司、テレワーク時代のワーク・エクスペリエンスを考える

2020/7/1
新型コロナウイルスのパンデミックにより、社会のパラダイムシフトが起こっている。幅広い業界や職種でリモートワークやテレコミュニケーションの重要性が認識され、急速に社内制度やハードウェア・セキュリティなどの環境整備が進み始めた。
本連載「WORK SHIFT」では新しい時代へ舵を切ろうとするビジネスパーソンへのインタビューを実施。第1回はワーク・ライフスタイルの変化に対応する、柔軟で軽やかな「個人と組織のあり方」を考える。
2003年、新卒でリンクアンドモチベーションに入社。2010年、同社最年少(当時)で執行役員に着任。中小ベンチャー企業向けの組織人事コンサルティング事業や投資事業、国内初の組織改善クラウドサービス「モチベーションクラウド」の立ち上げに携わり、2018年、同社取締役に着任。2020年4月、ピープル・テック・スタジオ合同会社を創業。「テクノロジーで人の可能性を解放する」をミッションに、ワークエクスペリエンス領域のエンタープライズソフトウェアを展開する。

テレワーク時代のチームビルディング

── 麻野さんはこの4月にPeople Tech Studiosを立ち上げたばかりです。今はどのような働き方をしていますか。
 創業してから、ずっとフルリモートで働いています。今年の4月1日に持株会社としてPeople Tech Studiosを立ち上げ、一つ目の事業会社としてナレッジワークを設立しました。
 新型コロナウイルスの影響が本格化し、全国で緊急事態宣言が出るんじゃないかという時期でしたが、すでにオフィスを借りていた。
 最初はオフィスを使って、緊急事態宣言が出たらリモートに移行するという選択肢もありましたが、働く環境が途中で変わってしまうなら最初からフルリモートの方がいいんじゃないかと。
 プロダクトマネージャーとデザイナー、エンジニア3人、スタッフと僕。合計7人の会社ですが、創業以来メンバーの誰とも会っていません(笑)。
── いきなりフルリモートでやりにくくないですか?
 逆に、フルリモートでもチームワークが成り立つんだと実感していますね。
 そもそも僕はこれまでオフィスワーク派で、直接会うことで生まれる価値があると信じていました。こういった状況にならなければ、リモートにするつもりは全くなかった。
 でも、いいチームを作るためにはどんな状況でもオフィスが必要だという先入観があったと気づいて、今は大いに反省しています(笑)。
── やってみると不都合はなかった?
 少なくとも、思っていたほどの支障は出ませんでした。 
もちろん、これから組織の人数が増えたり、セールスのようなコミュニケーションが業務のメインになる職種が増えたら、今のような生産性が維持できるかは分かりません。
でも、いずれにしろ、チームビルディングにとって大事なのは「オフィスワークかリモートワークか」ではありません。 たとえば、チームには「相互理解」が欠かせませんよね。
 ちょっとした仕事を頼むときでも、相手がどんな人で、どういう状況にあるのか。「お願いします」とだけ言うのか、「あなたのこの能力が必要だからこれをお願いしたい」と付け加えるのかで、頼まれる側が取り組む姿勢も変わります。
── 相互理解は対面に限らず、リモートでもできると。
 はい。僕たちは今、メンバー同士が互いを理解するために「LIFE LINE(ライフライン)」という手法を取り入れています。横軸に「時間」、縦軸に「意欲」をプロットして、過去の自分のモチベーションの変遷を書いていくんです。
 これによって、相手の判断が過去のどんな出来事に影響されているのかが可視化されます。僕たちはこれを創業直前にやりました。
 他にも、毎日「GOOD AND NEW」という時間をとっていて、24時間以内にチーム内であった「良かったこと」と「新しいこと」を共有するんです。
 ネガティブなことは印象に残りやすいのですが、ポジティブなことには案外目が行きにくい。言葉にして伝える時間や習慣が必要です。
 こうした点を意識すれば、オフィスワークでもリモートワークでも、チームのコミュニケーションが円滑になると改めて気がつきました。
── そのうえで、オフィスとリモートそれぞれのメリット・デメリットを挙げるとすれば?
 オフィスワークとリモートワークを比べるときに、観点は3つあると思っています。
 1つ目が「効率」。これは移動がないリモートの方が優位ですよね。
 2つ目が「連携」。非対面だと相手の意図や感情が伝わりにくいかと思いきや、実際はオンライン会議でも困ることはありませんでした。
 一対一の情報量はリモートの方が少ないかもしれませんが、複数人がいる会議では全員の顔が正面から、フラットに見える。対面にもリモートにも、それぞれの良さがあります。
 3つ目が「意欲」ですが、これはオフィスの方が優れていると感じますね。
 当然個人差はあると思いますが、オフィスでみんなが働いているからやる気が起こったり、自宅から集中できるスペースに移動することで仕事がはかどったりしますよね。
 リモート環境で仕事への意欲をどうマネジメントするかは、多くの企業にとって共通の課題になると思います。

