David Lawder

[ワシントン 1日 ロイター] - 事情に詳しい関係者によると、トランプ米大統領が新型コロナウイルスの世界的流行を巡り中国を厳しく非難し、中国が香港への国家安全法制導入を決め、中国の米産品輸入で目標達成の期待がしぼむなど、米中関係を悪化させる要因には事欠かないが、トランプ氏には今のところ米中貿易協議の「第1段階」合意にしがみつく以外に選択肢がほとんどない。

米国と中国の貿易協議は2年以上も続き、米国は中国製品3700億ドル相当に追加関税を導入。新型コロナの大流行前から金融市場や世界の成長見通しは大きな打撃を受けていた。

この数週間、ホワイトハウス筋は毎日のようにトランプ氏が第1段階合意を破棄するかもしれないと示唆し、関係者の発言や投稿の一つ一つが産業界や投資家、対中通商問題専門家の注目を集めている。

しかしトランプ大統領は5月29日に国家安全法制導入を決めた中国への対抗措置として香港に与えてきた関税やビザなどの特別優遇措置の廃止を表明した際に、第1段階合意には言及しなかった。そのため株式市場で安堵感が広がり、S&P総合500種株価指数<.SPX>は下げ幅を縮小した。

中国に対して厳しい態度で臨み、オバマ前政権の対中政策は弱腰だったと批判するのはトランプ氏の再選戦略で重要な要素なっている。第1段階合意の維持は、中国が農産物や製造業製品、エネルギー、サービスなどの分野で米国と合意した輸入の約束を達成できないだろうと認めることになるかもしれない。ただ、こうした合意は新型コロナ流行前から非現実的だとの声が多かった。

関係筋によると、トランプ氏が香港に対する優遇措置を撤廃する方針を示したことを受けて、中国政府は国有企業に対して米国からの大豆や豚肉など農産物の大規模な輸入を停止するよう指示した。

輸入が止まれば、向こう2年間で米産品の輸入を2000億ドル相当増やすとした第1段階合意の目標は達成がさらに遠のくだろう。

しかし第1段階合意を破棄すれば、米国の失業率が1930年代の世界恐慌以来最悪の水準にあるこのタイミングで米中間の通商紛争が再燃するだろう。

その場合、米国の次の一手は中国製品約1650億ドル相当の追加関税導入計画の復活となる公算が大きく、増税に伴うコスト増は最終的に米国の消費者に転嫁されかねない。さらに中国が報復に動いて米産品に関税を課せば、市場の混乱に拍車が掛かり、景気回復は遅れる。

トランプ政権の通商政策に詳しい関係者は「トランプ氏は具合の悪い状態で身動きできなくなっている。合意を維持しても空手形だし、合意を破棄して行動を起こせば、景気の悪化や混乱を引き起こす」と述べた。

米国勢調査局のデータによると、米国の第1・四半期の対中輸出は、中国との貿易紛争が起きていた前年同期から40億ドル減少した。ピーターソン国際経済研究所の推計によると、今年第1・四半期の中国の米産品輸入は、合意の初年度目標の達成に必要な水準の40%程度にとどまり、下半期に米国からの輸入が急増する可能性がある。

また米大統領選まで5カ月のこの時期に合意を破棄しても、製造業への依存度が高い「スイングステート(共和党と民主党の勢力が拮抗している州)」でトランプ氏への追い風が長続きすることはない、とアナリストはみている。

<米中関係はより困難に>

トランプ氏は29日、中国による香港への国家安全法制導入を批判したが、第1段階合意を危機にさらしかねない、厳しい制裁は避け、関税やビザなどの特別優遇措置の廃止という緩やかな対応にとどめた。

米国の通商担当だったクレア・リード氏は、トランプ氏が「根幹から離れた政策」を取っても、香港を国家安全保障の核とみなす中国が国家安全法制の導入を思いとどまることはないと指摘。「通商の観点から最も重要なのは、今のところとにかく第1段階合意に影響がないことだ」とした。

ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は最近、中国が米国産の牛肉や乳製品を受け入れ、第1段階合意は引き続き進展していると述べた。

4月までUSTRのスタッフを率いていたジャミソン・グリール氏は、香港や台湾を巡る対立などの問題があっても通商交渉は頓挫せず、中国から新たな譲歩を引き出すことができたと分析。「安全保障や人権を巡る課題で雰囲気が悪化したのは間違いない。しかし通商協議は依然として、両国間の通商関係の重要な部分を規定する一連のルールをもたらすことができる」と述べた。

一方、USTRの内情に詳しい別の関係者は「USTRは第1段階合意がうまくいっているように見せる必要がある。進展があると見せたいのだ。トランプ氏は対中関係をもっと幅広く見ている」と話した。