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国家の力で広範な領域を統合しようとしてきた勢力は、常に「それは帝国ではないか」という批判を受けてきました。ソ連も「社会主義帝国主義」という批判を受けました。冷戦中の米国も、世界に豊かな生活と民主主義を広めるのだという善意を本気で持っていた人たちは相当に多かったでしょうが、やはり「米国帝国主義」と呼ばれました。19世紀に英国がつくりあげた植民地帝国のような、結局自国経済の覇権的利益のためではないか、という批判です。
 EUですら、ドイツの経済的覇権ということが非難されます。中国の一帯一路も、結局中国経済と中国企業のためではないか、と批判されます。中心となる国があって、その国の企業がどんどん進出してくるという結果がある限り、国家による広い領域の統合は、反発を受けるでしょう。WindowsとOfiiceはフリーでオープンアクセスなソフトウェアにする、というふうにでもすれば、印象がだいぶん違ってくるかもしれません。
 「グローバル版の中国のような世界に住みたい人などほとんどいない」というのは、本当にそうでしょうか?当の中国人はもちろん、中東やアフリカ、東南アジアでさえ、米国よりも中国のような国を望む人は多いでしょう。中東諸国など、北朝鮮でさえ、「核兵器を自力で開発して米国と対決するとは凄い国だ」と相当な尊敬を受けています。今の中東諸国にしてみれば、もし自分の国が中国のようになれたら、夢のようなことでしょう。
 問題は、しかしそれが中国人と中国企業が押し寄せて達成されるのであれば、嫌だ、とほとんどの人は思うことです。これは経済的な損得を越えた話です。民族や宗教という要因が経済よりも小さいわけではない、という話です。
 「国家というよくできた機構を使って広範な領域を統合する」という構想は、ソ連も、ドイツも、米国もやろうとしたことですが、多大な反発を受けて挫折しました。問題は、常に「それはどこの国がやるのか」ということでした。
 反発を受けながらもそういった構想を曲がりなりにも実現してきたのは軍事力であり、より凶悪な敵よりはましな味方である、という説得でした。日本でいえば、戦後の、ソ連に占領されるよりは米国の覇権を受け入れた方がまし、という状況でした。
「ぼくの周りの日本人の多くは、日本人の30%が自らを「世界市民」だと考えていると聞くと驚く」30%もいるのかと、私も思います。どのような要素からそう考えるのか。後ほど出典に当たってみます。

「私たちが取り組むべき課題は、新たなシステムを創ることではない。個人レベルで共通の信頼感と理解を築いていくことだ。」
今あるコミュニティってもっと細分化されていくとしたら、そうでしょうね。
そう、新しいシステムをゼロから創る必要なんてないと思っています。ボーダーレスの時代に人々の自国オンリーのアイデンティティ意識が薄れていくのは必然で、そんな中どうまさに協調していくか、という話なのでしょう。つまり新コロナは良いきっかけになり得る、と。
グローバル国家なんて必要ないよね。ここで言われているのって、大航海時代のスペインやポルトガルが目指したことと何が違うの?って思うよ。ひとつにまとまるとかいう詭弁の背景にあることこそ「自分の主義主張と相容れないものは敵だ。駆逐せよ」原理だと自覚したほうがいい。
ひとつなんかにまとまらないからこそいいのですよ。みんな同じじゃないからこそ素敵なのですよ。
共通の敵、を前にして、ヒトはひとつにまとまっていくことができるかもしれません。

しかし、これまで、まとまりきることができなかった歴史が繰り返されてもきました。

そして、国家同士で利害を争ってきた悲しい歴史は、今も記憶や記録として残り続けています。

共通の敵を前にした未来に向けて、そんな歴史とどう向き合うか?が改めて問われているように感じました。