「Work Experience」をデザインする時代

── では、仕事の意欲を高めるためには、どんなマネジメントが必要でしょうか。
 「Work Experience」という観点が必要だと考えています。つまり、いかにいい「業務体験」を社員に提供できるのかということですね。
 そのためには、よく企業が実施している四半期ごとの目標設定や人事評価ではスパンが長すぎる。今後は、1日単位でどう働くかという「体験」をデザインし、マネジメントできるかがポイントになるでしょう。
── なぜ「業務体験」が重要になるのでしょうか?
 ビジネスにおける価値の源泉が「個人」へと変わってきたからです。
 戦後復興期は「業界」でビジネスの成否が決まっていました。護送船団方式で国が成長させる「業界」を決めていた。
 その後、高度経済成長期の価値の源泉は「企業」に移ります。産業の中心である製造業においては、事業のために工場や資金が必要だった。必然的に、資金を集められる「企業」が成長していました。
 そして、今は価値の主体が「個人」にシフトしてきています。GDPに占めるサービス業の割合が75%以上になり、工場がなくてもサービスを届けられる時代になった。組織においても、価値を生み出すのは「個人」になっているんです。
── それにあわせて、マネジメントのあり方も変化させるべきだ、と。
 そうです。かつては企業がどう人員を管理するかという「ヒューマンリソース・マネジメント」が主流でした。ここでは企業が「主」で、個人が「従」。
 次に生まれたのが「エンプロイー・エンゲージメント」という考え方で、企業と個人がお互いを活かし合うためにはどうすればいいかという視点です。企業と個人は対等な関係になりました。
 そして今は、個人が「主」で企業が「従」の時代に差し掛かっています。
 つまり、これからは個人が成果を創出しやすい環境を作ることが、ビジネスにおいてかつてないレベルで重要になってきます。
 個人にいい業務体験を提供するためのマネジメント体制を整える。これが、僕が新しい会社で取り組みたい「Work Experience」という考え方なんです。

