【冨山和彦】日本企業を救うのは、ミドルによる革命だ

2020/6/25
NewsPicks NewSchool」では、7月から「コーポレートトランスフォーメーション」プロジェクトを始動。

リーダーを務める、経営共創基盤(IGPI)代表の冨山和彦氏は「今こそ"コーポレートトランスフォーメーション"を加速させるチャンスだ」と説く。

未曾有の大変化を迎えようとしている状況で、なぜコーポレートトランスフォーメーションが必要なのか。冨山氏の真意に迫った。(全3回)
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ドライであっても温かくあれ

――4つ目の「企業再生・事業再生トリガー改革」とはどういうことですか?
冨山 事業再生・企業再生局面は経営危機でタブーがかなり外れるので、会社を大きく変えられるチャンスです。
V字回復を達成してホッとするのではなく、ここをトリガーにして、本質的な部分で体系的な「憲法」改正のようなことを一気にやれるかどうかが大事です。
経営危機になれば当然、事業の集中と選択を行いますが、赤字事業を落として間接費や固定費を減らすだけでは根本的な問題が解決されません。ですから、同時にCXに着手し体質改善を行わなければリバウンドしてしまいます。
――実際に、V字回復だけでなく体質改善までできた会社はどこですか?
それこそ日立も、V字回復のあとにかなり多くの改革を行っています。雇用モデルを「ジョブ型」に変えていくとか、タテ軸、モノ軸だったサービスプラットフォームをLumada(ルマーダ)に切り替え、ヨコ軸で切るような転換を進めました。
日立はさらに、関連事業を粘り強く減らしてきたほか、ボードメンバーもあのように大きく変えたので役員に外国人がかなり増えました。
まさにこうしたトランスフォーメーションを、川村隆前会長(現:東京電力ホールディングス取締役会長)、中西宏明会長、東原敏昭社長と3代にわたって続けてきたのです。
それがなかなか大変なんですよ。続けることが。少し利益が出始めると、みんなホッとして気持ちがゆるむんです。改革疲れのあまり、後継者に優しそうな人を選んでしまうこともあります。
冨山和彦/経営共創基盤(IGPI)CEO
――冨山さんは「ドライであっても温かくあるべきだ」と言っていますが、これはどういうことですか?
日本人の感覚では、ウェットは温かく、ドライは冷たいという組み合わせになっていますよね。それは確かに、環境がわりと固定的で、変化が連続的かつ右肩上がりであれば、おそらくそうなんですよ。
ですが、このように環境が激しく流動化し、どんどん移り変わっていく時代において、中途半端にウェットでベタベタしていると、かえって薄情になってしまいます。
なぜ黒字の段階で事業を売却した方がいいのかと言うと、まさにそれですよ。ウェットにダラダラ赤字になるまで引っ張ってしまったら、本当に悲惨な末路が待っていて、玉砕になってしまいますからね。
――企業再生、事業再生にも次世代リーダーという部分がからんでくるわけですよね。
そうです。だから事業を多数持っている企業であれば、再生モードになるビジネス勝負の多くは、撤退になるか事業を畳むことになり、現実には負け戦になるんですよ。
ですが、負け戦だろうが何だろうが、リーダーが育つ一番良い舞台になるので、そういうところに将来のエースと目される人材をどんどん放り込んだ方がいい。
しかし、日本の多くの会社はそれを怖がってやらないわけです。そこで本人が傷つくのではないかと思って。実際、「あいつはあの会社を潰したじゃないか」とか言ってバツを付ける人がいますし、社長でありながら、そう言われたことを気にする人もいます。
でも、いいじゃないですか。誰が何と言おうと。その人の経営者としての能力を見るうえで大事なことは、現象的にうまくいったのか、うまくいかなかったのかということよりも、むしろ本人に与えているアサインメントとして、どれだけパフォームしたかなんですよ。
つまり、能力のない人がやったらマイナス100になったものを、マイナス50で収めた人はプラス50の評価になるのです。しかも、私の経験上、そういう能力の差は、うまくいっている事業よりも業績の悪い事業のほうが開くのです。
それこそ、元プロ野球監督の野村克也さんの著書でも有名な「勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし」という言葉の通りです。
実際、うまくいっている話には、本人が立派だからうまくいっているのか、たまたま為替レートが良い方向に作用したからうまくいったのかわからないというように、さまざまな要素がからみ合っていますが、負け戦の損失をいかに最小化するかは、完全にその人の才覚次第です。ここは見誤ってはいけません。
ですから、まさに再生モードに入っている事業や企業は、その人の経営者としての資質を見るうえでも、本人が実力をつけるうえでも最良の場所なのです。

