【上田岳弘】作家になるための修行「3ステップ」

2020/6/30
芥川賞作家の上田岳弘氏は、実は経営者でもある。大学卒業後、法人向けソリューションメーカーの立ち上げに参加し、その後役員となった。言うまでもなく、作家も経営者も片手間にできる仕事ではない。
作家として食べていけるようになったいまでも、上田氏が会社経営から退かない理由は何か。そもそも、なぜ兼業が可能なのか。その生き方と仕事術を聞いた。
SF的と評されることの多い作風だが、コロナ後の世界をどう予測しているのか、作家の発想と世界観にも迫る。(全7回)
早すぎた「リモート家庭教師」
いま僕が役員を務めている会社には5人目のメンバーとして入りました。
すでにお話ししたように、僕が社長に誘われたのはこれで3社目なのですが、前の2社までは、多分僕が一番初めに声をかけてもらっていました。
しかし彼が今の会社をつくったとき、僕は大学を卒業しても就職せず、作家になるためバイトをしながら小説を書いていた時期だったので、彼とはちょっと距離が離れていて、飲みに誘われても行っていない時期でした。
でも、人としても経験を積みたいから、ちょっと働こうかなと思い始めてもいた。
そんなとき僕から彼に電話をしたら、「ちょうどまた会社を立ち上げたから」といって誘ってくれたのです。今は役員を務めているので、多少は株を持っていますが、そのときはまったく普通の社員として入社しました。
上田岳弘(うえだ・たかひろ)/芥川賞・三島賞作家、ITベンチャー企業役員
1979年、兵庫県生まれ。早稲田大学法学部卒業。2005年に設立されたソリューションメーカーの役員を務める傍ら小説を執筆する。2019年、仮想通貨をメインモチーフにした小説「ニムロッド」で第160回芥川賞を受賞。最新刊は『キュー』。他に、2013年「太陽」で新潮新人賞受賞、2015年「私の恋人」で三島由紀夫賞受賞、2016年「GRANTA」誌のBest of Young Japanese Novelistsに選出。2018年『塔と重力』で芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。2019年から一般社団法人日本AI協会理事。
入社当時に5人いたメンバーのうち、いまも常勤で残っているのは社長と僕の2人だけ。この入れ替わりの早さは「ベンチャーあるある」かもしれません。
いまの社長と組んで初めてビジネスを手がけたのは、まだ大学在学中の2001年のころ。
いかにも大学生らしい話ですが、家庭教師のリモート学習のビジネスをやりました。いまでこそコロナでオンライン学習が行われていますが、当時はまだどこもやっていなかった。
彼は東大の出身で、ハードウェアに興味があった。でも1社目のリモート家庭教師も、真剣にビジネスとしてやろうとしていました。僕は早期で抜けてしまったのでよく知らないのですが、たしか20人くらい生徒が集まったけれど、結局軌道に乗らず、畳んだと思います。
なぜうまくいかなかったかというと、生徒集めがまだオンラインでできなかったから。
当時はITセキュリティもぬるい時代で、東大生全員にメールを出そうと思えばできたので、先生側の東大生たちの募集は成功したけれど、肝心の生徒の募集が電話での勧誘、テレアポだったのです。
それならリモートにこだわらず、普通に家庭教師を派遣したほうがいい。無理やりオンラインでやるのでは本末転倒です。
2社目は何かハードを開発していました。そこの成果でもって、具体的なビジネスに落とし込んだのが、3社目の今の会社です。何度か方向転換をしながらも、すでに16年間続いています。
就職せずに作家修行
僕は1浪1留なので、大学を卒業したのは24歳でした。
さきほども言ったように、就職せずに作家修行をしつつ、事務の日雇いバイトをしていました。
時給1000円、仕事はワードで書類を1日3枚くらい作るだけ。そうすれば日給8000円くらいもらえるという珍しいバイトがあったのです。
もともとその日1日だけのバイトだったけれど、あまりにも楽だから「明日も来ていいですか?」と聞いたら「いいよ」と言われて、それ以来毎日行っていました。
パソコンの前に座って書類をつくる合間に小説の調べ物をすることもできる。しかも報酬は銀行振り込みではなく、現金でくれる。おそらく雑費扱いだったのでしょう。毎回領収書を書いていました。
このバイトは1年以上続け、それ以外の時間は小説を書く日々。
いわゆる作家としてデビューするには、「文學界」とか「新潮」とか「すばる」など文芸誌が設ける新人賞をとるのが一般的なコースです。それに応募する原稿を書いていました。
同人誌の仲間がいたわけでも、編集者などがついて相談にのってくれるわけでもありません。
応募して最終選考に残らなかったとしても、「こいつ見込みがあるかな」と思われると、ごくまれに編集者から声を掛けられることもありますが、基本的には新人賞を受賞し、デビューしてから担当編集者がつくのが普通です。