日本企業の生産性を2倍にする

──「Work Experience」を実現するために、麻野さんは会社のビジョンをどのように描いていますか?
 起業にあたって「働くこと」をテーマにしようと考えました。
 余暇の喜びを向上させるサービスはたくさんあるのに、1日の大半を占める仕事、つまり「働くこと」の喜びは昔からあまり変わっていない。ここを変えていきたいというのが、People Tech Studiosの目的です。
 具体的には20年スパンで考えていて、長期的に8つの大きなプロダクトを作りたいと思っています。
 業務効率を10%向上させられるプロダクトが8つあれば、掛け合わせることで1.1の8乗、つまり2倍以上にできる。そうすれば日本企業の生産性は飛躍的に高まります。
 企業のデジタル・トランスフォーメーションにはまだまだ課題が山積みです。大企業を変えなければ、社会全体を変えることはできません。
 ZoomやSlackの登場によって、革新的なソフトウェアを活用すれば業務体験を変革できると多くの人が実感したと思います。
 これからはPeople Tech Studiosでそうしたソフトウェアを生み出していきたいですし、一つ目のプロダクトである「ナレッジワーク」に今、大きな可能性を感じています。
── ビジネスの価値の源泉として、個人がパフォーマンスを上げるためには、どんなマネジメントが必要でしょうか。
 必要なのは「リーダーシップ」と「フォロワーシップ」ですね。いろんな意見が出たとしても、最終的には誰か一人が決めなければいけません。そこには決断が必要です。
 一方で、リーダーの決断を実行するには「フォロワーシップ」も欠かせない。そうしないと、いくら個の強い人材が集まっても“烏合の衆”になってしまいます。
 日本企業は会議で意思決定を行おうとしますが、あれでは責任がぼやけてしまう。リーダーシップとフォロワーシップが曖昧になりやすいんです。
── 麻野さんが考える「リーダーシップ」とは?
 リーダーの役割は、組織のカルチャーにフィットする人材を見抜き、チームを作ること。
 僕は、プロダクトマネージャー、エンジニア、デザイナーと、それぞれの専門分野では自分が絶対に敵わないと思える人たちを採用しています。
 でも、能力の高い社員たちに任せっきりでは組織はまとまりません。
 だからこそ、リーダーは「未来を語る力」が求められます。組織を束ねるビジョンを打ち出し、要所を見極めて決断することが、僕の仕事です。
── 未来のビジョンが、それぞれの専門に秀でた個人を束ねるんですね。
 僕はそう思います。企業が個の自由や多様性を尊重するといっても、無限には取り入れられません。何かで選び取る必要があります。
 それが、個々の職能であり、ビジョンやミッションへの共感です。専門領域のプロであり、会社のビジョンを共有できるからこそ、それ以外の部分で多様性を認め合いながら、生産性を高めていけるのです。

テクノロジーが解放する、人と組織の可能性

── People Tech Studiosは「人の可能性を解放する」をミッションに掲げています。これから先、どんな可能性が広がるでしょうか。
 これまで人間ができなかったことをテクノロジーが解決する。そんなことが、今後たくさん起こるはずです。
 そのときに大事なのは、サービスを提供する側がきちんとした「目的=フィロソフィー」を持ち、時代の変化に対応できる「アジリティ(機敏さ)」を備えることです。
 テクノロジーという手段が、目的を追い越してしまうと、喜びを与えるために生み出したSNSが人を傷つけてしまうこともある。
 今の時代のサービスやプロダクトは、いかにしてそうならないように設計するかが問われていますよね。
──People Tech Studiosという組織のあり方についてはどう考えていますか?
 「Work Experience」を変えるサービスを生み出すためにも、まずは我々自身がどんなチームビルディングを行うのかが重要です。
 社会を変えることを目的に据えるのですから、People Tech Studiosはこれから規模を拡大していきます。
 そのうえでメンバー間の相互理解とアジリティを保ち続けるには、組織を「豪華客船」にしてしまわないこと。規模が拡大するとしても、500人乗りの大型船をつくるのではなく、5人乗りの船を100艘つくる方がいい。
 そうした「身軽さ」こそが、機動力や発想力の面でも、働く体験の価値を上げるためにも、鍵になると思います。
── では、麻野さん自身が考える「Work Experience」とは?
 僕が前職で教えてもらった言葉に「遊・働・学の融合」があります。「遊」はやりたい気持ちで「WILL」と言い換えられる。
 「学」はやれるという「CAN」。「働」はやらねばならないという「MUST」ですね。「労働は苦役なり」という言葉があるくらい、これまでの仕事は「MUST」が強すぎました。僕は、これを変えていきたい。
 義務感だけで仕事をするのではなく、働くことのなかに、遊びや学びを融合させる。そうすることで、仕事に向かう意欲を持続させ、高めていくサイクルができる。
 これが、よりよい「Work Experience」へのシフトであり、働く人の可能性を解放していくと信じています。
(編集:宇野浩志 執筆:角田貴広 撮影:後藤渉、早坂佳美 デザイン:國弘朋佳)