1人で全部やる必要はない

――改革者は、改革すればするほど敵が増え、刺されることも多くなるものですが、リーダーはそれを生き残れなければ駄目だということですね。
そうでしょう? 僕もよく悪口を書かれているからね。
結局、本人の心がそこで折れてしまい、空気を読んで合わせるタイプになったら本当に駄目になってしまうんですよね。しょせん経済や競争というものは、法則通りに動いていくのであって、「根性を入れれば水が下から上に流れる」と言っても、上に流れないので。
だから、まずは本人が、なんだかんだ言っても最後には正しい経済性の論理が勝つ、と思っているかどうかが大事で、本人の心のありようの問題なのです。
それからもう一つは、会社のガバナンスなり人事評価のありようが、そういう人を評価するものになっているかどうか。
くどいようですが、何も経営者1人で全部やる必要はないのです。
CEOはストラテジックピボットを実施する側の人であり、大きくピボットを行うようなことは大改革派でなければ無理ですが、チームとして経営を考えた時、そういうタイプの人だけではおそらく組織が持ちません。
会社の中で深化していく領域はよりオペレーショナルな部分であり、すり合わせ力がより求められるので、そういうことに向いている人もいたらいいわけです。
その意味で、会社としてポートフォリオを持つようなマインドで、さまざまな人材を将来の経営者候補として残していくことを考えた方がいいですよ。チームですからね。

CXのためのM&Aを成功させる条件

――5つ目の「大型M&Aトリガー改革」ということですが、かつてリクルートが米求人専門検索エンジン運営大手のIndeedを買い、JTも米RJRナビスコのたばこ事業や英たばこ大手のギャラハーを買いました。
今時のM&A案件では、単純に「この事業が欲しいから」というケースはあまりありません。多くの場合、自社の補完となる組織能力を取りに行っているのです。
JTは完全にそうで、もともと極めてドメスティックな専売公社でしたから、これからの時代に生き残るために、グローバル事業を運営できる力が欲しかったのです。つまり、自社に決定的に欠落している組織能力を買いにいったわけです。
――CXのために買いにいくということですね。
まさにそうでしょう。自社が持っている組織と組織能力をモジュラー的に切って認識し、M&Aの相手企業が持つ個々の組織および組織能力との優劣をきちんと考えたうえで、CXを行ってそれらを組み替える作業が必要です。
その前提なしに、よくある根性経営論で「頑張ろう」とやっているから、大型M&Aはたいてい失敗するのです。ですからM&Aを実施する段階から、自分の側がどう変わらなければならないかに加え、相手方のどんな組織能力が生かせるのかということについても、きちんと棚卸しができていなければいけません。
その意味で、グローバルM&Aを成功させようと思ったら、自社の現在の組織と組織能力をモジュラー化することはマストです。
ところが、すり合わせを重ねて有機的に一体化し、すべてがつながっていて切り離せない日本型の組織は、CXの時代のグルーバルM&Aには向いていません。
はっきり言って、上から下まで何でもすり合わせでやろうとするから、組織運営もモノづくりも失敗するのです。ここはまさにアーキテクチャー・デザインですよね。
今回、「リアルCXの仕掛け口」として5つのテーマを設定しましたが、個別のテーマは2、3年をかけて取り組む問題だと思います。ああいうものを、立て続けに順番で繰り出していき、足かけ10年をかけてリアルCXを始動させるという感じですね。

勝負は5~10年で決まる

――今日、デジタル革命の主戦場が変化し「Real×Serious」の時代が到来することによって、チャンスの扉が一瞬開くという話がありました。と同時に、それはラストチャンスでもあり本当に正念場ですね。
おそらく、そのウィンドウが開いているのは、この先5年から長くて10年です。ということは、その10年のあいだに、新しく開いたウィンドウの形にはまるように会社の形を変えないと、そのウィンドウをすり抜けられません。
それには結構時間がかかるので、逆にスピード勝負、時間との競争ですね。やはり始動すべきは経営者であり、経営者に影響を与えて始動させるのは、日本の場合はミドルです。
日本の会社は経営者とミドルが組織を支えるミドルアップダウンで、その意味でも明治維新と同様に、中間管理職層が革命を起こさなければ、この国の改革はうまくいきません。
おそらく、このコンテンツを見ているのはミドル層の人たちが多いでしょう。
明治維新では西郷(隆盛)さんや大久保(利通)さんを始めとする中級武士たちが、時の天皇や将軍、公家たちを上手に動かしましたし、国鉄改革の時も葛西敬之JR東海名誉会長を始め、のちにトップになった当時の部課長クラスが、ある意味、時の総理大臣や経団連会長、連合会長を動かしていたわけです。
ですから、もし今のミドル層が10年後あるいは30年後に、コーポレートトランスフォーメーションされた自社の姿をイメージできるのであれば、そこに向けて今がまさに「仕掛け時」です。万が一にも抵抗勢力にはならず、革命勢力になること。
それが皆さんの人生をもっと豊かにし、日本社会をもっと豊かにするという意味においても、現在は非常に大切な時期であり、今のミドル層の人たちはとても良い時代に生まれ合わせたと思いますね。
*全3話終了
(構成:加賀谷貢樹、撮影:鈴木大喜)
「NewsPicks NewSchool」では、7月から「コーポレートトランスフォーメーション」プロジェクトを始動します。

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