COVID-19(新型コロナウイルス感染症)によって、私たちの日常生活は必然的に大きく変わった。そのかなりの部分を占めるのが、強制隔離や学校、オフィス、生活必需品を売る店以外の店舗やレストラン等飲食店の閉鎖といった、法律や規則によって強いられる変化だ。
しかし、全ての行動を法律で取り締まることは不可能だ。手洗いや約2メートルのソーシャルディスタンシング(社会的距離)の確保を「義務づける」ことは誰にもできない。人々が自分の意思でどこかに集まるのを止めるのは、とても難しい。だが科学の力を借りることはできる。
行動科学は、人間の行動と、より重要なことには「何がその行動に影響を及ぼすのか」を理解するための応用化学だ。
国レベルであれ、企業や自治体レベルであれ、どうすれば最大数の人々をCOVID-19に関する政府の提言に従うよう仕向けることができるのかを理解する上で、そのテクニックや研究成果が役に立つ可能性がある。
吊し上げは逆効果。良い例を紹介して社会規範にする
ここで考慮すべき最も重要なもののひとつが社会的な規範──人々がどのような行動を「許容できる」あるいは「許容できない」と思うかだ。
見過ごされがちだが、社会規範は私たちの行動に大きな影響を及ぼしているし、私たちは社会規範に合わせるために自分たちの行動を変えている。
社会心理学者のロバート・チャルディーニは2004年に、どのようなメッセージを送れば人々にさらなる省エネを促せるかについての実験を行った。
その方法は、サンディエゴ市にある民家の玄関ドアの取っ手に、エネルギーの節約を促すメッセージをかけるというものだ。幾つかのメッセージを試し、1つ目は「将来の世代のためにエネルギーを節約すべき」という内容。2つ目は「お金を節約するためにエネルギーを節約すべき」という内容で、3つ目は「近隣のほかの住民たちは既にエネルギーの使用量を減らし始めている」という内容だった。
この中で唯一、人々の行動にプラスの影響を及ぼしたのが3つ目のメッセージだった。人は理にかなった説得を受けて行動を変えるのではなく、周囲の人々に合わせるために行動を変えるのだ。
当然ながら、社会規範がマイナスにはたらくこともある。たとえばお酒の飲みすぎや薬物の使用といったネガティブな習慣が強調されることで、問題行動が常態化されて許容可能な行動のように見えてしまい、問題の悪化につながることもあり得る。
政府や著名人、NGO(非政府組織)にとって賢明な方法は、規則を守らない人々を目立たせるのではなく、正しい行動を目立たせるようにすることであり、COVID-19の予防策としてはこれがきわめて重要だ。
ウイルスのパンデミック(世界的大流行)が発生した当初、大勢の人がパニック買いに走ったのを覚えているだろう。このパニックを引き起こした大きな要因が、空っぽの商品棚や食料品店の前にできた長い行列の映像だった。
各国政府が、必要なものだけを購入する人々のポジティブな行動を強調し、スーパーマーケットに十分な在庫がある様子を映像で紹介していたら、事態は違っていたかもしれない。
たとえばイギリスでは、国民の97%が引き続き必要なものだけを買っているというニュースを拡散したことが、パニック買いの抑制に功を奏した可能性がある。この法則は公共の福祉にも当てはまり、たとえば大多数の人は定期的に20秒かけて手を洗っていると言うことで、より多くの人が、当局の推奨する衛生措置に従う可能性が高くなる可能性がある。
「意思」と「行動」の距離を縮める
人々の考え方を変えることよりも、人々に自分の考えを貫いてそれを実践させることの方が難しいこともある。研究によれば、人が下す決断のうち、その人の意思に基づくものはわずか53%だ。
そのひとつの例が運動だ。研究によれば、運動をしようと思っても、それを行動に移さない人は全体の半数近くにのぼる(つまりあなただけではないということ)。多くの人がお金を節約したいと思っていて、だが実際には節約できないのも同じことだ。
ここから分かるのは、人の行動を変えさせるには、理由の背景にある科学を説明するだけでは不十分だということだ。相手がその理屈を認めても、それで行動を変えるとは限らない。
だが意思と行動の距離を縮める方法は幾つかある。
既存の行動との「抱き合わせ」
人々に望ましい行動を実践させるためのひとつの方法が、これまでの行動に新しい行動を「抱き合わせる」ことだ。たとえばイギリスの住宅・コミュニティ・地方自治省は、時計を夏時間に変える時に火災報知器もチェックするよう促すキャンペーンを全土で展開した。
これまでしていた行動とのこの「抱き合わせ戦略」は大いに功を奏し、このキャンペーンを見た人のうち40%の人々が実際に火災報知器のチェックを行った(キャンペーンを見ていなかった人は13%だった)。
この論理を活用して、パンデミックの中で人々に正しい行動を促すことも可能だ。たとえば手洗いを日常の動作と結びつけ、部屋や家を出入りするたびに手洗いを促すことができる。
重要なのは「手軽さ」
1965年のある研究では、イェール大学の学生に破傷風の予防接種を受ける必要性についての説明を行った。当初、実際に予防接種を受けに行った学生は全体の3%だった。だがその後、どこで予防接種を受けられるのか、地図と詳しい説明を提供したところ、28%の学生が予防接種を受けた。
個人の健康にまつわる問題においてさえ、考え方が変わるかどうかは、さほど重要ではなかった。重要なのは、その行動が「達成できる手軽なもの」だということだ。
たとえばパンデミック下では、スーパーマーケットに行ったり交通機関を利用したり、職場に着いたりした時に手指用消毒剤があると手軽でいい。また研究によれば、手指用消毒剤があることを赤い看板などで強調すると、使う人が大幅に増えるという。
つまり人々に手洗い設備や手指用消毒剤を使うよう説得するよりも、それを見つけやすく、使いやすくする方が重要なのだ。
新型コロナウイルスの感染拡大を抑制していくためには、人々の行動を変えることが不可欠だ。真の変化をもたらすためには、私たち全員が行動の切り換えを行っていかなければならない。
そのほかの対策に加えて、行動科学のテクニックを活用して政府の勧告を支持していくことが、COVID-19が全ての人に及ぼす影響を最小限に食い止めるのに役立つだろう。
元の記事はこちら(英語)。
(執筆:Will Hanmer-Lloyd、翻訳:森美歩、写真:Toa55/iStock)
2019年11月より「Quartz Japan」が立ち上がりました。日本語で届くニュースレターについて詳細はこちらから
© 2020 Quartz Media, Inc.
This article was translated and edited by NewsPicks in conjunction with KINTO.